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​極上の『さばの味噌煮』

おなじみの『さばの味噌煮』。徹底した魚の生臭み対策が施された、きわめて合理的な料理だったようです。食の博識、樋口直哉さんがそのしくみを解説します。

昼ごはんの定番、さばの味噌煮。さばの味噌煮は魚臭さを感じさせない優れた料理法です。今回は事前にさばの切り身を酢が入った湯に通し、さらにセロリの香りをつけることで臭みを抑えました。

さばの味噌煮

材料(2人前)
さば切り身…2枚(350g〜400g相当)

煮汁(A)
酒…100cc
水…100cc
砂糖...大さじ2〜3
醤油...大さじ1

味噌...40g
セロリ...30g(5cmくらい) または白ネギ...1/4本(ぶつ切り)

1.さばの切り身は皮目に浅く切り込みを入れる。セロリは筋をとり、薄切りにする。

2.鍋に分量外のたっぷりの水を沸かす(1L程度が目安)。鍋底から泡が上がってきたら分量外の酢を大さじ1程度入れて、火を止める。そこに切り身を沈め、20秒間待つ。切り身の表面が白くなったら、網杓子などですくい上げ、水を張ったボウルに移し、流水で表面を洗う。(特に骨側の部分に血がついていることが多いので確認する)

3.皮目を上にした魚の身を重ならないように鍋に入れ、セロリの薄切り(または白ネギのぶつぎり)、Aの煮汁の材料を入れ、落し蓋をし、中火にかける。沸騰してきたら弱火に落とし、5分煮る。

4.味噌を溶き入れ、さらに落し蓋をしたまま10分間煮れば出来上がり。味を濃くしたければ水溶き片栗粉(分量外)でとろみをつけてもよい。

味噌煮は臭みを消すには最高の調理法

〈さばの味噌煮〉の美味しさの理由は、魚の臭みを除去する技術にあります。さばは『生き腐れ』と呼ばれるほど、鮮度の落ちやすい魚です。今回は魚の匂いを徹底的に抑えていますが、買ってきた切り身を確認して、鮮度がいい場合はここまでする必要はありません。どこまで処理するか、に正解はなく、自分で決めればいいのです。

さて、魚の生臭みの原因物質は魚自身が分解した結果生じるトリメチルアミンです。トリメチルアミンは水に溶けやすく、アンモニアのような臭気を発する成分。そこでまず酢を入れた湯に通して、表面を洗います。魚の身を湯に通すことを霜降りと言いますが、これは湯を使って物理的に匂いを除去するアプローチです。 ここではさらに酢を使いました。トリメチルアミンの匂いはアミン類やアンモニアなどの塩基性の匂いですから、酸性の酢を使うことで中和します。これはいわば化学的除去法と言えるでしょう。

匂いの対策には他に感覚的消臭というアプローチがあり、ここでは酒と味噌をたっぷりと使い、そのいい香りで臭みをわかりにくくしています。味噌や酒、醤油には有機酸が含まれているので、その酸によって中和もされますし、アルコールが沸騰する際には物理的に匂いの成分を飛ばしてしまう共沸作用も働きます。

さらに味噌を入れることでもう一つ。味噌の微粒子が魚の匂い成分を吸着するという働きもあります。徹底した生臭み対策、それが味噌煮なのです。

味噌は好みのものを使ってかまわないのですが、普段のお味噌汁に使うような味噌がおすすめです。信州味噌や仙台味噌、麦麹の赤味噌などもよくあいます。味噌の塩分は製品によって違うので、最終的な塩分は調整が必要です。

甘みが足りなければ砂糖を補い、塩気が少なければ醤油で調整するのが簡単。しかし、もっと簡単なのは食べる時に自分でさばの身にまとわせる煮汁の量を調整することです。和食のなかには鍋のなかで完成させるのではなく、食べ手が仕上げる料理が多くあります。この味噌煮の他に、例えばつける醤油の量で塩梅を決められるお刺身などもその典型です。

自分で好みの味に調整しながら食べられるところにも味噌煮の良さがあるので、あまり煮詰めすぎずに仕上げたほうがいいでしょう。箸を入れると真っ白な身があらわれるので、それを煮汁につけながら召し上がってください。

砂糖の分量は大さじ2〜3の幅をもたせました。大さじ3は甘めの昔風の分量、大さじ2は現代風の味です。最近の料理は甘みを控える傾向がありますが、こうした田舎料理は思い切った甘めにしても、ひなびた良さが出てくるように思います。

撮影用の食材代として使わせていただきます。高い材料を使うレシピではないですが、サポートしていただけると助かります!