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放課後はいつでも。

 青春だなあと感じることのできる高校生というのは、どれほどいるのだろうか。考えるに、今自分は青春の真っ只中にいるのだ、という自意識を持てるというのはなかなかに幸せなことかもしれない。

僕は、そしてその一握りの幸せな人間のうちに入ることができていると自覚している。まだ夏休みにも入らない、春の色濃い季節のこと。


「ねえサトシ、今日もお話ししようよ。」
元気に声をかけてくるのは友達以上恋人未満パート1の優香。
「日が暮れるまで返さないからあ♪」その隣で僕の机に手をついて顔を近づけてくる美少女は友達以上恋人未満パート2の愛菜だ。

二人は極端に仲がいい。
それも昔からというわけでもなく、
このクラスになってから唐突に、そして猛烈に仲良くなっていったのだという。

「オッケー。」
僕はにっこりと爽やかに微笑むと彼女らにそう返事をした。
このところ彼女らは僕と放課後に話をすることを楽しみにしているらしい。5、6時間目になるといそいそと僕の机にやってきてせがんでくる。
はっきり言って、クラスの周りの男子からの嫉妬の視線で体に穴が開きそうだが、仕方ない。僕は今、青春の真ん中にいるのだから。

授業とホームルームが終わると、僕らは誰も来ない校舎の奥の階段の踊り場に向かった。静かで、居心地のいい広い踊り場には大きな鏡がある。
この鏡が放課後ここに誰も来ない理由だった。

昔から、この鏡には変な噂があるのだ。
午後4時44分にこの鏡の前にいると中から血まみれの女が出てきて鏡の世界に引き摺り込まれるという訳のわからない噂を信じている生徒はおそらくいないがそれにしてもそんな噂が立つこと自体が気味が悪いので、誰もここに近寄らない。特に放課後は、誰も来ないのだ。

僕と優香と愛菜は何度もこの鏡の前で4時44分を過ごしているが、血まみれの女が鏡の中から出てきたことはないし、ついでに鏡の世界に引き摺り込まれたこともない。

思うに、昔ここを僕達みたいに青春の場所として使っていた人が誰も近づけないために流した噂が、今も単独で生き続けているだけじゃないか。
どちらにしろ、僕には好都合だった。クラスで同率一位を誇る美少女二人が僕に興味を持っているのだから。それを邪魔されるようなことは望んでいない。

「あのね、サトシうちら今護身術習ってるの。」
唐突に優香がそう言葉を始めた。鏡に相対するように階段に座り込む。
優香が僕の左隣、そして愛菜が優香の真後ろに座った。

「護身術。へえ、なんか空手とか?」

僕がほお、と驚いたように声を上げて尋ねると
彼女らは顔を見合わせて、また手を握り合って、エヘヘ、と笑いつつ
「ぶー。違います。柔術です。」と嬉しそうに言った。
とてもかわいいな。という感想が、彼女らの口から出た格闘技の名前のインパクトを遥かに超える。

「あー、そうなのね。」
僕はそう言ってわかったような口振りで話を合わせる。
じゅうじゅつというのは柔道の言い間違いなのか、また別の流派なのかがわからないしそもそも柔道と空手の違いがわからないのだ。

「ねえ、ほんとに面白いんだよ。」
優香の後ろに座る愛菜が身を乗り出して、優香におぶさるような形で僕に言う。ね?と優香に同意を求めると優香はコクコクと目一杯首肯してみせた。可愛かった。

「でもねえ、ごめんけどあんまり柔道?柔術?っていうのがわかんないんだ。」

僕は彼女らが話したそうにしているのを察して僕はそう尋ねてみた。
「ええ!・・・でもまあ、普通そうだよね。」優香は驚いたように大きな瞳を見開きつつ、そのまま愛菜に言葉を向けた。
「そりゃそうだよ。うちらだってやってなかったらわかんないもんね。」
愛菜は当然だよ、というふうに首を傾げて僕の少しばかりの申し訳なさを緩和して見せてくれた。

「柔道が投げ技って感じで、柔術はもっと関節技とか、絞め技とかそんなふうなのが多いんだよね。」
優香がざっくりとした違いを僕に教えてくれた。
「でも、護身術だったら合気道とか空手とかそういうふうなのじゃないの?」僕はなんとなくの疑問でそう尋ねると、優香は「うーん、でもやっぱ男の人をどれだけ思いっきり殴っても蹴っても、そんなに痛くないじゃん。」と少し眉を顰めて言った。

「まあ、それは確かにそうかも。よっぽど強ければいいけどね。確かに。」

「そうそう、護身術を目的に習うんだとしたらもっと実践的に使えるものじゃないとダメだなって相談して柔術にしたんだよ。」
「そんなに難しくないけど専門的だから、普通に殴ったり蹴ったりするより男の人相手にもある程度使えるっていうかね。そんな感じ。」

優香と愛菜はこともなげにそう言った。
彼女らは自分自身がかわいい自覚、というのを持ち合わせているようだ。
僕はフーン、と聞き流しつつ少しのすけべ心で、「やってみてよ。」と言った。理由は、優香か愛菜の体に触れられるかもしれないからだ。ただそれだけのことなのに、

一瞬、優香と愛菜の間に流れる空気が変わった気がした。

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