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中国はどこへ向かうのか ~国際社会は心の準備をするべきだ~

米中貿易戦争はハイテク戦争にも発展し、のみならずトランプ政権は新彊ウイグルの人権問題で中国共産党へ制裁を発動し、一方香港では持続的な抗議運動が起こっている。いまや自由という価値観の是非をめぐり、米中両陣営による新冷戦とも言うべき状況が生まれはじめ、世界は鳴動している。

かつて劉暁波のノーベル平和賞受賞に際し、劉暁波の代理としてオスロでの式典に出席した楊建利は、2016年11月にトランプが米大統領選に勝利すると、米国の力を使って中国民主化を実現すべく、トランプに政策方針書を提出した。

その後も楊建利は、トランプ政権や米議会に対して盛んにロビー活動を行い、米国の政治家と緊密な会合を持ち、米国の対中政策のアドバイザーとして様々な提言を行い、そしてもちろん楊建利は香港の主要な民主派とも連携している。

たとえば、以下はマール・ア・ラーゴでトランプとがっちりポーズをとる楊建利の姿である。

こちらは、現在下院議長を務めるペロシとミーティングをする楊建利の様子だ。

そして、こちらは香港の何韻詩(デニス・ホー)たちと写真に収まる楊建利だ。

最近米国で成立した香港人権民主法にしても、審議の過程では楊建利の尽力により米議員たちと香港のデモ参加者の連帯が深まった点は見逃せない。

一例をあげると、この秋楊建利率いる公民力量が米議会内の一室で開催したイベントでは、香港のデモを主催してきた民間人権陣戦のメンバーや大学の活動家たちが招かれ、彼らに賞が授与されたのだが、そこでプレゼンターを務めたのは連邦議員のスミスとマクガバーンで、この二人の議員の手から香港の人々にメダルが授与された。上段左の中央がスミス、上段右の中央にマクガバーン、そして下段左はこの賞を主催した公民力量主席の楊建利であり、メダルを手にした張崑陽(サニー・チェン)の力強い目も印象的だ。彼は香港の著名な活動家の一人である。

デモを通して中国共産党との対決姿勢を強める香港民間人権陣戦と活動家たちにとっては、米議会の一室で米国の連邦議員たちから賞のメダルを授与され、抗議運動のことで激励を受けたことは、今後に向けて大きな勇気となったことだろう(もっとも、これとて楊建利が仕掛ける作戦の一例に過ぎず、彼の深慮遠謀は壮大だ)。

さて、国際情勢において風雲急の雰囲気が漂うなか、9月9日に明治大学では楊建利を招き、「中国はどこへ向かうのか」と題して講演が行われた。米国の政府・議会や香港の活動家たちと密接な関係を持つ楊建利が来日し、たっぷりと時間をとって、現在の北京政局の分析から、米中貿易戦争の意義、香港の貴重な極秘情報、そして将来の中国民主化に向けての展望を語ったのである。今後の国際情勢の変化を占ううえで極めて重要な講演となった。

講演に先駆け、私は楊建利と個人的に面会し、二人で色々と話をすることができた。楊建利と差し向かいで話ができる機会などそう滅多にあるものではなく、私にとっては貴重な時間となった(扉の写真は私と楊建利のツーショットである)。

楊建利が講演で語ったことの詳細をレポートする前に、まずは私と楊建利が二人で会話した内容について、ここで公開できる範囲でお伝えしたい。

まず私は、この5月に私が執筆した「米国の政府・議会を動かす中国人の民主活動家たち」をスマホの画面で楊建利に見せて、「このレポートは私が執筆したもので、あなたの活動を詳細に解説したものです」と説明した。すると、楊建利は例のペンスの演説に関する写真を見つけた途端、思わず笑みがこぼれた。2018年10月4日、中国をテーマにハドソン研究所で行われたペンスの演説は西側諸国に広く衝撃を与え、「第2の鉄のカーテン演説」とまで評されたが、実はこのペンスの演説は楊建利がプロデュースしたものである。楊建利は後日、ペンスたちとミーティングをしている様子などを撮影した写真を自らツイッターで投稿したわけだが、私は今年5月に自分が執筆したレポートでその写真を使ってペンス演説の解説を行った。

あらためて振り返ろう。ハドソン研究所での演説に関して、楊建利とペンスが主賓としてテーブルの中央に座って会談する様子を写したものが2枚、そして最も大きな写真は、楊建利とペンスが両手でがっちりと握手する様子を写したものだ。

楊建利は、私が執筆したレポートでこの写真が使われているのを見ると、満面の笑みを浮かべ、私に向けて親指を立て、「ナイス!」と口走った。その楊建利の様子から、よくぞこの写真を使ってペンスの演説を解説してくれた、そんな感触がありありと見てとれた。

北京の習近平政権は、疑いなく楊建利があのペンスの演説をプロデュースしたものと理解している。習近平がカラー革命に備えなければならないと繰り返し厳命するのも、楊建利がトランプ政権や米議会に影響力を行使し、打倒共産党に向けて着々と作戦を進めているからだ。彼ら北京の権力者たちは、ペンスの演説はスピーチライターまで楊建利だったに違いないと踏んでいるだろう。私の面前で会心の笑みを浮かべる楊建利の様子から、あのペンス演説は楊建利にとっても、米国の力を使って中国民主化を実現するうえで、作戦上極めて重要な一幕だったのだと確認できた。

次いで、既にトランプ政権のもとで作戦が始動しているグレートファイアウォール破壊に向けた取り組みを解説した私のレポート「グレートファイアウォールを破壊するために」の画面を楊建利に見せた。すると楊建利は、私のテキストに韓連潮の写真があるのを見つけると途端に反応した。この韓連潮は、楊建利が率いる公民力量で副主席を務める人物で、米国が開始したグレートファイアウォール破壊への長い道のりの作戦参謀である。

その後、私と楊建利はチベットについても話をした。きっかけは私と楊建利の共通の友人である劉燕子で、劉暁波の詩集の翻訳などを手掛けてきた劉燕子は、チベット人作家の支援も非常に熱心に行っていて、そして私はこの夏劉燕子の勧めもあって、彼女が翻訳したテンジン・ツゥンドゥという亡命チベット詩人の作品の評論を書いたのだ。このことを楊建利に伝えると、楊建利はダライ・ラマ14世のことを持ち出したので、ここから私たちの会話はチベットのことになった。

楊建利は人間的にも非常にスケールが大きく、包容力に溢れ、素晴らしい人柄だ。彼と接する多くの人が彼に魅了されるだろう。さすがは劉暁波の代理としてオスロのノーベル平和賞の式典に参加し、その後も今に至るまで海外に流亡した中国人たちの精神的支柱として活動してきた人物だけのことはある。ペンスをはじめとする米国の政治家たちも、楊建利の卓越した人間性や洞察力には強く魅了されたことだろう。

さて、ここからはいよいよ楊建利が講演で語った内容について、関連事項の解説や注釈もふんだんに交えてその詳細をお伝えしよう。


今回の楊建利の講演は4章構成となっていて、会場で配られた講演目次では更に各項目ごとに細かく表題が記されていたが、それらについては後ほど各章の解説と分析の際にお伝えするとして、まずは今回の講演の大枠である4章の目次を挙げておこう。

1 習近平統治下の中国の「定性」
   ――東西の専制政治、左右の独裁統治の集大成――中国の特色あるファシズム

2 習近平の置かれた局面――権力掌握、危機四伏

3 米中貿易戦争――「新冷戦」の到来?

4 再論 中国の民主化――――四つの必須条件

なお、ラストではこの9月以降における楊建利の活動の軌跡についてもその詳細を付録としてお伝えするので、米中関係及び香港情勢の背後にある構造について、いかに楊建利がトランプ政権や上下両院の議員たちと協力してきたか、また香港のデモ主催者たちを米国の政治家に引き合わせてきたかなど、楊建利の仕事が非常によく理解できるはずである。

では、始めよう。

1 習近平統治下の中国の「定性」
   ――東西の専制政治、左右の独裁統治の集大成――中国の特色あるファシズム
(1)全能型一党独裁
(2)一人のスーパーリーダー
(3)言論とイデオロギーへの全面的コントロール
(4)漢族ショービニズム(排外主義)による対内一体化、ナショナリズムによる軍事、政治および経済分野での対外的拡張
(5)「1984」式社会コントロール――徳先生(Democracy)が賽先生(Science)と全面衝突
(6)統制経済路線――権貴資本主義、公有制とナチス的経済システムの混合体

「8月31日の香港でのデモの際、それまでとは明らかに違う様子がありました」、楊建利の講演はまずこの話題から始まった。「その日、香港ではデモをする人々が中国の国旗、あの紅い五星紅旗にナチスを重ねて、それをデモの際に街頭で掲げて行進したのです。彼らは中国共産党のことを『Chinazi』と呼んで批判したのです」。

「これは私が以前から語ってきたことと完璧に一致します。中国の政治体制について、私は以前からこれを中国の特色あるファシズムと呼んできました。この8月31日、香港の人々がデモの際に五星紅旗にナチスを重ねて『Chinazi』と批判したのは、まさに私が語ってきたことと完全に一致するのです」。楊建利はこの点を強く指摘した。

ちなみに、以下はこのことでデモの翌日に楊建利が行ったツイートである。

確かにこの8月31日、香港の人々はデモのため市街地を闊歩する際、中国の五星紅旗にナチスを組み込み、「China」と「Nazi」を掛け合わせた「Chinazi」という造語で、習近平政権は赤いナチスだと世界に訴えたのである。

楊建利はだいぶ前から、習近平体制での強権支配の大幅な強化によって既に中国はナチスの要素を見事に備えたファシズムになっていると繰り返し指摘してきた。たとえば、以下は昨年12月10日、米議会内の一室で開催された「異民族間と異教徒間のリーダーシップ・カンファレンス」という会合で楊建利が行った基調講演の内容で、彼が主席を務める公民力量が公表したものだ。タイトルは「Jointly Counter Fascism with Chinese Characteristics」である。

このなかで楊建利は、次のように語っている。

China under Xi Jinping is showing all aspects of a fascist state. Xi Jinping fascism is a real, clear and present danger to free societies everywhere. Seventy years ago, the crimes of Nazi Germany led the international community to embrace the principle of universal human rights, but today similar patterns have emerged in China. A single, all-powerful party, one paramount leader, total control over all media, military aggression abroad, brutal suppression of dissent, creation of fictional external threats and enemies, and jingoism and strident nationalism masquerading as foreign policy. After the Holocaust of the Jewish people under Hitler we vowed “never again.” But among post-war atrocities that belie that pledge, we today must add the “reeducation” concentration camps where more than one million people, one tenth of the Uyghurs, are detained. This is a mature fascism combined with communism, crony-capitalism and an Orwellian 1984 digital totalitarianism. I call it the Fascism with Chinese Characteristics.

ここに来て香港の人々は、海外で暮らす反体制派リーダーの楊建利と完全に歩調を併せ、街頭抗議の場で習近平政権のことを赤いナチスだと世界に訴えるまでに至った。楊建利にとってこのことは極めて重要であり、今回の講演でもまず楊建利は聴衆に対して、現在の中国共産党とナチスがいかに共通の特性を持っているかについて解説することから始めた。それが、(1)から(4)までだ。

まず「(1)全能型一党独裁」だが、これについて説明は必要ないだろう。ナチスと中国共産党、いずれも全能型の一党独裁であることは明確だ。その次の「(2)一人のスーパーリーダー」も説明は不要だろう。片やアドルフ・ヒトラー、片や習近平、共にスーパーリーダーとして政治体制に君臨する存在だ。更に「(3)言論とイデオロギーへの全面的コントロール」についても、ナチスと中国共産党の双方に共通する要素であることは明らかだ。

さて、4つ目だが、まず「漢族ショービニズム(排外主義)による対内一体化」、これは「漢族」の部分を「アーリア人」に置き換えると、まさにナチスとなる。現在の中国共産党の統治はどう見ても漢族優位による他の民族の排外主義であり、とりわけ楊建利は新彊ウイグルの例を挙げて、集中営と呼ばれる大規模強制収容所に大量のウイグル族を収容するのはまさにかつてナチスがユダヤ人に対して実行した恐るべき所業をここに見ることができるとして、これを強烈に批判した。

一方「ナショナリズムによる軍事、政治および経済分野での対外的拡張」だが、これは厳密にはナチスの特性というより、先に覇権を握った英仏の帝国主義の特性というのが正確なところだろう。まず英仏両国が「ナショナリズムによる軍事、政治および経済分野での対外的拡張」を世界規模で実行し、ナチスはこの英仏の覇権に挑むかたちで、これに対抗したというのが歴史的過程である。

それで、現在の中国共産党を見ると、確かに「対外的拡張」は明確に実行されており、具体的には一帯一路を通した「政治および経済分野での対外的拡張」が突出して目立っていて、各国に債務の罠を仕掛けては巧妙に拡張路線を進めてきた。一方、これに比べると「軍事」面での拡張は南シナ海など一部の領域を別にすれば、それほどのものではない。むしろ中国共産党の場合、先端技術獲得のため知財を奪ったり、あるいは孔子学院などを通じた言論封殺など、多様なかたちによるスパイ活動が世界規模で拡張路線を進んできて、こちらの方が問題だ。このことは何より楊建利自身がこれまで盛んに強調してきたことで、先程取り上げたペンスの演説で最も強烈に批判したのも知財窃盗から言論封殺に至る中国共産党の大規模なスパイ活動である。

したがって、楊建利が取り上げた要素のうち、軍事的な部分を除けば、中国共産党が構造的にナチスの様々な要素を備えていることは明らかだ。(1)全能型一党独裁、(2)一人のスーパーリーダー、(3)言論とイデオロギーへの全面的コントロール、この三つは完璧に当て嵌まるし、(4)漢族ショービニズム(排外主義)による対内一体化も、「漢族」の部分に「アーリア人」を代入すると、当て嵌まる。

軍事的なことについていうと、楊建利が中国の軍拡に言及する際はあくまで形式的なもので、私の知る限り人民解放軍の物理的戦力が日本や米国にとって具体的な脅威だと楊建利が語ったことは一度もない。それどころか、楊建利はトランプに提出した政策方針書についてのインタビューでは、人民解放軍がいかに腐敗していて実戦で役に立たないかを強調していたほどなのだ。

Xi Jinping has taken tremendous effort, trying to reform the military, to restructure it, at the same time he revealed to the people – to the surprise of many – how corrupt the military was, or even is today,” he says. “I don’t think the Chinese military has the necessary capacity to prevail in any military clash with any neighboring country, especially when the U.S gets involved.

こういう理由もあって、中国の場合「政治および経済分野での対外的拡張」は一帯一路で各国に債務の罠を仕掛けることで大規模に実行している一方で、軍事的な拡張はわりあい抑制的であり、その代わり米国などを相手に知財窃盗や言論封殺などのスパイ活動の拡張規模が巨大だということができる。そもそも、20世紀前半とは違い、いまや覇権をめぐるポイントは領土ではなく、半導体などのハイテクであり、また知識形態が問題となっているのだ。

だからこそ、このハイテク分野はまさに米中貿易戦争の最大のテーマとなっている。トランプ政権が中国に対して通商法301条を発動して制裁を実施したのも、中国共産党による知財窃盗が余りにも酷すぎるので、そのため制裁による圧力という手段に出たのだ。

ここで、「(5)『1984』式社会コントロール――徳先生(Democracy)が賽先生(Science)と全面衝突」を飛ばして、先に「(6)統制経済路線――権貴資本主義、公有制とナチス的経済システムの混合体」の解説に移ろう。というのも、6つ目のテーマである中国の経済体制は、まさに現在トランプ政権が構造改革を要求している部分そのものなので、話の都合上、6つ目を先に取り上げるのが良いだろう。実際、楊建利も講演ではまず先に6つ目の解説を行い、5つ目は後にしたのだ。

中国の経済体制について、楊建利はこれを「統制経済路線――権貴資本主義、公有制とナチス的経済システムの混合体」と要約している。基本的に習近平統治下の中国では「統制経済路線」を進んでいて、その具体的なありようが「権貴資本主義、公有制とナチス的経済システムの混合体」となるのだが、読者の方々からすればこれだけでは意味が掴めないだろう。

なので、ここからは楊建利が指摘した各要素について、個別に説明しよう。

まず「統制経済」だが、ここで言う「統制経済」は、「計画経済」とは違う。楊建利は明確にこの二つを区別して解説したので、まずはこのことを指摘しておきたい。楊建利によれば、「計画経済」とは旧ソ連が実行したタイプの経済で、市場を否定し、すべての経済活動を政府の計画に沿って運営しようとするものを指す。現在の中国の経済は、このような「計画経済」とは違う。

中国の場合、市場を認めて、市場経済を重視しながら、しかしその市場主体である企業の自由を認めず、共産党中央が企業を「指導」し、そうして党中央が企業活動に大きく介入し、市場そのものを党が統制しようとする。これが楊建利の言う中国の「統制経済」であり、かつてナチスもこのような統制経済だったと指摘する。

このことだけなら、多くの読者にとっても理解は難しくないだろう。ややこしいのは楊建利の言う「権貴資本主義」で、これについては多くの読者も「権貴資本主義? 何それ?」と疑問に思うのではないだろうか。

物凄く解りやすく言うと、この「権貴資本主義」とは、かつての王朝時代の「貴族的腐敗経済」の現代版である。たとえば『水滸伝』を読むと、宰相である蔡京をはじめ、中央の高官たちはその権力を利用してデタラメに腐敗し、しかもその腐敗は地方の将軍や地方官僚にまで及んでいて、中央でも地方でも貴族化した官僚や将軍たちは職権乱用して金儲けにいそしんでいるわけだが、現代中国における「権貴資本主義」とは、まさにこれの現代版の様相を呈している。

もちろん、このことは中国の政治と密接な関係にある。楊建利は習近平の政治手法について、「旧来のアジア的専制政治(つまり王朝政治)のやり方を踏襲する宮廷政治の手法」と評したのだが、これは何も習近平時代に限った特徴ではなく、「看中国」など反体制派の中国語メディアの報道を見れば、江沢民時代にしても、胡錦涛時代にしても、中国の政治は「宮廷政治的」だった。

だから「権貴資本主義」とは、決して習近平時代に限定された特徴ではない。中国では以前からそうなのだ。そして、もう一つの特徴として「公有制」というものがあるが、これは楊建利によれば、中国も毛沢東の時代は共産主義だったので、この時代の名残りは共産主義をやめた鄧小平の時代以降も残っている部分があり、そして最近習近平のもとでこの共産主義の名残りである「公有制」へ回帰しようとする動きが出ている、ということだ。

以上が、「統制経済路線――権貴資本主義、公有制とナチス的経済システムの混合体」と楊建利が要約した中国の経済体制である。なお、このうちナチス的な統制経済の部分についてだが、楊建利は第2章のところでこのことを更に詳しく解説したので、その部分は後ほど詳細をお伝えするつもりだ。

何はともあれ、党中央が強力に指導することによる統制経済路線というのが基本で、そして特にハイテク分野で党中央が民営企業に指導力を発揮するため、米国などに大量のスパイを派遣して知財を奪ってこれを中国に持ち帰り、そうして得た知財をもとに党中央が民営企業に対してプラットフォームの構築を指導する、という構図は疑いなく存在する。

そして、このこと自体が5つ目とダイレクトに関係する。「『1984』式社会コントロール――徳先生(Democracy)が賽先生(Science)と全面衝突」、つまりハイテクを駆使した強力な情報統制と監視社会のことだ。いまや中国ではジョージ・オーウェルの「1984」式の強力な統制と監視が社会の隅々まで行き届くようになっているわけだが、中国共産党はそのためのテクノロジーを主に米国から手に入れてきた。このことについては、楊建利のもとで公民力量副主席を務める韓連潮が盛んに指摘している。

今年の3月25日、ワシントンでは中国共産党の解体を目的として「応対中国眼前危険委員会」(Committee on the Present Danger:China)が設立され、楊建利も韓連潮も共にこの委員会に公式メンバーとして参加し、様々な提言を行っているのだが、中国における「1984」式の監視と統制は当然ながら米国の政治家たちの間でも強く問題視されているのみならず、そのための技術が主に米国由来であることも議題にのぼっている。5月29日、韓連潮は同じくこの委員会メンバーであるブラッドリー・セイヤーとの連名で、「ザ・ヒル」に「China's weapon of mass surveillance is a human rights abuse」と題する論文を寄稿した。以下は、その全文である。

この論文では、中国における「1984」式の監視と統制のために米国の企業や大学がいかに貢献してきたかについても鋭く指摘されているので、その箇所を引用しよう。

Today, over 30,000 Chinese surveillance companies have more than 1.6 million employees. These firms are led by Huawei, Zhejiang Dahua and Hikvision, and they labor to perfect and export China’s mass surveillance system. Their products such as Hikvision cameras are widely sold in the United States. Some of them, such as Alibaba, use America’s free market to access capital and technology to develop surveillance products.

Some American companies participate in building China’s surveillance system. For example, Remark Holdings, a Las Vegas-based public company, has provided artificial intelligence-based facial recognition technologies to China. Infinova Corporation of New Jersey, which designs, develops and manufactures CCTV surveillance systems, is a main supplier for the Chinese surveillance system and a player in China’s Sharp Eyes platform.

Many small Silicon Valley companies and major American universities have research and development projects for Chinese surveillance companies. For example, iFlyTek, a Chinese company, recently launched a five-year partnership with the Massachusetts Institute of Technology to use voice recognition technology “to develop a pilot surveillance system that can automatically identify targeted voices in phone conversations.” Lamentably, other American tech giants also are involved in China’s mass surveillance system.

ちなみに、トランプ政権は中国のスパイによる知財窃盗を盛んに告発し、中国に対する制裁関税もこれらスパイ活動をやめさせるための圧力として実行したのがその最大の理由だが、中国のスパイが米国から奪った様々な知財はもちろん中国企業による「1984」式の監視と統制システムに使われており、しかも中国は一帯一路を通してこれら監視と統制のシステムを世界各国に輸出までしているのだ。

したがって、米中貿易戦争は単に経済戦争というだけではなく、「1984」式の監視と統制システムのサプライチェーンをめぐる問題でもあり、もちろん一帯一路の問題にも関連してくる。

今回の講演で楊建利は、この「1984」式の監視と統制システムについて、これは「科学の力による民主主義への挑戦」であると短くまとめるにとどめ、彼は講演ではこのことに関して詳細に解説することはなかった。というのも、この問題は本気で論じるとあまりに複雑なので、そのため彼はあえて今回の講演では権力をめぐる北京政局の内実や香港のことなど他のテーマを優先したのである。だからこそ、私が手掛けるこのレポートではこの部分を補足する必要があるわけで、楊建利のもとで公民力量の副主席を務める韓連潮の問題意識を踏まえれば、「科学の力による民主主義への挑戦」というのは単に中国だけの問題ではないことが明らかだ。

トランプ政権は、まず5月にファーウェイをエンティティ・リストに入れ、次いで10月になると新彊ウイグルへの弾圧を理由にハイクヴィジョン(海航威視)やダーファ(大華)をはじめとする中国の様々なハイテク企業と関連組織をエンティティ・リストに追加し、禁輸措置を拡大しているが、この措置は単に新彊ウイグルの人権問題だけを理由になされたと捉えるべきではない。先程紹介した論文のなかで、韓連潮は次のように言っている。

China has taken us closer to George Orwell’s dystopian nightmare of “1984” than any other state.

Mass surveillance is natural to the Chinese Communist Party (CCP) and in keeping their longstanding belief in thought control. Increasingly, published political thoughts must be in line with the ideology of the CCP Central Committee or, more precisely, in line with that of the paramount leader of the party: Xi Jinping.

Because thought control requires monitoring people’s activities, mass surveillance is required. The Chinese have spent lavishly to build a massive surveillance system that allows China to deploy its sophisticated network of population control. Just as with the Party in Orwell’s Oceania, the reason is to eliminate any possibility of an uprising against the regime.

China’s surveillance not only has protected the party-state, it also is helping to prop up dictators around the world. Over a dozen countries, including Zimbabwe and Venezuela, use the system to watch their populations and suppress dissidents.

The Trump administration’s action against Huawei is timely and necessary, but it is not sufficient. Additional steps are necessary. Although a U.S. law prohibits the export of crime-control products to China, the sale of cameras and other dual-use technologies are not banned. Congress could take an important step to weaken the ability of the CCP to surveil and control the Chinese people by passing a broader law that we’ve dubbed the “Defeating Surveillance Human Rights Act.”

こういう次第なので、新彊ウイグルのことを口実にした禁輸措置は、実際には中国全土はおろか一帯一路を通して輸出までされている「1984」式のシステムそのものを問題視し、米国としてはこれをなんとかして機能不全にしようという意図である。ここに引用したこと以外にも、韓連潮はこの問題で米国が実行するべき措置についてかなり詳細な提案をしているので、興味のある方は是非原文をあたって確認してほしい。

楊建利にしても、冒頭で紹介したように昨年12月に米議会内で開催された会合の基調講演において、新彊ウイグルのことは中国の特色あるファシズムの最たるものとして強烈に批判し、その場にいた米議員たちに中国の特色あるファシズムに対して共に戦って自由を勝ちとろうと訴えているだから、トランプ政権がこの10月の措置を足掛かりに今後更に「1984」式のシステムに打撃を与えることは作戦上極めて重要となる。

さて、ここからはいよいよ習近平の置かれた位置について極めて詳細な解説がなされた第2章に入ろう。いま習近平を取り巻く環境はどのようなものなのか? これこそ楊建利が今回の講演で最重要としたテーマで、北京政界がいかに風雲急を告げているか、独裁体制の危機的な内幕が詳細に語られた。


2 習近平の置かれた局面――権力掌握、危機四伏
(1)反腐敗、粛清、個人崇拝――権力基盤固め
(2)市民社会への弾圧、言論およびイデオロギーへの高圧的統制
(3)昨年7月の政争――長老支配(老人支配)の終焉
(4)公私合営(官による民間企業の浸食)――統制経済への移行
(5)国家主席の任期撤廃――「公敵」と化す
(6)香港、マカオ、台湾
(7)チベット、新彊ウイグル、内モンゴル
(8)キリスト教、法輪功
(9)一般民衆
(10)国際社会における最盛期の終焉

詳しい解説に入る前に、第2章で楊建利が語ったことのなかで特に重要度の高い習近平をめぐる状況について、ここであらましを伝えておこう。反腐敗の掛け声による大粛清と個人崇拝キャンペーンで完全に権力を掌握した習近平だが、しかしそのぶん党内では習近平の強権に対する不満も蓄積され、そして昨年7月に勃発した政変を経て、習近平はついに党内において「公敵」となり、いまや習近平は党内のあちこちから戦いを挑まれている。これが楊建利の指摘したことの概略である。

具体的には、「(3)昨年7月の政争――長老支配(老人支配)の終焉」、「(4)公私合営(官による民間企業の浸食)――統制経済への移行」、「(5)国家主席の任期撤廃――『公敵』と化す」の部分で、これらの項目で語られたことを知らずして現在の中国共産党の状態を理解することは不可能だというぐらい、楊建利がここで解説した内容は極端に重要性が高い。

ちなみに、(6)に含まれている香港は重要ではないのか? という問いがあるかもしれないが、もちろん香港は極めて重要で、楊建利も大変に重視するテーマだ。香港問題は余りにも重要だし、また国際社会とも関係することなので、楊建利は香港のことについては台湾と共に次章で詳細な解説を行った。

さて、それではまず(1)で解説された習近平権力掌握への道から見ていこう。楊建利によれば、習近平が権力を掌握するうえで何よりも強力に威力を発揮した取り組みこそ、反腐敗の掛け声のもとになされた大規模な党内粛清であり、中央規律委員会書記の王岐山が辣腕をふるって断行した。これについては日本などでもかなり大々的に報道されてきたことなので、中国通の読者なら新聞等で反腐敗の文字を繰り返し目にしてきたことだろう。

2013年以降の中国では、王岐山が強権を発動することで、苛烈なまでの粛清が実行された。この反腐敗闘争と称する巨大な粛清劇が進行するにつれ、習近平指導部は「習王体制」あるいは「習王政権」と呼ばれるようになるが、それというのも王岐山の権限が格別に強力なためであり、日経新聞の中澤克二などが指摘してきたように、王岐山は事実上のナンバー2として政権に君臨することになる。

そして、この粛清劇と並行して進んだのが、習近平の個人崇拝というプロパガンダだ。習王政権は、反腐敗の名のもとに彼らの政敵および政敵に連なる官僚たちを次々と失脚させ、そうして党内が反腐敗に対する恐怖で覆われてゆくに従い、党中央の宣伝部は習近平への個人崇拝を煽るプロパガンダを増やしていき、党内を習近平一色に染めていった。

これで力をつけた習近平は、李克強率いる国務院の人事にまで切り込んで、閣僚および閣僚級の役職を自分の意のままに取り替えていき、これにより総理の李克強は習王派に包囲される格好となって、やがて孤立していった。また、反腐敗の掛け声による粛清は人民解放軍の内部にも広範囲に及び、将軍たちが相次いで失脚していった。

こうして習近平は、軍・党・政府(国務院)の権力を掌握するに至る。楊建利はこのように指摘した。

ちなみに、楊建利によれば、「習近平はもともとの権力基盤は決して強いものではなく、むしろ当初習近平の権力基盤は弱かった」という。これは確かにその通りで、2013年3月に習近平が国家主席に、李克強が国務院総理に就任してからの数か月間を振り返ると、暫くの間政治的に目立っていたのは李克強の方で、総理就任から間もなく李克強が開始した経済構造改革はリコノミクスとして世界的に評判を呼び、李克強は改革者として日米欧の経済界では高く評価されていた。

国際社会で李克強がもてはやされていた2013年の春から夏にかけて、習近平はむしろ影が薄かったのである。転機となったのは、この夏の終わり頃に行われた薄熙来の裁判である。

胡錦涛時代の末期、重慶市トップの薄熙来は打黒と呼ばれる反腐敗運動などで人気を博し、中国における政治スターとして台頭して、そんな薄熙来はいつしか北京の権力者たちを脅かすまでになったが、しかし彼は妻の不祥事を機に失脚した。その薄熙来の裁判が2013年の夏の終わりに行われ、中国の裁判としては極めて異例なことに法廷の様子までテレビで中継されるという国家の一大行事となったのだ。

薄熙来は習近平のライバルとも呼ばれたが、薄熙来の台頭におののいたのは長老筋の有力者たちも同様で、薄熙来はそれぐらい北京を激しく動揺させたのである。この薄熙来についてどのように始末をつけるか、これは太子党にとっても、江沢民派にとっても、共青団派にとっても共通する大問題であり、そこで習近平は薄熙来裁判における法廷の様子をつまびらかにテレビで中継するという共産党の慣行に反する極めて異例の態勢で臨み、宣伝効果によって薄熙来を強力に断罪したのである。

この薄熙来成敗で、習近平をめぐる雰囲気は明らかに変わったといえる。胡錦涛時代に持て余してしまった薄熙来、これに習近平は大胆なやり口で決着をつけることで党内において勢いを得て、その余勢を駆って王岐山が反腐敗闘争を進めていった。

楊建利によると、「もともと権力基盤の弱かった習近平はこの薄熙来の件を利用することで権力掌握のきっかけを掴んだ」という。

習王は巧みに党内の虚をついたといえるだろう。というのも、胡錦涛末期になぜ薄熙来の台頭を許したかといえば、それは集団統治体制の名のもとで総書記の権威がかつてと比べて相対的に低下したところに、官僚たちによる腐敗の蔓延に対する市民の不満が高まり、薄熙来はそこで上手く「打黒」の掛け声で腐敗の取り締まりをして一躍政治スターとなったのだ。そのため党内の有力者たちからすれば、第二の薄熙来を登場させないためには、現指導部が中央規律委員会の権限を強化することはある程度容認せざるを得ないし、現総書記の習近平の権威を強化することにもある程度同意せざるを得ないのである。

習王は、こうした党内の空気感を巧みに利用し、中央規律委員会が強力に反腐敗の号令を発して強権を発動し、また宣伝部は習近平の権威を高めるため徐々に習近平への個人崇拝というプロパガンダを行ってゆく。そうして気が付いたときには、反腐敗の嵐は党内の多くの者たちの予想をはるかに超えて進行し、習王政権は彼らにとっての邪魔者を容赦なく失脚させた。また、大掃除の後では習近平への個人崇拝は過剰なレベルに達した。

かくして習近平は、苛烈なまでの粛清を行うことで軍・党・政府(国務院)を完全に掌握した。

そんな習近平は、「(2)市民社会への弾圧、言論およびイデオロギーへの高圧的統制」も大幅に強化していった。その最たる例が、2015年7月9日に実行された人権派弁護士たちに対する一斉検挙である。この件は、反体制派の間ではその日付をとって「709」という数字だけで通じるほどの大事件である。

ちなみに、楊建利自身も2002年から2007年まで政治犯として獄中で過ごした人物だが、通常ならそういう人物の口から絶対に出ないような言葉が今回の講演で出たので、話を聞いていた私は驚いたものだ。というのも、楊建利は習近平が実行してきた人権弾圧について説明した後で、次のように語ったのである。

「いま思えば、あの頃が懐かしい」。

ここで言う「あの頃」というのは、楊建利自身が獄中で過ごした胡錦涛の時代のことである。江沢民時代の末期に逮捕され、その後胡錦涛時代の前半5年間を獄中で過ごした楊建利は、「いま思えば、あの頃が懐かしい」と唐突に語った後、次のように続けた。

「私も監獄でゴミ飯を食わされましたけど、最初の15カ月間は確かに酷い仕打ちをされましたが、15カ月が過ぎた後は、監獄での処遇も改善されました。しかし、習近平の時代になってから、獄中の政治犯の処遇は大幅に悪化しました。習近平の命令で逮捕されて監獄に送られた政治犯は、獄中で変な薬を飲まされ、出獄したときには精神に異常をきたしてしまっている例が多いです。実に酷いです。だからいま思えば、昔はマシでした」。

楊建利のように固い信念で祖国の民主化のため献身してきた人権の闘士であれば、自らが獄中で過ごした時代について「あの頃が懐かしい」と振り返るなど、通常なら絶対にあり得ないだろう。ところが、彼はそう言ったのだ。このことは、習近平の時代になっていかに中国の人権状況が悪化したか、その深奥を物語る

監獄という場所は、権力者の本性が端的に表れる場所だ。自分の権力を脅かす反体制派を監獄でどう処遇するか、ここにはその権力者の性質が如実に出る。習近平時代の中国の監獄は、胡錦涛時代よりも、更には江沢民時代よりも、はるかに酷い状況になっているのである。

楊建利は講演の最中、話をする内容に即して実に色々と表情が変わったのだが、この習王政権による人権弾圧について語るときの楊建利の瞳は、激しい怒りで燃えていた。遠目から見ても、楊建利は眸が発火しているかのように怒りを滲ませながら語った。

そのうえで楊建利は、非常に貴重な内部事情を語ってくれた。既に米国に拠点を移して久しい楊建利なので、彼は米国でしばしば中国の人権問題を扱うイベントを行ってきたが、その際かつては中国国内から人を呼んで米国でのイベントに出演してもらうことが可能だったのに、習近平の時代になってからはこの事情も大きく変わったという。

「もはや中国から人を呼ぶことは殆ど無理になりました。みんな来たくないのでしょう。後で酷い目に遭うから」。

胡錦涛時代なら人権問題の討論のため中国から人を呼んで米国でのイベントに出席してもらうことができたのに、習近平の時代にはもはや殆ど無理になったというこの事情。それというのも、習近平の執政下では「709」事件のような大規模な取り締まりが実行されるうえに、監獄での処遇が以前とは比べものにならないほど酷くなったので、それで「みんな来たくないのでしょう。後で酷い目に遭うから」、ということだという。

繰り返すが、政治犯を監獄でどう処遇するか、この問題では権力者の性質が如実に表れる。そして、弾圧の効果はこういう部分で威力を発揮する。習近平は人権問題について徹底的に恐怖政治を布いているのである。独裁体制を脅かす人物に行動をさせないため。

当然ながら、このような内部事情についても楊建利はトランプ政権や議会のメンバーに伝えていると思われる。なんといっても楊建利の公民力量は米議会内でも中国の人権問題を扱う会合を度々開催したり、また中国で迫害された宗教家たちを米国務省に招いたりもしてきたので、ペンス、ルビオ、ペロシといった強硬派の筆頭格は中国の人権状況に非常に詳しいわけだし、彼らは当然楊建利から報告を受けていると推察される。

さて、それではいよいよ今回の講演の最大のヤマの一つである「(3)昨年7月の政争――長老支配(老人支配)の終焉」、「(4)公私合営(官による民間企業の浸食)――統制経済への移行」、「(5)国家主席の任期撤廃――『公敵』と化す」の部分の解説に移ろう。

まず、「『公敵』と化す」というのは何かというと、これは習近平の現在の状況のことである。

「いまや習近平は党内で「公敵」と化した」。

楊建利はこのように断言した。中国を「赤いナチス」にしてしまった習近平は、いまや共産党員にとって「公敵」なのだそうだ。公敵というのは英語のパブリック・エネミーのことだが、中国は共産党独裁なので、その中国における「公敵」は「党敵」と言い換えることもできる。

つまり、習近平は「党敵」ということだ。だから「習近平は党内のあちこちから挑戦を受けていて、党員たちは習近平を窮地に追いやろうと盛んに画策している」、これが楊建利の見立てである。

苛烈なまでの反腐敗による粛清と個人崇拝によって権力を掌握した習近平が、なぜ党員たちの間で「公敵=党敵」と見做され、戦いを挑まれているのか? その直接的な導火線となったのは何かといえば、それこそ楊建利が言うところの「昨年7月の政争」であり、ここで「長老支配(老人支配)が終焉」したことで、習近平はついに党内でも「公敵」になったと楊建利は指摘した。

ところで、こう言うと読者のなかには、次のような疑問が湧く人もいるだろう。

長老支配が終焉? ということはその7月政変とやらが起きる前までは、長老による支配が続いていたのか? 

おかしくないか? だって習近平は反腐敗と個人崇拝キャンペーンで完全に権力を掌握したのだろう? なのにどうしてその間も長老支配が続いていたのか?

読者のなかには、このように疑問に思う人が少なくないはずだ。辻褄が合わないと言う読者もいるだろう。しかし、楊建利が解説した内容は一部の隙もない緻密なもので、完全に辻褄が合う内容なのだ。

いったい昨年以降、北京政界で何が起きているのか? その詳細を伝えるためには、楊建利が語った(3)昨年7月の政争――長老支配(老人支配)の終焉、(4)公私合営(官による民間企業の浸食)――統制経済への移行、(5)国家主席の任期撤廃――「公敵」と化す、という一連の出来事について、その詳細を時系列に沿って詳しく解説する必要がある。

まず、習近平が権力を完全に掌握したということは、2017年秋の党大会後に行われた一中全会で決定した人事から明らかで、習近平は二期目における慣行を破り、自身の後継者を指名せず、常務委員から次世代の有力者が除外された。

ポスト習近平の有力者とされてきたのは孫政才と胡春華の二人だが、このうち孫政才は党大会の数カ月前に「重大な規律違反」の名目で王岐山の中央規律委員会による取り調べを受けて失脚し、残った胡春華もこれで手も足も出なくなった(下手に動けば次は自分も失脚するということで)。

こうして後継候補を常務委員から排除した習近平は、一方で個人崇拝キャンペーンを更に加速させた。一期目の5年間で習近平が成し遂げた偉業は既に鄧小平をも超えた、そういわんばかりの派手な宣伝が実行され、習近平の脇を固める王滬寧が新たな党のスローガンを打ち出した。

慣行を破って後継者を指名しなかった習近平に三期目をうかがう野心があることは明らかで、党内にはただでさえ反腐敗でやりたい放題やられたことへの不満や怒りが充満しつつあったため、なんとかしてこれからの5年間で習近平の暴走を止める術はないかと模索する空気が江派を中心に党内に漂っていたところ、習近平は突如として奇襲をかけた。

時は2018年2月、間もなく全人大(全国人民代表大会)が始まろうという時期に、習近平が憲法を改正して国家主席と国家副主席の任期撤廃を実現しようとしているという知らせが駆け巡った。

党内に衝撃が走ったのは想像に難くない。

ちなみに、ここで共産党内の民主派たちによる秘密結社「中国共産党革命委員会」は楊建利の公民力量に郵便を送り、そして全人代を翌日に控えた3月4日、楊建利はこの党内秘密結社から届けられたUSBメモリーに入っていた文書を公民力量公式サイトで公開した。

さて、突然奇襲のような形で三中全会を開催して憲法改正を議論し、その余勢で全人代が開幕したので、投票権を持つ現役の代表者たちにはなすすべもなく、国家主席の習近平、そして新たに国家副主席に就任した王岐山、この二人は事実上の終身の主席および副主席となった。

しかし、この習近平の奇襲は何より長老たちを激怒させた。「国家主席と副主席の任期撤廃、これがターニングポイントになりました」、楊建利は講演でそう明言し、ここから長老筋による打倒習近平の本格的な準備が開始された。

楊建利が命名した「昨年7月の政争」とは、厳密には昨年の7月4日を皮切りに始まり、その後8月の北戴河まで継続して戦われた政争のことである。

それは具体的には、上海の路上で発生する。

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