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【ひたむきな情熱を感じたいあなたへ】砥上 裕將著『線は、僕を描く』【大人の読書感想文】

この記事(マガジン)では、辻村が読んで面白かった小説etcについて、好き勝手に綴る感想文です。

少し早口でしゃべっている女を思い浮かべながらお読みください。

1. どんな小説?


皆さんは、「水墨画」と聞いて真っ先に思い浮かぶものがありますか?

墨で描きあげる、静謐で凛とした芸術作品。

「線は僕を描く」は、そんな水墨画に魅せられ、成長していく主人公のお話です。

あらすじ
事故で両親を亡くした青年、青山霜介。ひょんなことから展覧会の設営のアルバイトに参加することになった彼は、一人の老人と出会う。
会場の中に並ぶのは水墨画の数々。それらを見ながら自分の思いついたことをコメントしていく霜介に、老人―水墨画の巨匠 篠田 湖山は告げる。「私はこの若者を弟子にしようと思うんだ」
予期せぬところで水墨画の世界に飛び込むこととなった霜介が見る景色とは。

線は、僕を描く (講談社文庫) | 砥上裕將 | 日本の小説・文芸 | Kindleストア | Amazon

孤独な主人公が一つのことに情熱を傾けていく様子や、周りの人々の優しさで少しずつ再起し、歩み出していく様子は漫画「3月のライオン」を想起させました。

2. 個人的おもしろポイント

作品に出てくる水墨画の表現がすごい

私がこの作品を読んでいて、まず最初に引き込まれたのはこのシーンです。

「じゃあ、最後のこの絵についてはどう思う?」
立ち止まったのは、大きく華麗な薔薇の絵だった。五輪の薔薇が上から下に並んでいる掛け軸だ。
(中略)
僕が驚いたのは、その真っ黒なはずの花が真っ赤に見えたことだ。
燃えるような赤をその黒は感じさせた。なぜそう感じるのかは、まったく分からなかった。ただ、この絵は白のためではなく、いまある赤のためだけに描かれたような気がした。白を食い尽くすほど強い墨のアクセントの連鎖が、画面に鮮血を落としたような迫力を生んでいた。


水墨画であるにも関わらず、真っ赤に見える華麗な薔薇の絵。画面に鮮血を落としたような迫力

一体どんな絵なんだろう、とその描写を読みながらぞくぞくしました。

他の芸術作品に比べて、恐らく究極的にシンプルな水墨画の奥深さを最初からまざまざと見せられたことで、私は一気にこの作品の世界に没入していったように思います。

その後も「線は僕を描く」では、絵師たちによる様々な作品描写が、読者の気持ちを掴んで話しません。

墨が紙に定着していくほんのわずかな間に、湖に引かれた墨線がじわじわ滲んで湖面の光の反射を思わせ、柔らかな波を感じさせた。遠景の山は霞み、近景の木々は風に揺らぎ始めた。まるで魔法のような一瞬が、湖山先生の小さな筆の穂先から生まれていた。

それは千瑛と同じように描いた牡丹の絵だった。二枚の画を並べると、明らかな違いがいくつも見えてきた。(中略)
千瑛が情熱をたたえる赤一色の絵だとしたなら、斎藤さんの絵は真冬の雪あかりに映る紫一色だった。重く強くぶれない絵だ。

読み進めるほどに、美術館に駆け込んで水墨画の作品を実際に間近で見たくなってきます!

水墨画家たちの技術の鮮やかさ

そして、出来上がった作品だけではなく、それを描き出していく水墨画家たちの技術の鮮やかさも注目ポイントです。

この作品では湖山先生の孫 千瑛(ちあき)や兄弟子たちなど、水墨画を極めようとその筆をふるう魅力的な登場人物たちが霜介に刺激を与え続けます。

千瑛の技術

薔薇の花のいちばん外側の大きく開いた花びらを描くときに、千瑛は花びらの縁に穂先が乗った瞬間、わずかに筆を止めている。一秒にも満たない、息を浅く吸うほどの時間だ。その瞬間、少しだけ速度を落とすことで、落とした場所に墨だまりができ、そこに水分がたまり水滴が落ちたような輝きを花びらが宿す。僕はその一瞬を見逃さなかった。

霜介の兄弟子、西濱さんの技術

西濱さんの急激に膨らんでいく生命感が、画面の中に叩き付けられていく。筆致のことなどどうでもいい。ただ、その大きな空気が美以外のえたいの知れない感情を僕の中に呼び起こした。温度があり、揺さぶられ、そして何かを感じずにはいられなくなる。自分もこんなふうに何かを成すことができれば、という思いを掻き立てられてしまう。

この作品のベースとなっている部分は、高校生で両親を亡くした霜介の静かな内的世界の心理描写だと思うのですが、水墨画家たちが作品を描いているシーンについては、圧倒的な動の世界です。

読者も自ずと、固唾を飲んでその作品が出来上がるまでをひりひりとした緊張感を味わいながら読み進めることに。

私自身も読みながら、その緊張感から解放された瞬間、少し本を閉じて一呼吸をつきたくなっていました。

水墨画がほかの絵画と顕著に違う点の一つは、ほとんどの場合、書き直すことができないということです。つまり、少ない筆致で描かれるものは、少ない筆致でミスが許されないものになります。そこには自ずと緊張感が生まれます。

その道を究めし画家たちの息もつかせない超絶技巧に、きっと多くの読者が魅せられるはずだと感じました。

主人公 霜介の世界が広がっていく


読み終わった後、私が一番最初に感じたのは、『「線が僕を描く」というタイトルそのものな作品だなあ』ということでした。

こんなにぴったりと当てはまるタイトルの作品ってすごい、とちょっと感動すら覚えました。

両親を亡くした霜介は、失意を抱えたまま、大学生活に突入します。両親が残してくれたお金で暮らすアパートも、段ボールが積み重なったままの空虚さ。

そんな霜介の心をゆっくりと動かしていったのが水墨画でした。

「いいかい。水墨を描くということは、独りであるということとは無縁の場所にいるということなんだ。水墨を描くということは、自然との繋がりを見つめ、学び、その中に分かちがたく結びついている自分を感じていくことだ。その繋がりが与えてくれるものを感じることだ。」

湖山先生との師弟愛、兄弟子たちとの交わり、大学の同級生との青春。真っ白な紙のようになっていた霜介の心は、関わる人が増えるにつれて少しずつ動き出します。

そして何より霜介が水墨画と真摯に、ひたむきに向き合うことで見える景色。

まるで水墨画の一つの作品が出来上がっていくように。

ともかく僕は夏の間、力いっぱい描くことに決めた。
朝目覚めてから墨をすり、ご飯も食べないまま描き始め、マグカップを文鎮代わりに画仙紙の隅に置いて、お茶を飲みながら夕方まで絵を描いた。

霜介が変わっていく様子はとても静かで朴訥としているのですが、その様子を噛み締めるように見守りたい気持ちにさせてくれます。

是非、実際にこの作品を読んで味わってほしいです!


最後の最後に衝撃

「あー、面白かった!」と思いながら最後の著者紹介を読んだ私。そこで待ち受けた衝撃。

そ う い う こ と ?!

だからこそこんな作品が書けるんだ・・・!!と更に感激してしまいました。(もし砥上さんについてまだご存知ない方は、読み終わった後にきっと私と同じ衝撃&感動を味わえるはず)

砥上さんの他の作品も早く読んでみたいです!

優しい世界感の中に溢れる情熱の激しさを感じる本作。何かに打ち込む瞬間のひたむきさを思い出したい方におススメです。


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