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小説「洋介」 4話

 うちの家族の帰りは遅い。
だから学校の後には大量の暇がある。
そして僕はどうやら変わり者らしい。
あんまり友達はいない。
話はできるやつが何人か。

いいんだ。一人のほうが好きだし。
どうやら周りのみんなもそれをわかっていた。
あんまり焦らない性格だったし、焦りを必要としない環境だった。
そのため他のことは気にせず、石を浮かせる練習にじっくりと時間をかけた。

“心の凝り”をほぐしていくにつれて気が付いたのは、
不安や恐れ、焦りが自分の中にあることだった。
その一つ一つを、手を開いて、空中に浮かせる。
そうすると、少しずつ、心がほぐれていった。
僕は世界に愛されている。
そんなふうに身を、ゆだねていくんだ。
わからないけどそれは、正解と思った。

 僕らが教えられてきた普通は、
「人に迷惑をかけないこと」「自分の力できちんと生きていくこと」が大事だ。
学校でも、「人に迷惑をかけないきちんとした大人になれるようにしましょう」「自立した大人になりましょう」と、先生は言う。その通りだ。
 ただ、この練習をしているうちに
「自分の力でどうこうしようとしないほうがいいことがたくさんあるんじゃないかなぁ」と思うようになった。

 この練習、静まりの時間を持つようになってから僕は、自分の中の声に気づいた。
この声は僕の中で響いているけど、僕の意志や考えという感じはしなかった。
初めは「違う」か「それでいい」の二つだけだった声は、徐々に”ことば”が多くなっていった。
ぼやけたイメージが頭に浮かぶこともあった。

 ある時、力のこりをほぐしていく中で、その声が僕に、「よりかかって」と語りかけている気がした。
声に従って体の力を抜くと、心の凝りがスルスルと消えていった。
すっごく心が軽くなった。

石は浮かなかったけど、
また一歩進んだ気がした。


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