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政治講座ⅴ60「ソ連の崩壊後のロシアの復活と美國の分断と支那の覇権台頭の天下三分の計、三国時代」

平家物語の冒頭を掲載する。これの『平家物語』は、日本の鎌倉時代に成立したとされる軍記物語で、平家の栄華と没落、武士階級の台頭などを描いた。作者は不明。1185年平氏滅ぶ。1192年源頼朝、征夷大将軍となり鎌倉幕府を開く。

この頃アメリカ大陸は1492年コロンブスの北米到達(第1回探査)を待ち、1584年イギリス、ヴァージニア植民開始を待たなければならない。その後、約200年後に1775年~83年アメリカ独立戦争、1861年~1865年南北戦争、1853年1871年アメリカ軍艦日本に来航、

祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。おごれる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとしたけき者も遂にはほろびぬ、ひとへに風の前の塵に同じ

遠くの異朝をとぶらへば秦の趙高漢の王莽梁の朱忌唐の禄山、これらは皆、旧主先皇の政にも従はず楽しみを極め、諫めをも思ひ入れず天下の乱れんことを悟らずして、民間の愁ふるところを知らざつしかば久しからずして、亡じにし者どもなり。

鎌倉の時代は過ぎ行き、今に至れど、政(まつりごと)は、変わることなく権力闘争に明け暮れる有様である。人間の営みと欲望は昔と何ら変わらない。温故知新。歴史をみると将来も予想ができる。

今回は、魏呉蜀の三国志になぞらえた題名にした。魏呉蜀も滅びて司馬懿仲達の孫の司馬炎により晋王朝にとって代わる。米国vs支那vsロシアそして、司馬懿仲達のように虎視眈々と狙う日本の姿がダブって見える。

                        皇紀2681年7月11日

                        さいたま市桜区

                         田村 司


はじめに

自虐史観で日本の将来を悲観するべからずである。

日本が、あらゆる困難(災害、地震、津波、台風、洪水、土砂崩れ、火災)に打ち勝ってきた。これからも日本は復活する。

我々には八百万の神々(国生みの神イザナギとイザナミによって多くの神々が誕生)の最高位、天照大御神(国生みの神イザナギの左目から誕生)が日本人を見守り、神武天皇の即位から2681年を経る。太陽はまた昇るのである。スサノオ(米国)の乱暴(核)によって岩戸屋(日本列島)に身を隠したとき、世界は共産主義の闇に覆われて混沌としていたが、ソ連崩壊により平和の陽ざしが見えたが、覇権を求める支那がウイグル人などの人権を無視して、闇夜に引き込もうとしてる。天照大御神よ、弾圧されている世界の人々に再び光を!


次の記事に反論(該当箇所抜粋)

米国バイデン政権の長期戦略GT2040で「主要国」から消えた日本。今後の戦略はあるのか?)

記事反論箇所(以下)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 政府筋に近い河野克俊氏(元統合幕僚長)は、「台湾紛争は新安保法制でいう存立危機事項にあたるので、台湾有事の際には自衛隊が米軍支援に回るだろう」と述べている(「日曜スクープ」BS朝日4月3日)。もしこうなれば、自衛隊は中国軍と交戦することになり、日本は国家滅亡の危機に瀕するであろう。

 戦後の日本が成長できたのは、平和憲法のもとで専守防衛に徹して絶対に戦争しない国として評価されてきたからである

 日本は、原点に返って、集団的自衛権行使容認を放棄し、絶対平和主義国家としての存在感を高める戦略に戻り、中国を敵視せずにアセアン諸国とも連携して太平洋のシーレンを確保できる外交を展開すべきではないか。

 首相交代、政権交代による閣議決定で可能である。

記事反論箇所(以上)・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

反論内容

反論の前に、まず、国際情勢の認識を菊池英博氏に問いたい。国際上で防衛能力の無い国の末路をご存知であるか。日本の周辺国(隣接国)から受けている脅威をご存知か。領土の侵害の脅威を受けていることをご存知か。「憲法第9条」世界で脅威を日本に与えている国には効果があるのか。昭和20年(1945年)「憲法第9条」の成立過程と当時の国際情勢の変化をどのように考えるのか。

筆者は自虐史観を持っていると思われる。その自虐史観(米国の占領統治洗脳)から脱却しなければ、本質は見えて来ない。そして、東京裁判で事後法という国際法違反で罰している。東京裁判の中で取り上げられた米国による民家の空襲や広島・長崎への原爆投下は非戦闘員(子供・女性)20万人の無差別殺人でありこれこそ裁かれるべき国際法違反である。ルーズベルト死後のトルーマンこそ裁かれるべきであろう。そのような、日本悪役説、侵略国家と言う観点から、戦後、米国は日本を二度と立ち上がれないように解体して、日本憲法まで押し付けたのである。その後すぐ、朝鮮戦争が勃発して、警察予備隊という組織をつくりそれが自衛隊となるのであるが、その当時からソ連の覇権や中国共産党の国土拡張戦争が始まったのである。当時、日本は軍備はほとんど破棄しており、経済的にも無理があり、なおかつ、日本自体が赤化の危険があった。そこで、日本の防衛のために、米軍基地駐留を条件(地位協定)に安全保障を確保したのである。

憲法第9条が日本を守ったというより、吉田茂氏、岸伸介氏らによる米国との外交成果が安全保障条約になり、日本をソ連、支那の脅威から守ったのである。

憲法第9条は日本が侵略国家であるという前提で、日本の軍事化を防止する手段の一つであったが、朝鮮戦争も含め、支那の軍隊の侵攻の実情を総合的に米国・マッカーサーが出した結論は、日本は侵略ではなく、自衛のための戦いであったことを米議会の公聴会で証言をしていることが、当時日本が置かれた、アジアが置かれた立場を如実に表している。フーバー大統領の回顧録にも記載されているが、狂気のルーズベルト大統領がハルノートの最後通牒で日本を追い込んだと。トルーマン大統領は国際法違反の非戦闘員の大量虐殺を核爆弾の投下の悪行を働いた。日本は先の戦争を大東亜戦争と呼び、亜細亜の植民地解放を大義名分として戦ったのである。日米の太平洋戦争にすり替えた米国の洗脳教育があった。そして、日本人は自虐史観を刷り込まれたのである。

米国は朝鮮戦争、その後、ベトナム戦争や冷戦に突入し、日本に再軍備の要請をしてきた。米国が押し付けた憲法第9条を奇禍として、米国の戦争(朝鮮戦争、ベトナム戦争)の片棒を担がされることの言い訳にして来たことは否めない。「パックス・アメリカーナは消滅」の通り、日本は日本自らの軍事力で守らないといけない時代になってきている。支那の覇権主義の台頭、ロシアもウクライナでもわかるように領土拡張の野心は捨てていない。差し迫った日本の脅威は支那の軍事覇権(一帯一路)である。台湾、尖閣諸島、沖縄と着々と侵略の魔の手を広げているのである。さて、どうする。支那のプロパガンダに騙されて、平和憲法だから侵略しないと思うのは愚か者である。支那に日本列島を無抵抗で献上するのか。私有財産はすべて没収され、思想の自由も弾圧されることは火を見るより明らかである。支那に侵略されたチベット、ウイグル、内モンゴル、満州、すべて弾圧を受けているのである。日本には「平和憲法9条」があるから、「侵略されない」というのは幻想である。そして、菊地氏の主張する「日本は、原点に返って、集団的自衛権行使容認を放棄し、絶対平和主義国家としての存在感を高める戦略に戻り、中国を敵視せずにアセアン諸国とも連携して太平洋のシーレンを確保できる外交を展開すべきではないか。」は、幻想である。支那は相手が弱い相手とみると攻撃をする凶暴性のある理性の効かない暴力組織である。プロパガンダによる懐柔された日本国内の左派勢力、及び自民党の親中派勢力、公明党などの親中派には、気を付けるべきと考える。

なお、記事「なぜ中国共産党は長期的に中国を指導できるのか?」  東方新報/AFPBB News 2021/07/11 12:00  を掲載したが、これは、共産党に幻想を抱かせる共産党のポロパガンダ戦略の一つである。チベット、ウイグル人権、内モンゴルへの弾圧などを考えたら決して賛同できる意見ではない。



米国バイデン政権の長期戦略GT2040で「主要国」から消えた日本。今後の戦略はあるのか?

<日本金融財政研究所所長・菊池英博氏>日刊SPA! 2021/07/11 08:51



バイデン政権の長期戦略「GT2040」

© 日刊SPA! 米国の国家情報機関(National Intelligence Council, NIC)は4月26日に「グローバル・トレンドGT2040 」を発表し、バイデン大統領の長期戦略を公開した。2013年のGT2030では「パックス・アメリカーナは消滅する」と述べ、世界に衝撃を与えていた。

パクス・アメリカーナ(ラテン語:Pax Americana (パークス・アメリカーナ))とは、「アメリカによる平和」という意味であり、超大国アメリカ合衆国の覇権が形成する「平和」である 。ローマ帝国の全盛期を指すパクス・ロマーナ(ローマによる平和)に由来する。「パクス」は、ローマ神話に登場する平和と秩序の女神である

 今回のGT2040では、人口動態・環境・経済・テクノロジーの四つの分野を「構造的要因」として取り上げ、この要因の長期的な流れとして2040年の世界のシナリオを次のように分析している。

(1)民主主義の復活 米国を中心とする民主主義国家が覇権的リーダーの存在を強化し、経済が成長し社会が安定する。

(2)漂流する世界 中国米国を中心とする民主主義国家と勢力争いで世界は分断され安定しない

(3)競争的共存 米国と中国が経済発展を優先し、強固な貿易関係が継続し、戦略的競争が存在する。大戦争のリスクは低い

(4)分離したサイロ 世界は米国、中国、欧州連合(EU)、ロシア、複数の地域大国に分断され、核兵器は拡散する。

(5)悲劇と流動化 米国の凋落中国とEU主導の世界になる。環境変化がもたらす気候変動、資源枯渇、食料危機、貧困が発生し、まとまりのない国家群になる。

◆主要国から消える日本に戦略はあるのか

 日本に対しては、

① 高度に教育された国、技術的に革新的な経済貿易とサプライチェイーンのネットワークにおける不可欠な地位により、アジア・その他地域における大国であることは不変である。

② 最大の貿易国であり地域の主要なライバルである中国同盟国である米国の経済に大きく依存し続ける。同時に豪州と印度、台湾などと安全保障と経済との関係が深まる。

③ 人口減少マクロ経済の課題に直面する。労働力の減少柔軟性のない移民政策低い需要と低経済成長貯蓄率の低下政府債務の増加、先進国で最も古い問題を抱えている。

④ 2040年にはGDP印度に抜かれ第4位になる。

⑤ 日本は「世界に影響を及ぼすパワフルな国家」(米国、中国、EU、ロシア、インド)ではなくなり、「主要国」から消える(英国も同じ)。

◆バイデン政権は対中姿勢を明らかに

 この報告書が発表された二日後に、バイデン大統領は上下両院で施政方針演説を行い、民主主義国家としてのリーダーシップ強化のために、外交面では専制主義国家である中国と政治・経済・人権擁護の面で競争し、経済安全保障を強化する方針を発表した。

 内政面では大きい政府への転換を志向し、「2兆ドルの米国雇用計画」「バイ・アメリカン政策」で中国の追い上げを振り切り産業の米国回帰米国の技術と製品の優位性を維持強化する方針を打ち出した。

◆「主要国」脱落組の動向は?

 GT2040で「主要国から脱落する」と予想される英国は、すでにEU離脱後の「グローバルブリティン」という新しい構想を立てており、中国の拡張政策に対抗する枠組みとして6月のG7をD10(G7プラス印度・豪州・韓国)に拡大して開催することを昨年12月に決めており、民主主義の元祖としての存在感を示している。

 一方日本は、4月16日の日米共同声明で日米同盟の強化を掲げ、「自由で開かれたインド太平洋を作る」ために日米豪印が連携して中国の不法な海洋権益に対する活動に反対し、「台湾海峡の平和と安定の重要性、両岸問題の平和的解決を促す」と明記されている。

反論部分・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 政府筋に近い河野克俊氏(元統合幕僚長)は、「台湾紛争は新安保法制でいう存立危機事項にあたるので、台湾有事の際には自衛隊が米軍支援に回るだろう」と述べている(「日曜スクープ」BS朝日4月3日)。もしこうなれば、自衛隊は中国軍と交戦することになり、日本は国家滅亡の危機に瀕するであろう。

 戦後の日本が成長できたのは、平和憲法のもとで専守防衛に徹して絶対に戦争しない国として評価されてきたからである

 日本は、原点に返って、集団的自衛権行使容認を放棄し、絶対平和主義国家としての存在感を高める戦略に戻り、中国を敵視せずにアセアン諸国とも連携して太平洋のシーレンを確保できる外交を展開すべきではないか。

 首相交代、政権交代による閣議決定で可能である。

反論部分・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<文/菊池英博 記事初出/月刊日本2021年7月号より>>

きくちひでひろ● エコノミスト。東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)を経て1995年文京女子大学教授に。現在は日本金融財政研究所所長

【月刊日本】げっかんにっぽん●Twitter ID=@GekkanNippon。「日本の自立と再生を目指す、闘う言論誌」を標榜する保守系オピニオン誌。「左右」という偏狭な枠組みに囚われない硬派な論調とスタンスで知られる。




国際課税、新ルール協議へ 9日からG20財務相会合


朝日新聞社 2021/07/07 11:00


主要20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議が9日からイタリア・ベネチアで開幕する。多国籍企業の「課税逃れ」を防ぐ国際課税の新たなルールやコロナ禍から立ち直りつつある世界経済のリスクなどについて話し合う。

 対面で開催されるのは2020年2月のサウジアラビア・リヤドでの会合以来、約1年5カ月ぶり。日本からは麻生太郎財務相や黒田東彦(はるひこ)日本銀行総裁が出席する予定だ。

 議題の一つは国際課税だ。G20は08年のリーマン・ショック以降、多国籍企業の「課税逃れ」の問題を取り上げており、経済協力開発機構(OECD)に依頼し、新たな課税ルールづくりを主導してきた。中国やインドなどのG20加盟国を含む130カ国・地域は1日、国際的な法人税の最低税率を「15%以上」とすることや「デジタル課税」の創設などで大枠合意した。事務方レベルで合意した内容を今回はG20の閣僚レベルで支持する予定だ。

 10月の最終合意をめざしているが、最低税率の具体的な水準をどうするかなど、各国の利害が対立しかねない項目も残っている。麻生氏は6日の閣議後会見で、6月の主要7カ国(G7)財務相会合で、欧米とは折り合いがついているとの認識を示した上で、「中国やインド、いろんな国々からエンドース(支持)されるのが大事なところだ」とG20で支持する意義を強調した。


【ソ連崩壊とは】簡単にわかりやすく解説!!崩壊の原因や経過・その後など

2019年4月12日

かつてソビエト社会主義連邦共和国という国がありました。アメリカと世界を二分し、社会主義国のリーダーとして覇権を争った大国です。この国がどのように崩壊していったのか、今回は『ソ連崩壊』の原因や経過について簡単にわかりやすく解説していきます。

ソ連崩壊とは、1991年(平成3年)12月、最初で最後のソ連大統領であるゴルバチョフが辞任したことにより、ソ連が解体された出来事です。

第二次世界大戦後、東西冷戦の東側のリーダーとして君臨したソビエト連邦は建国から69年という短い期間で地球上から消えてしまいました。

これは同時にイデオロギーとしての社会主義の敗北でもありました。これまでソビエト連邦に所属していた国の大半はCIS(独立国家共同体)というこれまでより緩やかな国家連合体に参加します。

現在のロシア共和国も成立し、民主的な共和制国家に生まれ変わりました。冷戦はすでに終結していましたが、一方のリーダーであるソ連がなくなったことにより、アメリカの冷戦での勝利が確定し世界の覇権国となります。

ソ連崩壊までの流れ【崩壊の背景や原因】


①ブレジネフ時代の停滞
ソ連が崩壊する原因は崩壊の30年前までさかのぼります。1964年フルシチョフが失脚し、新たなソ連の指導者としてブレジネフが就任します。

ブレジネフ時代は外交的には中国との関係が悪化し、敵の敵は味方ということで中華人民共和国の西側への接近が起こった時期です。その結果、中国はアメリカや日本と国交を正常化。また、ソ連は1968年にチェコスロバキアで起きた民主化運動「プラハの春」に軍事介入します。これは社会主義国全体の利益のためには、一国家の主権は制限されるという制限主権論(ブレジネフ=ドクトリン)考えに基づいています。民主化は社会主義を維持するためにはあってはならないものだったのです。軍事介入に世界から批判を浴びたブレジネフ政権は西側諸国との協調路線を余儀なくされました。しかし、その路線も長くは続きませんでした。1979年12月、アフガニスタンの共産政権がアメリカに接近しようとしたことに危機感を持ったソ連はアフガニスタンに侵攻します。

これもまた世界から非難され、翌年のモスクワオリンピックに西側諸国を中心にボイコットが続出しました。

泥沼化したアフガニスタン侵攻はブレジネフ死後の1989年まで続きます。度重なる軍事侵攻は経済的にソ連を苦しめました。内政面ではブレジネフ時代は停滞の時代でもありました。社会主義の負の側面が出始めたのがブレジネフ時代。経済成長率が鈍化してきていたにも関わらず、有効な政策が出させることもなく、特権階級化した官僚たちによる腐敗も進みました。

働いた結果に関わらず給料が同じであれば、労働意欲もわきません食料や燃料、生活必需品も不足しがちになり、小麦はアメリカからの輸入に頼らざるを得なくなってきます。西側諸国で見られた技術革新も進まなかったことがその後のソ連にとっては痛手でした。西側諸国との経済格差はどんどん広がっていきます。②指導者の相次ぐ死1982年ブレジネフは死去します。あとをついだアンドロポフは改革に着手しますが、高齢で持病があり指導者になってから1年と少しで死去してしまいます。さらに次のチェルネンコも1年ほどで死去。3年の間に3人の指導者が交代したのです。これでは必要な改革が進むはずはありませんでした。ブレジネフ時代を含めて長年にわたる長老政治は、ソ連の抱えていた経済問題アフガニスタン問題を筆頭とした外交問題を解決することができず、時間だけが過ぎていっていました。そのため、次の指導者には若い人物が選ばれることになったのです。こうして1985年ソ連の指導者になったのがゴルバチョフでした。 ③ペレストロイカとグラスノスチ  ゴルバチョフがソ連の指導者に就任にしたのは54歳のときでした。外交問題ではアメリカのレーガン大統領と会談し、核兵器を維持費を抑えるため、核軍縮への道筋を決めます。また、彼はロシア語で「再建」や「建て直し」を意味するペレストロイカスローガンに改革を進めていきます。 そんな中1986年4月、チェルノブイリ原子力発電所の事故が起こります。役人による事なかれ主義が浸透していたソ連では正しい報告が中央にもなされず、ゴルバチョフが事故の全容を知ることになるのは時間が経ってからでした。このため、初期の対策が遅れ被害が大きくなります。

このことに危機感を持ったゴルバチョフはグラスノスチ(情報公開)という政策を始めました。体制の硬直化による社会問題を解決するため、言論や報道などの自由化や民主化が図られたのでした。共産党にとって都合が悪いためこれまで禁止されていた映画やタブーとされていたことも公表されるようになります。こうして情報が公開されていく中でソ連の民主化が進む一方共産党幹部が一般国民とはかけ離れた暮らしをしていることも明るみになります。国民は共産党に不信と不満を持ち始めるのです。これもソ連崩壊の一因となります。 ④新思考外交と東欧革命
外交面でゴルバチョフが打ち出したのは新思考という理念でした。これに基づいて行われたゴルバチョフの外交を新思考外交といいます。1988年にはアフガニスタンからの撤退を開始しました。 また、ブレジネフドクトリンの撤回をゴルバチョフは表明します。これは東欧各国が民主化をしてもソ連は黙認するというメッセージでした。ソ連はソ連製の石油を安く提供することで東欧諸国を支えていたのですが、そのためには差額をソ連が経済的に負担していました。もはやソ連にはそれを続けるだけの経済力がなかったのです。1989年ポーランドとハンガリーに始まり東西ドイツベルリンの壁の崩壊チェコスロバキアのビロード革命ルーマニアのチャウシェスク政権崩壊と東欧の社会主義国で立て続けに革命が起こり、翌年にかけて民主化が達成されました。 同じ年、中国との関係も改善するためゴルバチョフは中国を訪問します。これを受けて中国でも民主化運動、いわゆる天安門事件が発生しますが、当局が軍事力で鎮圧し、中国の民主化は失敗しました。

社会主義国が相次いで民主化したことによりマルタ島でアメリカ大統領ブッシュとゴルバチョフは会談し、冷戦の終結を宣言しました。

 
【冷戦とは】簡単にわかりやすく解説!!原因や時代背景・始まりから終結まで
2018.12.3

今ではアメリカ一強の時代が続いていますが、実は昔はアメリカとソ連が直接戦争しないながらも対立していた時代がありました。 この両国は代理戦争を繰り広げ、世界中が緊迫した状態が続きました。 今回はそんなアメリカとソ連で行われた『冷戦(れいせん)』について簡単にわかりやすく解説していきます。 冷戦...


ゴルバチョフによるソ連の政策の変化はこのように各社会主義国に動揺を見せました。

①保守派のクーデター
1991年8月夏季休暇中でゴルバチョフが不在の中、ゴルバチョフが準備していた新連邦条約をつぶすため、保守派によるクーデターが発生します。この条約ではソ連を中央集権的な国家からより緩やかな国家連合体へ変革させようとしていました。このままではソ連がなくなってしまうと保守派の人たちは危機感を持ったのです。 ゴルバチョフは軟禁されますが、モスクワではクーデターに反対する人たちが抵抗します。その中心にいたのはロシア共和国大統領のエリツィンでした。

ソ連は連邦制国家なのでその中にいくつかの国が含まれおり、ロシア共和国もそのうちの一つで、エリツィンはその大統領でした。

保守派には国民の支持もなかったのでクーデターそのものは失敗します。しかもこのクーデターを実行したのがゴルバチョフの側近たちの共産党員だったので、ゴルバチョフも共産党も求心力を失っていきました。一方、国民の支持を集めたのはエリツィン。この事件がきっかけとなり新連邦条約は挫折し、ソ連共産党まで解体されてしまいました。

②ソ連崩壊
こうなるといろいろな国がソ連から脱退していきます。ゴルバチョフはなおもソ連の維持に奔走しますが、12月に入るとソ連邦内第2位の工業力を誇るウクライナの国民投票で独立支持派が多数という結果がでます。これを受け、ロシア共和国大統領のエリツィンはウクライナの独立を承認しました。ソ連解体はもはや避けられなくなってしまったのです。

新たにロシア、ウクライナ、ベラルーシで作られたCIS(独立国家共同体)に参加する国が増えていくのを見て、ゴルバチョフもついにソ連政府の活動停止を宣言。ソ連は解体されることになりました。

ソ連崩壊のその後、ソ連を継いだ国家とされたのはロシア連邦です。この国の初代大統領にはエリツィンが就任。市場経済の導入など改革を行いますが、まだまだ混乱期は続きます。政権の晩年には経済危機もおきました。

しかし、あとを継いだプーチンによってロシア経済は復活し、高い経済成長率を見せるようになっています。強いロシアが復活し、BRICSという成長著しい国の一つに数えられるようになった。



研究論文:中国が民主主義を受け入れない理由


中国の経済成長はかつての勢いこそ衰えたとはいえ、政府発表の統計を信じるなら大都市部の一人当たりGDPは2万米ドルに近い水準となっている。欧米人は中国が豊かになれば民主化が進むと考えていたが、国家主席の終身制も進められる状況では民主主義法治が実現される見込みは薄い。実際のところ、豊かになれば民主化するという期待は、チャートの形を見て株価が上昇すると考えるのと大差ないように思われる。根本的な見誤りは、チャイナの社会が民主化しないには合理的な理由があると想定しないことだろう。

世界で民主主義が機能している国々は、中世以降に封建社会を経験した地域であることが多い。代表的な例が西欧や日本であり、インドなどにも同様の社会構造が存在したとされる。その関係に学術的な根拠が認められるわけではないが、重複性には注目してもよいだろう。封建制では、王家と在地領主およびその家臣団の間で忠誠と領地支配権のトレードオフが行われた。身分の固定された社会ではあるが、御恩と奉公の契約関係により下級身分が上位権力を承認するシステムでもあり、大衆が政治権力の行使者を選択するという議会制民主主義を受け入れる下地が形成されたと考えられる。封建領主にとって領地や領民はその権力の源泉であり、苛酷な統治を続けて領民を失った場合領地経営が立ち行かなくなる領民には一定の配慮や保護が必要で、無制限な圧政を続けることは困難なのだ。また、宗教的イデオロギーも重要で、絶対的宗教権威と政治権力が強く結びついている場合民主主義への移行は難しい。世俗権力は契約対象となり得ても、宗教権威に対する選択権など存在できないからだ。

近代以前のチャイナの社会はどうであったか?東周時代までは、同姓の男系集団である宗族を中心とする領主の連合体が国家を形成していた。しかし、秦帝国の成立により中央集権的な官僚制度が地主と政治権力の分離を進める。隋唐朝で科挙制度が確立してからは、その傾向に拍車がかかった。政治権力は科挙試験で選抜された官僚が振るい、頻繁な異動のため官僚が在地領主になることは許されなかった官僚の権力の源泉は皇帝から与えられた地位であり、圧政で任地が疲弊したとしても、収奪した富の一部を官場(官僚の世界)でばら撒けば問題にならない。そのため、チャイナには Feudalism の概念に相当する封建制度が成立しなかったと考えられる。

高級官僚の登竜門である科挙に合格するには並々ならぬ勉学が必要で、その教育投資に耐えるには、宗族で団結しスケールメリットを活かした農地経営や商売のような経済的な背景を備える富裕な一族が有利であった。同族から合格者が出れば、官僚としての許認可権に伴う収賄収入で一族への再投資が可能となる。昇進し権限が大きくなれば、官僚ネットワークを活用して故郷の宗族への利益誘導が自由にできる。こうして代々官僚を生み出す士大夫階級が生み出された。ただし官僚は世襲ではないため、一族からの科挙合格者が途絶えれば没落する。戦乱や政争による失脚も多い。一般的に、特定の宗族が繁栄できたのは数世代と言われる。ある宗族が没落すれば別の一族が科挙合格者の席を確保して新たに栄達の階段を上り始める。没落した宗族も、子孫から再び科挙合格者を輩出すれば一代で盛り返しが可能だ。このシステムは6世紀から清朝の倒れる20世紀初めまで連綿と続けられた。

チャイナの歴史では200~300年ごとに易姓革命による王朝の交替を繰り返したが、官僚制を抱える専制帝国の枠組みは変わることがなかった。この枠組みに乗れば、異民族の征服者であっても短期間で新王朝を設立することが可能であった。宮中で皇族とその外戚、宦官が恣意的に権力を振るう一方、地方の実務的統治は科挙で選抜された官僚集団が行う。官僚の出身母体となっているのは在地の士大夫層である。士大夫が封建領主と根本的に違う点は、試験を通じて常に選ばれる側であることだ。士大夫には保護すべき領地や領民はなく、御恩と奉公の契約関係を政府と結んでいるわけでもない。科挙に受かれば官僚に任じられ、各地を転任する間に収賄に励んで一族が費やしてきた教育投資の回収を行う。大事にすべきなのは自分の一族と、官僚ネットワークを通じて協力関係にある仲間の一族だけで、見ず知らずの任地は収奪の対象でしかない。そのため、公共投資などがその土地を担当する役所ではなく有力な宗族によって行われることも珍しくなかった。その原資は、一族出身の官僚がどこか別の場所で収奪してきたものだ。

歴史上、チャイナの官僚一部の変わり者を除いてほぼ全員が収賄を行っている。正史には多くの官僚が収賄の罪で罰せられた記録が残っているが、それは政争に敗れた結果か皇帝の気まぐれのせいであって、収賄が根本的な原因とは言えない。現代中国で展開されている反腐敗運動も、同様に権力闘争の道具と考えられる。我々は贈収賄を絶対悪とみなすが、チャイナの人々は必ずしもそうは考えていないと思われる。なぜ民主主義国家で贈収賄が悪とされるのか。それは、国家の主権者である国民へのサービス提供が賄賂によって公平性を歪められるからだ。だが民主国家でなければ主権者は君主であり、その場合問題視されるのは、特定人物の収賄が社会の不満を招き君主の治世に瑕疵を付けることだ。収賄が悪いのではなく、世論の不興を買うような人格が批判対象なのだ。

中国共産党は現在「汚職は国を亡ぼす」として反腐敗運動を推進しているが、チャイナの歴史においてそれは事実であったろうか。前近代社会には生産性の問題から人口の上限があり、限界点に近づくと食糧の分配が十分に行えなくなる。官僚を多数輩出して利益誘導のできる地域に比べて収奪による流出の方が多い地方は次第に耐え切れなくなり、反乱が発生すると治乱興亡サイクルの王朝滅亡の段階となる。官僚の腐敗そのものが反乱の原因なのではない。汚職は社会情勢に関わりなく常時行われており平時には問題視されない、人民が牙を剥くのは生産物分配の困難が生存危機の臨界点に達したときだ。そうした混乱の渦中で士大夫層の多くは事態を静観し、戦乱を制した者が新たな王朝を開くと科挙に応じ出仕する。こうして専制君主と官僚制の中央集権構造が速やかに復旧し、戦乱による人口調節もあってしばらくは安定が続くことになる。科挙導入以降のチャイナでは、反乱が王朝を倒した後には各勢力が最後の1つになるまで争って新たな専制王朝を開き、地方に根差した領主が割拠するという状況にはならなかった。

辛亥革命によって最後の王朝である清が倒れた後、中華民国は10年余りの軍閥間の内戦を経て蒋介石の国民政府に統合された。とはいえ、政府による軍閥支配地への関与は限定的で集権的な国家運営は行えなかったし、科挙も復活していない。その状態が固定されて軍閥単位の近代的国民国家群が形成されていたら、後世のチャイナの社会は違ったものになったかも知れない。国共内戦に敗れ台湾に押し込められた中華民国は、国民国家として民主化しているからだ。もちろん、日本による台湾統治が民主化に与えた影響の大きさは無視できないのだが。ともあれ、大陸は中華人民共和国が再統一し、今日に至るまで共産党一党独裁による強権的支配を続けている。1966年から76年にかけての文化大革命期には宗族制をはじめチャイナの伝統的な価値観や文化が徹底的な破壊を受けたが、文革終結から40年余りを経た現在の中国には、再び伝統的な社会構造が復活しているように思われる。

改革開放以降多くの共産党員が帝政期の役人と同様にその権限とコネを活用して富を築き、彼らはさながら現代の士大夫階級となりつつある。親族に民主活動家のような反党的分子がいなければ、特に大卒以上であれば共産党員になるのは難しいことではないという。とはいえ、それなりの役職につき将来の幹部を目指すにはカネとコネが必須だ。中等教育現場の推薦により入団者の選出される共産主義青年団はエリートの養成機関とされてきたが、このところ逆風が続いている。それには、富裕層子弟の登用枠を確保する意味合いもあるのだろう。教育投資を受けた富裕層の子女が政府の職権を手にすれば当然のように収賄で蓄財し、富裕層を再生産する。過酷な試験を経ていないところが科挙制度とは異なるが、経済的余裕がなければ到底合格できない水準の学習量を要求する試験である以上、科挙も士大夫という富裕層を再生産するシステムと言えるだろう。

勉学に励んだ教養人官僚の中から、更に激しい出世争いを勝ち抜いて頭角を現した者が国家を運営する。それは効率的なシステムと思われる。無知蒙昧な庶民により人気投票で選出された議員が不適切な決定を下す可能性のある民主主義は、ナンセンスとも見えるのだろう。それでも、領民への配慮を必要とする社会形態を経験した地域では、強権的な制度よりたとえ衆愚政治と揶揄されたしても民主主義に志向性を持つ。そして、効率性は必ずしも最適解を導くとは限らない。しかし、弱肉強食の掟に従い一族だけを頼りに他者は収奪の対象と見た方が生存確率の高かったチャイナの社会風土では、同様の感覚を持てないのではないだろうか。

<人間経済科学研究所:研究パートナー> 藤原 相禅 (ふじわら そうぜん)

個人投資家 広島大学文学部卒業 日本大学大学院で経済学修士

地方新聞記者、中国・東南アジア市場での先物トレーダーを経て、米国系経済通信社で商品市況を担当。子育てのため一家でニュージーランドに移住。台湾出身の妻の実家が営む健康食品メーカーの経営に参画。

商品相場歴30年余。2010年から原油相場ブログ「油を売る日々 (https://ameblo.jp/sozen22/)


次の掲載した記事は支那のプロパガンダであり、眉唾ものであるので、幻想をもつことなく、読まれたい。

なぜ中国共産党は長期的に中国を指導できるのか?


東方新報/AFPBB News 2021/07/11 12:00

東方新報】1日に、中国共産党が結党100周年を迎えたことを記念するため、中国では一連の祝賀行事が行われた。しかし、国際環境では、大国間の実力比較の変化と米中関係の悪化によって、中国共産党と中国共産党が指導する中国は、米国を中心とする西側の強力な抑止に苦しめられている。

 西側は中国共産党と一般の中国民衆を区別しようとしており、中国民衆の支持を獲得し、中国共産党が中国内部から受ける圧力を強化しようとしている。当然、中国共産党はこの点を見抜いた。習近平(Xi Jinping)中国共産党中央委員会総書記は、中国共産党創立100周年記念大会で、「中国共産党を中国人民と分離し、対立させようとするいかなる試みも、決して成功できない」と述べた。

 西側の世論環境では、中国共産党は一党独裁人権を無視した政党として描かれており、西側は中国でも「カラー革命」が起こることを期待しているが、実は一般の中国民衆の現状への受け入れは西側を失望させるかもしれない。中国の情報が閉塞(へいそく)し、民衆が西洋政治体制の優位性を知らないからだろうか?明らかにそうではない。貿易大国である中国はますます開放され、毎年大勢の留学生、ビジネスマン、観光客が世界各地を訪れる。中国民衆の世界に対する認識は西側が想像するほど限定的ではない。

 では、中国共産党が中国民衆の信頼を得た理由は何だろうか。

 同じく中国共産党創立100周年を祝う大会で、習主席は「中国共産党は第1の百年奮闘目標を実現し、中国の大地に小康社会(ややゆとりのある社会)を全面的に建設し、絶対的貧困の問題を歴史的に解決した」と宣言した。2020年の中国の国内総生産(GDP)は100兆元(約1700兆円)を超え、1人当たりの可処分所得は3万2189元(約55万円)に達し、2010年より倍増する目標を予定通りに達成し、中国は絶対的貧困を完全に解消した。

 民衆は苦しみ、国家は貧しい。これは近代100年余りの中国民衆の最大の心の痛みだった。西洋の政治制度よりも、中国の民衆がまず注目しているのは、満腹になれるかどうか、着るものが買えるかどうか、子供が学校に行けるかどうか、病気になると病院に通えるかどうかだった。中国共産党の社会経済発展における得た成果は、たとえ西側世界であっても見過ごすことはできない。

 中国共産党は第1の「百年目標」の約束を果たし、次なる第2の「百年目標」を目指している。2020年から2035年まで、中国は社会主義近代化を基本的に実現し、2035年から今世紀半ばまでに、中国を富強・民主・文明・調和の美しい社会主義現代化強国にすることだ。これは中国共産党が民衆に描いた青図だ。

 経済面だけでなく政治面でも、中国共産党は長期的な政治的安定を実現した。中国政府は6月25日、「中国新型政党制度」白書を発表した。白書は、中国の政党制度が西側諸国で一般的に行われている多党制とは異なり、中国共産党が指導する多党協力と政治協商制度を実施していることを世界に説明しようとしている。この新型政党制度は中国の伝統文化に根ざし、中国の歴史伝承、文化伝統、経済社会発展の産物だ。

 中国共産党は、世界には各国に普遍的に適用される政党制度はなく、自国の国情に合ったガバナンスの有効性を示す政党制度が良いものだと主張している。

 中国と西洋がそれぞれの価値観を表現する一方で、中国は、自分たちの考えと一致しない強大な中国に対する西側の懸念を認識している。そこで「中国人民はこれまで他国の人民をいじめたり、抑圧したり、奴隷にしたことはなく、過去にも、現在にも、将来にもない」と繰り返し世界に強調している。

 いずれにしても、中国は無視できない大国になってしまった。先入観を捨てて中国共産党を知ることは、中国がどうして今日の中国になったのか、そしてこれからの中国がどこに向かうのかを世界が知る上で役立つかもしれない。

【翻訳編集】(c)東方新報/AFPBB News


日本のEEZでロシアが軍事演習 でも文句を付けたら負けなワケ 「お隣」の事例から解説


稲葉義泰(軍事ライター) 2021/07/11 11:10

日本海でロシアが軍事演習
 ロシア政府は日本政府に対し、2021年7月7日(水)から9日(金)にかけて日本海でロシア軍が軍事演習を実施する旨を通告し、これを受けて海上保安庁は航行警報を発表しました。また防衛省によると、7月4日(日)に駆逐艦やフリゲートを含むロシア海軍の艦艇7隻が、太平洋から宮古海峡を抜けて日本海に向け北上したとのことで、今回の軍事演習と関係している可能性もあります。

2021年7月4日、沖縄本島の南東約150kmで確認されたロシア海軍スラバ級ミサイル巡洋艦「ヴァリャーク」(画像:統合幕僚監部)。© 乗りものニュース 提供 2021年7月4日、沖縄本島の南東約150kmで確認されたロシア海軍スラバ級ミサイル巡洋艦「ヴァリャーク」(画像:統合幕僚監部)。
 今回の軍事演習について、一部のメディアや国会議員からこれを問題視する意見が出ています。というのも今回、演習を行うと通告された海域の一部に日本の「EEZ(排他的経済水域)」が含まれているのです。果たして、他国のEEZ内で軍事演習を行うことは国際法上、問題ないのでしょうか。

国際法上は問題ナシ
 結論からいえば、他国のEEZ内で軍事演習を行っても通常であれば国際法上は全く問題ありません。

 そもそも「EEZ」とは、領海などの幅を測る際の基準線である基線から200海里(約370km)の範囲で設定できる海域のことです。海洋に関するさまざまなルールについて定める「国連海洋法条約(UNCLOS)」によると、沿岸国の主権が及ぶ「領海」とは異なり、EEZにおいて沿岸国(この場合は日本)に認められるのは、魚介類や鉱物などを含む天然資源の探査、開発、保存および管理などに関する主権的権利と、人工島、施設および構築物の設置や利用、海洋環境の保護および保全、海洋の科学的調査などに関する管轄権に限られており、たとえば沿岸国の安全保障に関する権限などは設けられていません。
 さらにEEZより内側で、領海のすぐ外側に広がる「接続水域(基線から24海里まで設定できる海域)」においてさえ、安全保障に関する沿岸国の権限はUNCLOSにおいては規定されていません。従って、他国のEEZ内で軍事演習などをすること自体は特段、問題とはならないのです。

 ただし、だからといっていつでもどこでも自由に軍事演習を実施してしまえば、もしかするとそこで操業中の漁船に被害が生じてしまう可能性もあります。そこで、EEZ内で軍事演習などを実施する際には「沿岸国の権利及び義務に妥当な考慮を払う」ことが求められています(UNCLOS 58条3項)。今回、ロシア側が事前に演習を実施する海域を通告したのも、この「妥当な配慮」に基づくものと考えられます。

ところが日本の近隣国は…「彼ら」の主張するところによると
 実は、自国のEEZ内における他国の軍事活動について規制を設けている国が、日本の近隣に存在します。それが北朝鮮と中国です。
 まず北朝鮮は、領海の外側に「軍事水域(military zone)」という独自の海域を設定し、他国の軍艦や軍用機がこの内側に入ることを禁じています。さらにEEZに関しても、他国の船舶や航空機がEEZ内で写真撮影や海洋に関するデータの収集を行なうことを禁止しています。

 一方の中国は、EEZ内での他国の調査船による軍事的な調査活動や情報収集活動について、さまざまな理由をつけてこれを規制しています。たとえば「こうした調査活動は海洋の科学的調査(こちらはUNCLOS 245条に基づき沿岸国による同意が必要とされています)と区別されるものではなく、従って同様にそうした調査活動の実施には中国政府の許可が必要である」とか、「こうした活動はUNCLOSが定める『平和目的の公海の利用』(同88条)や『海洋の平和的利用』の規定(同301条)に反する」とか、さらには「こうした軍艦や調査船が使用するソナーが魚や海洋性の哺乳類に対して深刻な悪影響をもたらす」といったものです。

中国のEEZにおける対応の実例 国際的な法解釈では…?
 そして実際に、中国はアメリカが行った軍事的な調査活動や情報収集活動に対してさまざまな妨害行為を行っています。たとえば2009(平成21)年には、南シナ海で活動していた音響測定艦「インペッカブル」号に対して漁船や公船が周辺を取り囲み、進路妨害などを行ったほか2016(平成28)年には中国のEEZ内を飛行していたアメリカ海軍のEP-3E電子偵察機に対して戦闘機をスクランブルさせた上に、機体を急接近させるなどの危険飛行を行いました。
 北朝鮮や中国のように、自国のEEZ内における他国の軍事活動について明確な規制を設ける国は、2021年現在、世界で18か国存在しますが、国際的にはこのような国際法解釈が容認されているとはとてもいえません

 たとえば、アメリカはこうした軍事的な活動が沿岸国に対する敵対的な行動をともなわない限り平和的なものであり、国際法に合致するものと考えています。そして、この見解はUNCLOSをはじめとする国際法の規定とも合致するものといえます。

 今回の日本海におけるロシア軍の演習に関して、もしこれを法的に問題視したりすることがあれば、それは中国や北朝鮮と同様、日本も国際社会における常識を逸脱する国と見なされかねません。日本の国益を考えるのであれば、感情的な反応は避けるべきでしょう。


The road to hell is paved with good intention.
地獄への道は善意で舗装されている。


この言葉は、我那覇真子氏の動画「街角の募金活動に御用心 貴方の寄付がアメリカを滅ぼす」の中で比喩として言った諺である


To  be  continued  !       See  you   later  !


参考文献

池間哲郎著 『日本人だけが知らない世界の真実』育鵬社 2017.12.8 初版第1刷発行 p206

芳次公介著 『日米同盟はいかに作られたか』講談社 2011.9.10 第1刷発行

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