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冬来りなば春遠からじ。

 なんか妙だなあ。
と、駿は思った。

昨日の記憶が全然、ない。

「あれー?買い物に出たような気がするけど。。」

アパートの一室で布団から目覚めた駿はそんな独り言を言った。
完全な家着で、完全な起床。疑う余地のない日常だ。
しかし駿の中には大きな大きな違和感があって、
さらにしかしそれは例えば、見た夢が起床と同時に競うようにその姿を朧げにしていくあの感覚に似た形で薄れていった。指の間からこぼれ落ちる砂のように、ああ、と慌ててもなす術もなく、今ここにあった明確な形は流動性に敗北して消え失せていく。

もうできることは、諦めることのみだ。

「まあいいか。」

テレビをつけると、昨夜起こった爆発事件についての報道が各局でなされていた。都市部で唐突な爆発。逃げ遅れた人々が死傷したとのことで、駿は「こええなあ。」と机の上に出っ放しになっていた烏龍茶のボトルを開けて飲んだ。「家近いじゃん。」爆発は駿の家から徒歩数分。爆発の原因は全くもって不明だそうだ。

「日本も爆弾魔がうろちょろするようになったんか。こええなあ。」

駿は、そう言って友達からきたなんでもないラインに没頭した。

「なお警視庁では事故と事件の両方で捜査を続けるとともに・・・・」

駿は今さっき自分の中にあった大きな違和感をもうすでに忘却していた。


「さ、バイトバイト。めんどくせーバイトー。」

駿は昼から出勤の飲食店でのバイトに赴くべく用意をした。
外はいい天気で、もうそろそろ春の到来を教えてくれる暖かい風も吹き出している。

うーうーとサイレンがけたたましく鳴り響き、
少しいつもと雰囲気が違うのは、さっきテレビでやっていた爆発事故のことについてだろう。駿は、そう思うとその騒音を気に求めずアパートから飛び出して駅前のレストランへ向かった。

ひと気のない住宅街を抜けていけば、あっという間についてしまうその道すがら、駿は困った顔をした女子高生を見かけた。
「あれー・・・。この辺まではわかるんだけど・・・・。」
どこにでもあるようなセーラー服を着て、彼女は道の端っこにしゃがみ込んでいる。

「ん?」

駿は、春風の芽に唆されるように
「どうしましたか?落とし物?」
と、彼女に声をかけた。

彼女はハッと顔を上げて、「あ、いや!なんでもないんです!ちょっと、知り合いを探してて!」

変なことを言う。
普通知り合いは道の端にしゃがまなくては見つからないようなサイズではない。駿は、あ、やべーやつに声かけたかも。と後退ったが彼女の屈託のない笑顔と思いの外可愛い顔に、「あ・・・そう?」と言って愛想笑いをした。

瞬間、「ん?」彼女がおもむろに立ち上がり、その可愛い顔を近づけてきた。

「えっ・・・!」
これはもしかすると生き別れになった妹との再会、もしくは記憶喪失になった恋人との再会があるか。と駿は思った。
が、駿には生き別れにならなかった妹がしっかり存在するし、記憶喪失になった恋人もいなければ自分自身も記憶喪失になった記憶がない。つまり両方ない。

「あのお・・・。」
彼女が駿の顔をまじまじと見ながら問いかける。
「昨日の夜って、何してました・・・?」

「え・・・?」

「昨日の夜なんですけどお・・・。」

彼女は真面目な目をしつつ口を尖らせつつ顔を寄せてくる。
自分よりもずいぶん背の低い彼女の顔を見ているうちに、その綺麗な、可愛い顔に対して殺意が湧いたのが駿にはわかった。

なぜかは、わからない。

一瞬、胸の中に燃え盛る怒りの炎がブワッと興った。

「っ。」

彼女はその瞬間、眉根をぴくり動かして、
「みーつけた。」と言った。

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