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消毒したがり -とんでもない職場の後輩達- #004

コロナ禍の朝、仕事は机や椅子などの消毒からはじまる。私の座っている所に来た後輩が私に言う。

「腕毛も消毒しますか?」

なんという質問だろうか。

「あ、そうだね、じゃあお願い」
「はい、わかりました!消毒しておきますね」
「うむ、そうだな。コロナ禍だからな、頼む」(上司っぽい言い方で)

頼むわけがない。朝から腕毛を消毒する必要があろうか。いや朝でなくとも、昼でも、夕方だってするわけないではないか。もしかして、した方がいいのか?という謎の考えも浮かんだが、私は「いや…」と答え、彼女は「そうかぁ、しないのかぁ」と残念そうに目の前の机を消毒していた。そんなに残念そうにする意味が分からない。そもそもなぜ疑問系なのか。

「腕毛も消毒しますか?」

彼女は上司にお伺いを立てているのである。親切のつもりなのかもしれない。そんなお伺いの立て方があるのか。ねぎらいや愛情。そうかもしれない、と思ってみる。

「腕毛も消毒しますね」ではどうか?いや、どうか、というのもどうかと思うが、有無を言わさず消毒されるのもおそらく落ち着かず、消毒前にはぜひ確認してほしいものである。

「眉毛も消毒しますか?」

薬液が目に入ったら痛そうだ。今日はもう帰ってもいいのだろうか。今仕事中でもないのに、帰りたくなってくるから不思議である。

「反復横跳びをしましょうか?」

これなら観てみたい気がする。一緒にやれば、朝から元気になりそうでもある。

ところでこういう会話は、うちの職場では特段珍しいものではない。

私の向かいに座っていた別の後輩はマジックペンを手に、真剣な面持ちで、私の手の甲に何かを描こうとしていた。

「何してるの?」
「ほくろを足しています」

彼女は、黒の細いペン先で狙い定めたように丁寧に黒い点をつけた。「はい、これでいいです」。私の右手の手の甲には小さなほくろがいくつかあるが、それが一つ増えていた。あと二つ足すと、北斗七星みたいな形になる、となんだか訳の分からないことを思った。

「なんでほくろ足したの?」
「いや、増えたらいいかなと思って」
「…?」
「あと、毛が多くて描きにくいです」

愛情の溢れた交流(異論は断固として認めないつもり)の中、日々の仕事は進んでいくのである。

(追記)
後輩二人それぞれに読んでもらった。「出演料下さい!」「愛情だと思っている方が幸せですよね、ふふふ」という流石の感想に、やはり愛されているという思う次第である。ちなみにこの二人は作業療法士と精神保健福祉士で、専門職の人ってやっぱり変だよね、ということが別に言いたいわけではないが、自分も含めてそれは否めない。

毛のエッセイ

2023年9月11日執筆、2023年10月2日投稿


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