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【3分エンタメ小説】おれが手に入れた自由【1000字】

背徳の時間は真夜中だけとは限らない。

狭いボロアパートの一角で、おれはケーキのフィルムもヨーグルトの蓋の裏側も丹念に舐める。どんなにどぎつい色をした駄菓子だって、貪るように食らう。

子どもの頃、同じことをしようものなら途端に罵声を浴びせられた。だが今は誰も俺を咎めるものはない。昔できなかったことを一つずつ叶えることができる喜びを常に噛み締める。

今住んでいるアパートも良い具合だ。実家の物置よりも狭い部屋だが、見栄とプライドをこれでもかというぐらいに詰め込んだような実家よりはずっといい。

頭を掠めた昔の記憶に眉間の皴を寄せたとき、俺のスマホがぶるり、と震えた。

恋人のミサキからのメッセ―ジだ。
『週末のご両親へのご挨拶なんだけど‥‥‥ずっと不安なの。ちゃんと認めてもらえるかな』

当たり前だろ、とおれは思わずミサキが目の前にいるかのように呟く。

ミサキとは3年前出会った。俺が勤める食品会社の同期で、魅力的な女だ。おれはしつこいほどにアプローチを繰り返した。最初は戸惑いを隠せなかったミサキも、徐々に絆されていったのか、『恋人』として側にいてくれるようになった。

おれはもう、我慢ができないのだ。

子どもらしい欲求全てにノーを突きつけられた日々は、おれをどこまでも強欲にさせた。全てのものを手に入れなければ気が済まない。自分の思うままに叶えなければ怒りが沸いてくる。

『お前は何も心配しなくていいよ。絶対に認めさせる』

手短にミサキにメッセージを返す。どうせあいつらはまず、おれの髪型や服装からケチをつけるだろう。腕に刻んだタトゥーを見て卒倒するかもしれない。

いい気味だ。そう思った瞬間、またスマホが連続して震えた――通話?

スマホの画面に映し出された名前を見た瞬間、思わずげえっと悪態をつく。昔からおれの家に使える使用人、谷原からだった。

「…もしもし?」
「今どこにいらっしゃるのですか?」
「自分の家だよ」

分かり切ったことを聞く谷原に思わず苛々しながら告げる。

「旦那様がお亡くなりになられました」
えっ、と息が漏れる。ついていかない頭の片隅で、谷原は悲痛な声で続けた。

「一刻も早くお戻りになってください。南城家の跡取りはあなたしかいないのです。お嬢様!」

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