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時計をつなぐ

今どきの小学生は忙しい。昭和世代からしたら不憫に思えるほど、何かと時間に追われている。学校が終わったら友だちと公園で遊んで、夕焼けチャイムが鳴ったら家に帰る。というざっくりスケジュールのスタンダードはもう過去の話。

先日、普段はなかなか物欲を見せない10歳の息子が、腕時計が欲しいと言い出した。理由はふたつ。ひとつは外で遊んでいるときに帰る時間がわからないから、という理にかなったもの。もうひとつは、お父さんみたいに丈夫でかっこいい時計をつけてみたい、というアイデンティティの変化によるもの。

G-SHOCKは僕が愛用している時計のうちのひとつ。スポーツにも海外出張にも使える。防水や耐久性はもちろん、ソーラーパワーで電池いらず。電波で海外の現地時刻にもぴったり合わせてくれる。

息子には、極めてG-SHOCKに近く、G-SHOCKに見えなくもない腕時計を買ってあげた。極めて気に入ったようで、いつも身につけている。「お風呂に入れてもいい?」とか「ベランダから下に落としてみてもいい?」と極めてG-SHOCK的なチャレンジをしたがるが、結果が目に見えているのでやらせていない。残念ながらそれはG-SHOCKではない。

僕の時計

僕はいわゆる高級腕時計は持っていない。今のところ欲しいと思ったことがない。もし自分が余って困るほどのお金を持っていたら、超高級といわれる時計や車が欲しくなるものなんだろうか?とたまに考えたりするけど、それはそうなったときに考えればよい、と考えないようにしてきた。そして今のところそのときが来る気配がない。

高級じゃないけど、腕時計が好きでいくつか持っている。

高校生か大学生ぐらいのころ、おじいちゃんが死んだ。おばあちゃんと一緒に、部屋の遺品の片付けをした。物欲のない人だったようで、最低限のものしか所有しておらず、遺品整理はあっという間に終わったことを覚えている。

おじいちゃんの引き出しから、きれいな緑色の古い腕時計が出てきた。グラデーションのかかった好きなタイプの緑色で、一目惚れしてしまった。汚れていて、針は動いていない。落ち込んでいる様子のおばあちゃんに言うのは少し気が引けたが、大事にするからと何度かお願いして、僕が引き継ぐことになった。

あれから約30年、おじいちゃんのきれいな緑色のSEIKOの時計を今も使い続けている。電池を替えながら(もし自動巻きだったら高値で売れていたらしい。売らないけど)、たまに磨きながら、ずっと使っている。動く限り、ずっと使い続けたいと思っている。おじいちゃんの形見ってやつか。

おじいちゃんの時計

20代の後半に、父が重い病気で入院した。やがて体が思うように動かなくなり、ベッドで過ごす時間が増えた。お見舞いに行くと、いつも時間を聞かれた。「おい、今、何時だ?」と。体的にも視力的にも、部屋の壁掛け時計を確認するのが物理的に難しくなってしまったと嘆いていた。文字盤の大きな腕時計があればいいのに、とこぼしていた。

後日、池袋のマルイで、文字盤が大きいシンプルなデザインの腕時計を買った。価値があるらしいと聞いていたので、電池式ではなくあえて自動巻きを選んだ。若い自分にとって数万円の腕時計は大きな出費であったけど、病床の父にとにかく何かをしてあげたかった。

腕時計をプレゼントすると、父はすごくよろこんでくれた。文字盤が大きくて助かる。よく見える。これなら時間がわかる。と。僕もうれしい気持ちになった。

しかし数日後、父からクレームが入った。「時計が止まった。電池を替えてくれ」と。体が思うように動かせない父に、自動巻きの腕時計を選んでしまった自分の浅はかさを恨んだ。自動巻き腕時計の価値云々の前に、持ち主が使えない時計になどそもそも価値はない。アホか、と。

そしてその自動巻き腕時計は、仕方なく僕のものになった。あれから約20年、大きな文字盤の自動巻きの腕時計を今も使い続けている。たまにバンドを替えながら、ずっと使っている。動く限り、ずっと使い続けたいと思っている。父はたった数日しか使わなかったけど、一応これも父の形見ってやつか。

お父さんの時計

息子に腕時計を買ってあげたとき、ふと、僕が20年30年と使い続けているこの腕時計たちはこの先どうなるんだろう、と考えた。金銭的な価値はあまりないかもしれないけど、個人的な思い入れは大きく、価値がある。ストーリーがある。

息子はこれらの腕時計が持つストーリーに興味を持つだろうか。先日、「形見」について少しだけ話してみたものの、今は新しく買ってもらった極めてG-SHOCK的な腕時計をベランダから下に落としたらどうなるか、お風呂に入れたらどうなるか、といった興味に心を奪われている様子で、ふーんという想定内の反応があった。お父さんの腕時計が入っている引き出しはここだよ、とだけ教えておいた。


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