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お天気観

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てるてる坊主の背後に広がる、お天気に関する世界観や風習を多方面から探ります。
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記事一覧

天気の好し悪しと日ごろのおこない【てるてる坊主考note#32】

はじめに  わたしたちはときどき、天気を自らの日ごろのおこないと関連づけて解釈しようと…

晴れたら「いい天気」なのか【てるてる坊主考note#31】

はじめに  「いい天気」と聞いて思い浮かぶのは、青い空の広がった晴天。いっぽう、「あい…

なぜ「ふれふれ坊主」はないのか【てるてる坊主考note#30】

はじめに  あしたの行事を楽しみに、子どもたちが晴天を願っててるてる坊主を吊るす――な…

街を駆ける御日和坊主【てるてるmemo#5】

1、清水晴風『世渡風俗図会』  幕末のころ、江戸の街を裸の男が「お日和、お日和」と唱えな…

「ててぼさま」の謎【てるてる坊主考note#20】

はじめに  晴天祈願のまじないであるてるてる坊主。明治期の小説などをひもとくと、ときには…

日を乞う「雨人」【てるてるmemo#2】

 江戸時代後期の旅人・菅江真澄(1754-1829)は日本列島各地を旅しながら、それぞれの土地で…

雨乞いのてるてる坊主【てるてるmemo #1】

 てるてる坊主は、いい天気になるようにと願って吊るされるのが普通です。でも、ときには天気が悪くなるよう願って吊るされることもあったようです。民俗学の文献資料のなかから、わたしの管見の及んだ事例を2つ紹介します。  これは、南島民俗研究会が発行していた雑誌『南島民俗』に掲載されている事例です。南島民俗研究会の拠点は、種子島(鹿児島県)の北部にある西之表市。  昭和45年(1970)発行の『南島民俗』15号で、民俗学者・下野敏見(1929-2022)が「種子島の俗信・ターキ・手

続・鎌倉時代の「てれてれひのこ」 【てるてる坊主考note #10】

はじめに てるてる坊主の存在を文献資料のうえで確認できるのは、私の管見の限りでは、江戸時…

鎌倉時代の「てれてれひのこ」 【てるてる坊主考note #9】

※ 見出し画像は野梅園〔編〕『梅園奇賞』に掲載されている「結灯台」の図(真ん中。[野梅園…

「あした天気に」だけではない願い 【てるてる坊主考note #5】

はじめに 「あした天気にしておくれ」というフレーズでよく知られる童謡「てるてる坊主」。い…