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【小説】靴から始まる物語

※これは、事実を元にして脚色したストーリーです。


 「こんにちは」
 2021年6月2日水曜日。
 わたしは、東京都豊島区池袋にある東武百貨店の4階10番街第2催事場で、ふみさんに声をかけた。
 紺色のワンピースを着て、メッシュのサンダルを履いているふみさんが、顔を上げてわたしを見た。
「池袋にいるって、タイムラインにあったから、来ちゃった」

 FacebookやZoomを通して会っていたふみさんとわたしは、リアルに同じ空間に存在している。

 これが、ふみさんがイチオシで愛してやまない革の靴かあ。
 ふみさんの後ろには、やわらかな色の靴が並んでいる。
 ふみさんに会いに来たわたしは、ここではじめて「ふみさんが愛して販売している靴」に興味を持った。





 ちなみに、わたしは足がでかい。
 靴のサイズは25.5か26センチ。
 足の幅も広けりゃ、甲も高い。
 わたしにとって、靴を買うことは容易ではなかった。
 新宿にある大きな靴の専門店に行くか、しま〇らで履けるサイズを探しまくるしかない。

 ちょっと履かせて、と25.5サイズをだしてもらう。
 ……つま先がきついかな。
 靴を履くことを考えてなかったから、いつもの革靴に五本指の厚手の靴下を履いてきてしまっていた。
 ふみさんは、試着用の使い捨てストッキングをだしてくれた。
 池袋で靴下まで履きかえるとは。
 ストッキングで同じ靴を履いてみる。
 するり。

 か、軽い。
 
 この足の軽さは、いりえなつえ先生に足つぼマッサージ40分してもらった後のよう。
 靴を履いてるのに、履いてないみたいに軽い。
 スキップできちゃうくらい軽い。
 この靴を履いてると、足はぜんぜん疲れないから、わたしはうちに帰りたくなくなっちゃう。
 いつまでもどこまでも、歩いていけちゃう気がした。

「両方履いて、歩いてみて」

 ふみさんに言われて、周りを歩いてみる。
 歩くと、さらに履きやすくて軽いって実感しちゃう。
 何なのよ、この感覚。
 靴って、こんなに軽くていいの~?
 
 ふみさんが販売している靴は、いくつかデザインがある。
 ベルトがついていないシンプルなパンプスみたいなデザイン。
 夏らしいメッシュ素材のサンダル。
 色違いの革を合わせたオープントゥのサンダル。
 スニーカーみたいな紐靴。

 その中でわたしが選んだのは、ベルトがついているデザイン。
 ベルトは、強いマグネットでつけたりはずしたりが楽にできる。
 こんなに可愛いデザインで、しかも軽くて、しかもベルトが楽につけはずしできる靴があったなんて! 





 自分の靴に履きかえたくないなあ。
 なんて思いながら。
 靴の値段をみると、1万円台前半。
 3万や5万ならあきらめるところだけれど、これなら買える。

 買うとなると、色はどうしよう。
 ネイビー。
 黒。
 茶。
 明るいグレー。これがなかなかおしゃれな色。
 赤。
 若緑。
 そして、カラシ色。
 迷っちゃうなあ。

 と、母よりちょっと若いご婦人がやってきた。
「この色で22センチはあるかしら」
 はい、と答えてふみさんはバックヤードから靴をとってきた。
 ご婦人は、赤のシンプルなパンプスを履いている。
「あ、赤きれいですね。かわいい」
 思わず声をかけた。
「ここの靴、3足持ってるけどひとつはきつぶしちゃってねえ」
 3足?!
「何色を持ってるんですかあ??!!!」
「茶と黒と、紺ね。前は都内に直営店があったんだけどなくなっちゃって。神戸に電話して取り寄せたりしてたのよ」
 毎日履いて、革がよれてきたので新しいひとつを買いに来たのだとか。

 別のご婦人は、お母様と二人でいらしてました。
 明るいグレーのベルト付きを履いてました。
「わあ、グレーもきれいですね。今日のスタイルに合ってますね」
 その方は、明るいグレーのパンツスタイルなので、同系色でとっても似合ってます。
「この色、好きなのよ。今履いてるグレーの靴がそろそろだめになるから、新しい靴を買おうと思って」
「グレー、いいですよね。」

 別の方は、黒のヒールが3センチほどある靴を履いていた。
 黒のパンツスタイルで、スリムな体型。
「黒もいいですねえ。引き締まってみえますね。素敵」
 スタイルがいいって、なんでも似合うからいいなあ。

そのあとからいらした方は、カラシ色のベルト付きタイプを履いてた!
「カラシ色、いいですね」
「このほかにも持ってるから、色違いを買おうと思って」
 持ってるのに、今日もお買い上げですか??!!!
 しかも、色違いを2足も。

「何色にしたんですか?」
 いくつか試着してたご婦人に伺うと、赤。
「あー、赤。かわいいですよねえ」
「赤ね、わたしのラッキーカラーなの。バッグも赤でしょ」
「ラッキーカラーって、どなたかにみていただいたんですか?」
「そういうのじゃなくて、赤が好きだから自分で決めたのよ」
「赤、いいですよねえ」

 わたしはいろんな方とお話したくて、どんどん声をかけてく。
 人が履いてるのをみると、あの色いいなあ~って思う。
 で、どうするのよわたし。
 明るいグレーか。オールマイティ―な紺か。どんな服でも合わせやすそうな茶にするか。
 かわいい赤か。





 と、迷っている間に、ふみさんはお客様のリクエストで靴をバックヤードの取りにいったり、お会計をしたり、試着した方の足先がゆるいかきついか確かめたり。
 ふみさんは、どのデザインのどの色のどのサイズが、今日欠品しているかすべて頭の中に入っているらしい。
 お客様が「紺の21.5」というだけで、その色のサイズは欠品しているので後日送料無料で配送する旨を伝えている。

 ふみさん~!
 あなた、すごい!
 とってもとっても優秀な店員さん!
 そして、根底にはこの靴への愛、このメーカーさんへの愛が伝わってきちゃう。
 靴を愛しているから、靴を買いにくるお客様、試着するお客様には、どなたに対しても丁寧に応対できちゃうのね。





 決めた。
 お客様が一段落したところで、カラシ色のベルト付きのデザインを買う、ってふみさんに伝える。
 お取り寄せで後日配送になるから、わたしも配送伝票に住所を書く。
 それから、クレジットカードを持っていっしょにお会計のカウンターへ。
 
 カウンターに行っても、ふみさんはてきぱきと動いている。
 デパートって、デパートごとにやり方が違ってることがあるから戸惑っちゃうこともあったなあ。
 20年以上前にデパートで販売したことがあるから、ちょっとだけたいへんさはわかります。
 それを、ものともせずにぱぱっと動くことができるって!
 ふみさんはとっても優秀な店員さんです。

 愛ゆえに。

 人は、自分が大好きなものを販売すると、うれしくなっちゃう。
 だから、どんどんいらっしゃるお客様に、同じことを聞かれてもぜんぜん面倒にならなくて、丁寧に説明しちゃう。
 同じことを違うお客様に丁寧に説明する、ってなかなかたいへんなことです。
 
 
 ふみさんの靴への愛を感じ、靴そのものの履きやすさを実感。
 この靴を履くと、きっと、空も飛べちゃう。
 と、とってもしあわせな時間を過ごした後、ふみさんの売り場をあとにしたのでした。




 翌日。
 カラシ色の靴に似合うワンピースと、履きやすいパンツをみつけたので購入。
 靴の物語は、靴を購入した方の数だけ、まだまだ続いてゆくのです。

ひとまずおしまい



関連リンク
ふみさんのブログ  https://ameblo.jp/skyofheavensuiren/
靴のメーカーさん ベルさんのHP  https://www.belle-co.jp/
東部百貨店(池袋) 初夏の職人展(~6月9日まで)
http://www.tobu-dept.jp/ikebukuro/event/detail/3866
 
 


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