見出し画像

小説「洋介」 10話

 次の日の学校。

 ロクにあの子の顔を見ることができない。
さっと顔を避けてしまう。
彼女もこっちを見ないようにしている気がした。

 放課後、河原に行ったが、とても練習する気にはなれない。
今日、あの子が来る可能性は低いけど、なんとなく土手に座って、あの子のことを考えていた。
「どうしてキスしたくれたんだろ。僕のことすきなんかなぁ」
そんなことを、足をバタバタさせながら、にやにやして考えた。

すると辺りが赤く染まってきた。
すると頭の回転はスローになって、どんどん思考の海に沈んでいく。
「好き? 僕はあの子のことが好き? それで僕はどうしたいんだろ?
 僕は何をしたいんだろ? そもそも、好きってなんだ?」
そんなことを考えて、考えて考えて考えているうちに、段々何も考えなくなった。底についた。
その時、夕日の力があふれ出してきた。
「ん? あれ? いつもより?」なんか力に勢いがあった。

 そのとき、腹の底でストンという音がした気がした。
「ああ、僕、あの子のこと、すきなんや。
 そうか、大切にしたいんやなぁ。
 そんで、幸せになってほしいんやなぁ。
 そのために役に立ちたいんだ。」
 言葉がスルスルと出る。
アイデアが湧き上がってくる。

すると石と、自分が浮いているような気がした。

 僕は夕日の力ともっと近くなれているのかもしれない。
夕日の力とその源と。
初めのころよりも、夕日の力をはっきりと感じられる。

 注がれる夕日の力が強くなったのか、僕の受け取れる力が大きくなったのか。僕も初めよりもずっと力に身をゆだねてる。
初めよりも信頼してる。ずっと期待してる。
きっとこれはあの子のおかげだ。

 僕はあの子が好き。それはわかった。
でも、何もしない。この自然な流れに身をゆだねたい。
あ、これだ。これがいい。

自分の中から出てきた結論に、すごく嬉しくなった。
浮き上がってきた思いと言葉は、すごく澄んでいた。
大事にしたい。

だから好きだってことは、言うまで言わないでおこう。
そう言葉にした瞬間、心臓の鼓動が少し強くなって、少し早くなった。
あ、これは緊張してんのか。
その時急に、心の凝りがいっぱいできた。
夕日の力がスッと引いた。

 あたりは薄暗くなっていて、ゆっくりと歩いて家に帰った。
あの子は来なかったけど、河原に行く前と今では、頭に浮かぶあの子の顔が違って見えた。
目の前の景色も違って見えた。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?