ローリング・ストーンズの2009年リマスターが失敗した理由

今回のテーマは、デジタル・フォーマットで70年代ストーンズを最高の音質で聴くこと。

現在、70年代ストーンズは様々なフォーマットで音源化されています。主なものを挙げると(アナログ・レコードを除く)

(1)CD

(2)iTunes Store(圧縮音源)

(3)ストリーミング・サービス

(4)ハイレゾ音源

(5)SACD

となります。 

これらのフォーマットのうち、どれを選んだら最高の音質で聴くことができるのか?

今回の記事では、彼らの70年代の作品のマスタリングの歴史を紐解きつつ、上記のテーマについて考察を加えていきたいと思います。


・70年代ストーンズ作品のリマスターの歴史を俯瞰する

スティッキー・フィンガーズ』(71年発売)以降のローリング・ストーンズ・レーベル作品のリマスタリングは、以下の3回行われています。

①ボブ・ラドウィックによる1994年のリマスター(Virginレコード)

②スティーヴン・マーカソンとステュワート・ウィットマン(マーカソン・マスタリング)による2009年リマスター(ユニバーサル・ミュージック)

③英国オリジナル・アナログ・テープを基にした2011年最新DSDマスター(ユニバーサル・ミュージック)

ここでは、まず、通常のCDのマスターにも使用されている①と②のリマスターを聴き比べてみることにしましょう。


・名盤『女たち(Some Girls)』聴き比べ

それでは、論より証拠。実際に、78年の名作『女たち』(大ヒット・シングル「ミス・ユー」を収録)を

①ボブ・ラドウィックによる1994年のリマスターCD

②スティーヴン・マーカソンとステュワート・ウィットマン(マーカソン・マスタリング)による2009年リマスターCD

で聴き比べてみます。

また、比較する際の参考として、

③『女たち』のアナログ・レコードのUSオリジナル盤(スターリング・サウンドのテッド・ジェンセンがマスタリング)

も併せて聴くこととします。

まず、オリジナルの③(アナログ・レコード)から

さすが、USオリジナル盤、しかもテッド・ジェンセンのマスタリングだけあって、アナログ・テイスト溢れる素晴らしい音色です。リマスターCDにまったく引けを取らない、素晴らしいエネルギーとグルーヴ感溢れる、傑作マスタリングに仕上がっています。

次に、①ですが、

こちらも、数々の60~70年代のミュージシャンの作品を手掛けてきた名エンジニア、ボブ・ラドウィックの手掛けたマスタリングだけあって、そのアナログ・テイスト溢れるサウンドは聴いていて安心します。

しかも、この『女たち』では、このアルバムの骨格とも言えるチャーリー・ワッツの重心の低く重めのドラムスとビル・ワイマンの粘っこいベースの音色を見事に表現しています。
サウンド・カラーは③に似ていて、CDでありながら、オリジナルの持つアナログ感をちゃんと踏襲しているところは見事と言うほかありません。

②に移ります。

②を一言で形容するなら、奥行き(遠近感)のない平べったいサウンド。しかも音圧がやたらに高くて、はっきり言って、聴いていると疲れます。

CDのリマスター対決は、①の圧勝。

もっと言うと、②は相当ひどいです。

このひどさについては、下記のブログ記事でも詳しく言及されていますので、紹介しておきます。

帝都熱烈音盤解放戦線(2009年05月23日)

ビートルズ リマスター番外編 こんなリマスターは許せるのか!?

夜明け それに比べるとこのデジリマのほうは音変じゃないか?明らかに音のエッジがへたって死んでるよ。バックのギターもドラムも団子状に固まって全然ほぐれなくて解像度悪いよ。なんだよ、この音!つーか、このCDプレーヤー壊れてないか?
路傍  でもよく聴くとその実態は音圧上げてるだけで個々の楽器の音の鮮度がまったく感じられない。「悲しみのアンジー」のアコギはアナログだと繊細な音質で余韻も伸びているのに、デジリマだと音質がなまっていて音量だけがでかいという。マスター・テープの劣化に対するエンハンスが不十分なのか、あるいはマスタリングの技術では限界があったのか、辛うじて音痩せを補正して音圧上げただけの音にしか聴こえないのが悲しい


・マスタリング・エンジニアの経歴に着目する

それでは、どうして、

①ボブ・ラドウィックによる1994年のリマスターの素晴らしいマスタリングと比べて

②スティーブン・マーカソンとステュワート・ウィットマン(マーカソン・マスタリング)による2009年リマスターは、これほどまでに酷い音になってしまったのでしょうか?

この謎を解くカギは、それぞれのチーフ・エンジニアである

ボブ・ラドウィック 


スティーブン・マーカソン(写真中央)

の経歴とその手掛けた作品にあると私は睨んでいます。

それでは、その謎を解くべく、
まず、ボブ・ラドウィックの手掛けた作品群を見ていくことにしましょう。


・ボブ・ラドウィックの手掛けた作品群

ジミ・ヘンドリックス
The Cry of Love

レッド・ツェッペリン
Led Zeppelin II
Houses of Holy

ザ・ローリング・ストーンズ complete Virgin + ABKCO records catalog

ザ・フー Many titles(多くの作品)

ザ・キンクス Most of their catalog(ほとんどの作品)

エリック・クラプトン
All recordings for many years(何年間にも及ぶ全ての作品)

スティーリー・ダン
Almost entire catalog (some originals and re-issues)(ほとんどの作品)

ザ・バンド
Most famous recordings(ほとんどの有名なレコーディング)

それにしても、物凄い顔ぶれですね。

この作品やミュージシャンを見ていると、ボブ・ラドウィックは60年代~70年代にかけて数多くのアーテストのレコーディング作品のマスタリングを手掛けていることがよくわかります。


・スティーブン・マーカソンの手掛けた作品群

ベック
Mellow Gold』(1994年)

アリス・イン・チェインズ
Jar of Flies』(1995年)

ヒラリー・ダフ
Hilary Duff』(2004年)

もうお分かりだと思いますが、スティーブン・マーカソンの手掛けた作品は、ボブ・ラディッグとは対照的に90年代半ば以降の作品が大半を占めています。

もちろん、マーカソンはストーンズの90年代以降の作品もいくつか手掛けており、いずれの作品も、ロックのグルーヴ感溢れる、素晴らしい作品に仕上がっています。

Voodoo Lounge(1994年)
Stripped(1995年)
Bridges To Babylon(1997年)
Forty Licks(2002年)
Live Licks(2004年)
A Bigger Bang(2005年)

以上のことから、ボブ・ラドウィックとスティーブン・マーカソンは、その手掛けた作品を見てもわかるとおり、活躍した時代が異なるものの、それぞれの時代でのトップ・アーティストのヒット作品を数多く手掛ける、いわゆる時代の寵児であったわけです。

つまり、二人ともが、マスタリング・エンジニアとして一流であることは、誰の目にも明らか。

それでは、どうして、この二人の行った『ストーンズの70年代の作品のリマスター』において、その仕事ぶりに明暗が分かれてしまったのでしょうか?

どうしてボブ・ラドウィックがあれほどまでに素晴らしい仕事ぶりを見せたのとは対照的に、スティーブン・マーカソンのリマスターは見るも無残に失敗してしまったのか?

それは、彼らがそれぞれ活躍した時代のレコーディング・システムの違いから来るものだったのです…。


・アナログとデジタルでは、グルーヴ感を生み出すためのアプローチが異なる

それでは、

ボブ・ラドウィックが活躍した1960~70年代とスティーブン・マーカソンが活躍した1990年代~2000年代との間で、音楽界に起こった最も大きな変化とは、一体何だったのでしょうか?

実は、2つの時代において、最も大きな変化は、レコーディングのシステムが、一変してしまったことです。

それは、アナログ⇒デジタル への変化。

そして、アナログからデジタルへの変化によって何が変わったのか?

それは、ロック・ミュージックにおけるグルーヴ感を出すための方法論です。

そのことを話す前に、一つご紹介したい記事があります。ミュージシャンの山下達郎さんがご自身のベスト・アルバム『OPUS』発売時に受けたHMVインタビューです。

【HMVインタビュー】 山下達郎 『OPUS ~ALL TIME BEST 1975-2012~』

HMV&BOOKS online(2012年9月14日(金))

このインタビューにおいて、達郎さんは、アナログとデジタルではその音の特性が180度異なり、アナログ・レコーディングではその特性から自然に生み出すことの出来ていたグルーヴ感がデジタルでは出せないこと、デジタルでアナログと同じようにグルーヴ感を出すためには、ダイナミック・レンジを犠牲にしてデジタル・コンプレッサーにより人工的に音圧を上げ、見かけ上のグルーヴ感を出さざる負えないということを語っています。

以下、同インタビューより抜粋して紹介しましょう。

デジタルっていうのはダイナミックレンジが全然違うので、歪まないんですよ。簡単に言っちゃうと情報量が全然違う。例えるならアナログレコードって言うのはコップなんです。

バケツでこのコップに水を入れようとすると溢れるじゃないですか?その溢れたモノが所謂グルーヴとか音圧なんですけど、デジタルってそれが風呂桶サイズなんですよね。風呂桶にバケツで水入れたって少ししかたまらないでしょ?つまり風呂桶を溢れさせるためにはとてつもないエネルギーが必要なんです。それが中々作れない。
そこで考えられたのが、デジタル・コンプレッサーってやつ。アナログ・コンプレッサーっていうのはピークを叩いて圧縮するんです。ではデジタル・コンプレッサーっていうのが何かと言うと下を上げる。なぜならデジタルって上が決まっているから。
CDって44.1kHzの16bitでしょ?127dBまでしか入らない。127dB以上はクリッピングと言って潰れちゃうんですよ。それ以上いくらやっても上がらない。
そこで何を考えるかというと下を上げる。今のヒット曲や海外のR&Bを聴くと、音が前に貼り付いてるんですよ。上の8bitくらいしか振ってないようなね。つまり下が無いんですよ。下があると、聴感的に弱く聴こえるから。だからデジコンかけまくって、どんどんどんどん前に出すんですよね。それが今のレヴェル戦争と言われるもので。

それでは、このような特性を持ったデジタル・レコーディングが全盛となった現代において、重宝がられるのは、どういうタイプのエンジニアなのでしょうか?

それは、デジタル・コンプレッサーを巧みに駆使して、音圧を上げることで、元の音(デジタル・レコーディングの平板な音)に迫力を持たせることのできるノウハウを有したエンジニア。

ここまで書けば、もうお分かりだと思います。ローリング・ストーンズの2009年のリマスタリングを行ったスティーブン・マーカソンこそが、正にこのタイプのエンジニアだったのです。

彼が2009年のリマスタリングを依頼されたのは、おそらく、ストーンズの1990年代~2000年代の作品である

Bridges To Babylon(1997年)
Forty Licks(2002年)
A Bigger Bang(2005年)

などの一連の作品での功績が認められたからです。

もちろん、マーカソン自身は優れたエンジニアであることは間違いありませんし、現に、『Bridges To Babylon』や『A Bigger Bang』はグルーヴ感溢れる素晴らしい作品だと私も思います。

しかし、ユニバーサル・ミュージックは決定的なミスを犯しました。

それは、アナログとデジタルでは、グルーヴ感を生み出すためのアプローチが全く異なるということを理解せず、マーカソンに、リマスタリングを依頼してしまったことです。


・ストーンズの2009年リマスターが失敗した理由

言うまでもなく、スティーブン・マーカソンがリマスターを手掛けたストーンズの一連のアルバム

Bridges To Babylon』や『A Bigger Bang』においては、

元の素材がデジタル・レコーディングであるため、人工的に音圧を上げてグルーヴ感を出してやる必要がありました。

そのため、彼は、デジタル・レコーディングにおいてグルーヴ感を出すためのアプローチ、すなわち、レベルの下を上げて、ダイナミックレンジを犠牲にすることと引き換えに、音圧を上げるという手段を取ったに違いありません。

そして、彼の犯した失敗は、2009年に発売元のユニバーサル・ミュージックからリマスタリングを依頼されたストーンズの70年代〜80年代初頭の作品群

具体的には

スティッキー・フィンガーズ』(71年)〜『刺青の男』(81年)

に対して、自らのリマスタリング・スタイル(デジタル・レコーディングに対するマスタリングのアプローチ)を適用してしまったことにあったのです。

これらの作品群は、『ブリッジズ・トゥ・バビロン』や『ア・ビガー・バン』とは異なり、アナログ・レコーディングの産物です。

そして、アナログ・レコーディングの特徴として挙げられるのが、音の歪みにより自然に産み出される迫力とともに、空間構成(残響音)によるエコー感。

しかしながら、もし、このような特徴を持っているアナログ・レコーディングにて録音された素材に対して、スティーブン・マーカソンが行ったような、ダイナミック・レンジを潰して音圧を上げるデジタル・レコーディングでのマスタリング・テクニックを適用したとしたら、そのアナログ録音の持つせっかくの特性(空間構成とエコー感)を、失わせる結果となってしまうのです。

こうして出来上がった、ストーンズの2009年リマスターCDは、一見音圧が上がって迫力が増したように聞こえるものの、よくよく聞いてみると、平板で抑揚がなく、エコー感のかけらもない、とても長時間聴いていられないような代物になってしまいました。

一方で、1994年にリマスターを行ったボブ・ラドウィックは、リマスタリングに対して、全く異なるアプローチを取っています。

それは、元のアナログの素材を活かした、空間構成とエコー感を損なわず、かつ、アナログが持つ自然な迫力(グルーヴ感)が出るようなマスタリングを行っているのです。

彼がマスタリングをした1994年のVirginレコードの一連のリマスターCDを聴いていただければ、その素晴らしい仕事ぶりをご理解いただけると思います。

もう1つ、1994年リマスターと2009年リマスターとの明暗を分けた要素として、オリジナルのマスター・テープの鮮度(あるいは、別の表現を使うと、マスター・テープの音質劣化)の問題があるのですが、この点でも、オリジナル・リリースからより年月の経過している2009年のリマスターは不利ということになります。

以上のことから、ローリング・ストーンズの70年代~80年代初頭の作品群を聴く際には、ボブ・ラドウィックによる1994年のリマスターCDを聴くことを強くお勧めします。


・残念ながら、ストリーミングもiTunesも2009年のマスターを使用している

それでは、70年代ストーンズの作品の、冒頭にご紹介した

(1)CD
(2)iTunes Store(圧縮音源)
(3)ストリーミング・サービス
(4)ハイレゾ音源
(5)SACD

の5つのフォーマットが

①ボブ・ラドウィックによる1994年リマスター
②スティーブン・マーカソンによる2009年リマスター
③2011年最新DSDマスター

のどれを採用しているのかを検証していきます。

(1)CD(①または②)
(2)iTunes Store(圧縮音源)(②)
(3)ストリーミング・サービス(②)
(4)ハイレゾ音源(③)
(5)SACD(③)

となります。残念なのは、現行でiTunes Storeなどの音楽配信や、ストリーミングサービスにおいて、②の2009年リマスターが標準となってしまっていることです。

従って、70年代ストーンズを安価にて高音質で聴くためには、面倒でも、ストリーミングや音楽配信ではなく、①の1994年リマスターCDをレンタルし、リッピングするというのが現時点でベストの方法となります。

また、少しお金がかかりますが、③のDSDマスターを採用しているSACDを購入してしまう、という方法もあります。(ハイレゾ音源も同じ音源を使用していますが、ラインナップが少ないという弱点があります)

この1994年リマスターCDは、TSUTAYAのどの店に行ってもほとんど置いてあり、簡単にレンタルが可能です。(見分け方は、帯が黄緑色になっているCDです)

ところが、話はここで終わりません。

実は、この1994年リマスターCDを更に高音質で聴くことの出来る方法が存在するのです。

次回の記事では、その方法について、詳しく説明していこうと思います。


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