見出し画像

人生の”変数”を楽しみたい。自分に正直なすまいづくり。 Interview 小島雄一郎さん 前編

自分に合ったライフスタイルを実践する人、未来のくらし方を探究している人にn’estate(ネステート)プロジェクトメンバーが、すまいとくらしのこれからを伺うインタビュー連載。第8回目は、株式会社いまでや 取締役の小島 雄一郎さん。

東京・清澄白河のご自宅の一階に酒屋<いまでや清澄白河>を誘致して、その上階に”大家さん”として住まう、ユニークなくらしを実践されている小島さん。誰もが一度は空想したことがある「自宅の一階に好きなお店があったなら」という自分の気持ちに真っ直ぐに向き合い、夢のようなすまいづくりを実現させた小島さんのアイデアとバイタリティ溢れるエピソードを伺いました。


小島 雄一郎 | Yuichiro Kojima
1983年、神奈川県生まれ。立教大学法学部を卒業し、2007年に電通入社。営業職を経て、プランナーに転向し、世界3大デザイン賞であるレッド・ドット・デザイン賞(ドイツ)や、日本のグッドデザイン賞を受賞。2023年に電通を退社し、独立。株式会社いまでやの取締役に就任。      

東京・清澄白河の住宅地に佇む<いまでや清澄白河>。
店舗の上階が、小島さんの居住スペース。

― ご自宅の一階に酒屋さん。大変ユニークなおすまいだと思うのですが、そのアイデアに至った経緯からお聞かせいただけますか?

小島さん:(以下、小島):今から4年前、新型コロナウィルスの影響で世の中にリモートワークが定着してきて、当時は会社員だった僕も在宅時間が増えました。もともと会社員時代は出張が多く、自宅を不在にしているのに家賃を払うという状況に、漠然とした違和感を覚えていたこともあり「こんなに家にいる時間が長いなら、もっと広い家に住みたい」と考えたのが、きっかけです。

― ご自宅で過ごす時間が増えたことが、ご自身のすまいかたやくらしかたに改めて向き合うきっかけになったのですね。

小島さん:ただ、ひとりぐらしで都内に戸建てを買っても持て余すだろうなと。車を持つ気もなかったので、駐車スペースもいらないし。「それなら、家の一部を店舗として誰かに貸して住めばいいんだ!」と思って、まずは土地探しからはじめました。

― なぜ、清澄白河というエリアを選ばれたのですか?

小島:この家を建てる前から、清澄白河の近くに賃貸マンションを借りていたんです。美術館に足を運びやすい場所がよくて、東京都現代美術館のある清澄白河と、国立新美術館のある六本木の二択に辿り着きました。たまたま清澄白河で見つけた物件の方がよかったので、そこに住みはじめるうちに、いい街だなぁと。

― "店舗付き"のすまいを考えるにあたり、どのように「酒屋」というアイデアに行き着いたのでしょう?

小島:
最初は、シェアオフィスやレンタルスペースにすることも考えましたが、シェア事業はコロナ禍で先が見えないし、厳しそう。それならば、時間貸しのレンタル代を積み重ねるのではなくて、固定の賃料が入るテナントを誘致したいなと思ったんです。あとは大家として単なる収入を得るだけではなく、その場所があることで街や地域の人たちにもいい影響が生まれればいいなと考えました。とはいえ、カフェや本屋はすでに周りにあるお店と競合するし、どうしようかなと。

若者に人気のおしゃれなスポットが増える一方、下町の風情も残る清澄白河の街並み。

小島:最終的にはとてもシンプルな動機で、僕はお酒を飲むのが好きなので「自宅の一階で、いつでも気軽に飲めたらいいな」と(笑)。でも、バーだと深夜まで営業するだろうから上階に住む者としてはちょっと嫌だな…なんて考えを巡らせていたところ、この土地の情報が耳に入ってきたんです。「角地なのでお店が開きやすい」なんて勧められたけれど、住宅地のど真ん中だし、坪単価で算出してみると渋谷にも劣らない、なかなかの価格。でも、長らく土地を比較検討していたので、こういった条件ではなかなか出てこないだろうと、思い切って契約することにしました。

思い付きを、思い付きで終わらせない。アイデアと熱意で叶えた夢のすまい。

― ついに、夢のすまいに向けた第一歩を踏み出した瞬間ですね!

小島:
土地を手に入れたら、次はどのような店にするべきかリサーチです。当時、コロナ禍で長期滞在型の飲食店に代わって立ち呑みのお店が流行り出していました。そのとき僕は、これから角打ち(お酒を酒屋の一角で立ち呑みするスタイル)が文化になっていくんじゃないかと思ったんです。それからは、気になる店をネットで検索してリストアップしては、休日のたびに角打ち巡りをしていました。

<IMADEYA>を知ったのも、その頃です。錦糸町の店舗に立ち寄ったときに「なんだかこのお店いいな!」と、ほかの酒屋とは違ったものを感じたんです。ショップロゴや店内の雰囲気からもアートへの興味が感じられて、これは僕の本業とも相性がいいかもと。それで、帰宅してすぐにパワーポイントで企画書をつくって株式会社いまでやの代表アドレスにメールをしたんです。

― ええ! 全く面識もないのに、ですか?(笑)

小島:しかも、突然「清澄白河に自宅を建てるので一階に出店してほしい」という内容の(笑)。そしたらなんと、数日後に「直接お話しが聞きたい」と返信があったんです。

― おお、すごい。<IMADEYA>さんとしても、小島さんの企画書に何か感じるものがあったのかもしれないですね。

小島:話を聞いてくれたのは、株式会社いまでや専務の小倉あづささん。その頃、専務は<マダムイマデヤ>という新しい会社を立ち上げたばかりだったんですよ。<IMADEYA>とは違った切り口で、若い人たちにお酒を提案する事業を行う会社。偶然にも、その直後に僕から連絡があったので、秘書の方が「この方、面白そうですよ」と繋いでくれたんです。
まずはご挨拶をと、銀座でお会いしたのですが「とりあえず一度、現場を見てみてください!」と、そのまま清澄白河にお連れして(笑)。

<IMADEYA>のロゴマークを手掛けたのは、世界的に活躍する美術家の望月通陽さん。
<いまでや清澄白河>の店内にも望月さんによるアートが。

― まだ、まっさらな土地の状態で(笑)。

小島:専務は清澄白河が若者に人気のエリアになっていることもご存知なかったので、街中を歩いて案内してそのまま飲みに行きました。そこで、専務の「若い世代に、お酒の文化を発信していきたい」という想いを聞かせていただいて。
僕もその次にお会いするときに「前回、専務がお話しされていたことって、こういうことですよね?」って、また資料にして持って行くという(笑)。そんなやりとりが続くうちに、向こうも腹を決めて「わかった。採算が取れるかはわからないけれど、やってみよう!」と、出店いただくことが決まりました。

― 小島さんの「テナントがほしい」という熱意と、専務の「酒文化の間口を広げたい」想いが見事に合致したのですね!  ただ、店舗付きのすまいは、普通のすまいづくりとは勝手が違いそうです。実際につくってみて、最も大変だったことはなんですか?

小島:大変だったのは「店舗」を広くしたいのと、自分の空間である「すまい」も確保したい気持ちのせめぎ合いが起こることですね。でも、最終的には店舗側にどんどん譲歩しちゃって、自宅の玄関がめちゃくちゃ狭くなりました(笑)。

― もともと、すまいがメインだったはずなのに(笑)。ちなみに全体の床面積のうち、どれくらいが店舗スペースなんですか?

小島:ワンフロアが30平米なので、全部で90平米。そのうちの1/3に当たる、約25平米を店舗として使用しています。まさに、この限られたスペースでいかに酒屋を営業していくかが大きな課題で、それこそ<IMADEYA>では4,000種類もの商品を扱っているのですが、ここには100種類ほどしか置けないじゃないかと。
でも、一般の人からしてみれば、そもそも100種類もお酒を知りませんよね。ならば「はじめの100本」というコンセプトで、ここからはじめることでお酒が好きになれるようなお店づくりをしてみようというアイデアが生まれました。

日本酒やワイン、焼酎など、厳選された約100本のお酒が並ぶ店内。
スタッフによるおすすめコメント付きのPOPなど、会話が生まれやすい仕掛けも随所に凝らされている。

― 店舗スペースの課題を逆手に取った、素晴らしいアイデアですね! それならば、専務が掲げる「若い人に、お酒に気軽に触れてほしい」という想いとも一致します。ほかに、お店をオープンするまでを振り返って、思い出深いエピソードはありますか?

小島:ご近所付き合いですかね。普通のすまいではなく、一階で店舗を営業するわけなので、ご近所さんのご理解は不可欠でした。専務と一緒にご挨拶に回って「今度そこの一階に、小さな酒屋ができるんですけど。あ、僕はオーナーではなくて上に住む予定の者で…」みたいな説明を一件ずつ(笑)。

それに清澄白河って、チェーン店を受け付けない傾向があるみたいで。そもそも、店舗物件向きの土地を探そうとしても、知り合いづてで紹介されちゃうから市場には出てこない。そこに、僕みたいな“店舗付き”のすまいを建てる人間が現れて、しかも住宅街の真ん中に<IMADEYA>を出店するというのですから(笑)。地域で商いをする方々のコミュニティにも、しっかり入れてもらわないと!

― 人と人とのつながりを大切にする下町文化が残る地域だからこそ、ご近所付き合いは重要ですよね。

小島:まず、町内会の回覧板に「防犯パトロール募集」のお知らせを見つけて、「これは行ったほうがいい」と思って参加することに。このあたりに昔から住まわれているであろうマダムたちと月に1回、一緒にパトロールをしながら地域のことを聞いたりして。参加するようになって2年目ぐらいから「防犯パトロールのあとは、小島さんのところの角打ちで飲むことにしよう」と言っていただけるようになりました。

― 足掛け2年、地道な営業活動が実を結んだのですね!

小島:聞けば、お店の存在は知っていたけれど、自分たち向きじゃないから入れないと思っていたのだとか。ちょうど防犯パトロールが終わるのと、店舗の営業終了が同じ時間帯だったので、閉店後に貸切にして気兼ねなく楽しんでいただくことにしたんです。それからは「地域のお祭りがあるから出店してくれないか」みたいな相談をいただいたり、町内会の集まりにお酒を持って行ったり、といった地域絡みのお付き合いにも声をかけていただけるようになりました。

― まさに街の酒屋さんとして、地域に馴染んできている感じがしますね。

小島:今では常連さんもできましたし、ちょっとした“寄り合い所”のようになっています。改めて、酒屋でよかったなと思うのは、コンビニには売ってない珍しいものを揃えているので、全てを新鮮に楽しんでいただけること。お酒をきっかけに、会話も弾みますよね。「ご出身はどちらですか? それだったら、こういうお酒がありますよ」といった具合で、贈り物にもしやすい。もし、カフェや書店を選んでいたら、このような関わり方はできかったかもしれないです。

まずは走り出してみることで、自分の中にある「固定概念」が外れていく。

― ここまでお話しを伺ってきて「こんなことが本当に実現できるのか」と目からウロコの連続で。小島さんにとっても、ほかに類を見ない挑戦だったと思いますが、不安な気持ちはありませんでしたか?

小島:うーん。いろんな人から「これは失敗したということは何ですか?」と聞かれるんですけれど、特にないんだよな…。失敗を失敗と思っていなくて、気が付いていないだけなのかもしれませんが(笑)。

思えば会社員時代にも「小島みたいに、みんな楽しい仕事ばかりやっているわけじゃない」と言われていましたね。そんな風に見えているのか!って(笑)。でも、楽しそうにしていると楽しそうな仕事が来るじゃないですか。逆にツラそうにしていると、ツラい仕事しか来ない。

― 引き寄せの法則ですね。みんな、楽しくやれるほうが嬉しいですものね。

小島:そうそう! 人生、定数を動かそうとするよりも変数(自分の努力次第でどうにかできること)に向き合うことを楽しまなくちゃ。

でも僕の場合、幸せのハードルが低いというのもあるかもしれない。僕は吉野家の牛丼がすごく好きなので、最終的に“吉牛”さえ食べられたら満足なんです(笑)。

― なるほど。多くを求めすぎるから、臆病になってしまうのかもしれないですね。

小島:それに僕の経験上、やってみたらなんとかなることの方が多いんです。だから考えるよりも、まずは走ってみる。みんなやったことがないから怖いだけ。やってみることで、自分の中にあった固定観念がどんどん外れていくんじゃないかな。

>後編は、こちら。

> サービスや拠点について、さらに詳しく。
「n'estate」(ネステート)公式WEBサイト
「n'estate(ネステート)」 Official Instagram

Photo: Ayumi Yamamoto

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?