ノンマスカブル・コーリング

 和泉いずみ香菜かなに日曜日はあって無いようなものだった。勤め人ではないので定休日が存在しないこともあるけれど、「この日はお休み」と決めて休もうとする日に限ってなんらかの連絡が入る。連絡に対応すると頭が休日モードから切り替わってなにかしら仕事をしてしまい、その日は休日にならない。
 ダメだ、これではダメだ。
 あるとき香菜は誰に言うとでもなくそう思い。完璧な日曜日を作ってみることにした。
 完璧な日曜日。
 人脈でもって生き抜いているような人生なので、当然根回しは済ませた上で、個人的な予定もなにも入れない。曜日はこだわらないつもりだったが、もろもろ調整した結果、その日は十二月二十四日の日曜日になった。
 だらだらっと十一時まで寝て過ごし、起床してもPCの電源を入れず、トーストとトマトとミルクだけの簡単な朝食を摂る。あんずジャムはたっぷりつける方。心持ちゆっくり咀嚼して手早く洗い物を片付けると、コップいっぱいの水を持ってテーブルに顎を置く。
 手持ち無沙汰。つい癖でスマートフォンを手に取ってしまうが、こんなこともあろうかと夕べ寝る前に全てのアプリの通知を切っておいた。メールも見ない。SNSも見ない。今日はそうと決めた。完璧な日曜日。
 一日。ぼうっとしていられるだけの稼ぎは手にできている。生活はできそう? と繰り返し問いかけていた頃はいつしか遠くへ行ってしまったように思える。趣味もある。部屋の一角を見やれば、せわしなさの中で隙を見つけて没頭してきた時間の山積が見受けられる。
 視線を巡らせる。雑然とした仕事部屋が目に入る。そこかしこにあふれた物、物、物……。この家には人を呼べないな、と思う。掃除はそれなりにしているつもりだが、足の踏み場に迷わないのは香菜がいまいるダイニングキッチンのスペースだけだろう。あと廊下か。
 時計を見やる。いつの間にか十二時過ぎ。時間だけはきっちり流れている。
 なにもすることがない。なにもしないと決めた休日。完璧な日曜日。
 いっそスマートフォンの電源も切ってしまおうか。指を動かしたとき、それが着信を告げた。
 憮然としたもののつかの間、表示された名前に香菜のまなざしが和む。恋人の名。連絡のシャットダウンは仕事関係に絞っていたので、今日のことは伝えていない。それにもかかわらず、いまこのタイミングで電話がかかってきた。そんなことが嬉しかった。
 スマートフォンを手に取る。今日の日付が目に入る。不意打ちのやり返しが香菜の脳裏に閃いた。耳元に持っていき、通話をタップ、耳元で声がはじける前に機先を制して。
「メリークリスマス」
 そんな完璧な日曜日。

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