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おじさんとカレー事件【同僚偉人伝 -伊藤さん編-】 #019

ふだん研修の仕事でお世話になっている伊藤さんから、ある報告があった。コロナ禍の時期の事で、彼女は出張中であった。

出張の最終日、ホテルの朝食ビュッフェでのこと。

彼女はボーっとしつつも、もりもりと朝食を食べ、カレーのお替りを取りに行った。席に戻り、置いてあったスプーンで2杯目のカレーを一気に食べ終え、コップに残っていた水を飲もうとした時、ふと気づいた。

コップに入っていたのは、オレンジジュースだった。

(あれ?私オレンジジュースのんでないけど?)

そういえば、隣に座っていたおじさんは、オレンジジュースを飲んでいた。隣の席を見ると、自分が飲んでいた、少し水の入ったコップが置いてあった。彼女は、元いた席の隣に座っていたのだった。

(ここは、隣のオジサマの席だ)

(…ということは、これは、オジサマのスプーンだ!)

あやうく叫びそうになったのを抑えつつ、彼女は考えた。ここで取り乱せば、周りで優雅に朝食をとっている皆さんの迷惑になってしまう。一緒に出張に来ていた同僚に話したいと思ったが、席は少し離れているし、他の人に話を聞かれてもなんである。伊藤さんは、動揺を隠しつつ、部屋に戻ったのだった。

彼女はこの顛末を、私にLINEで送ってくれたのだが、彼女が気になっていたのは「オジサンのスプーンでカレーを食べてしまった」衝撃について、ではなかった。

「めっちゃ濃厚接触です。そのオジサマ、コロナとかじゃありませんように!」

伊藤さんはこうも言っていた。

「その方がすでに朝食終えて戻ってたらしいのが救いですが、『なんか取りに行ってた』状態だったらびっくりしますよね。知らない人が自分のいた席に座ってカレー食べてたら!」

このエピソードでおわかりかもしれないが、伊藤さんはとてもマジメである。

他人のスプーンでカレーを食べたら不快感や嫌悪感を感じてもおかしくはないと思うが、そういうことではなく、そのオジサマや、周りのお客さん、今後の仕事への影響を心配している。このすごすぎる気遣いや、真面目さが、私が仕事仲間として彼女をとても信頼している所である。

ところで、私は、彼女にこう返信した。

「伝説的なカレー事件、さすが伊藤さんです。お疲れ過ぎだったたんですかね。朝からカレーのおかわりというのが、元気でいいです。気をつけてお帰りください!もっと疲れてたら、おじさんの膝の上に間違って座る、くらいになるかもしれないですね」

彼女なら十分ありうる。そうなった際、彼女はオジサマの膝や太ももへの負担を心配しそうである。

伊藤さんのすごいところをもう一つ挙げるとすれば、それは彼女の食欲だ。ぼーっとしつつも、朝からカレーをお替りして、一気食いしている。その食欲やエネルギーも、私は何より信頼しているのである。

(追記)
伊藤さんはその日の帰り、一緒に出張していた社長に、朝食ビュッフェでの顛末や濃厚接触の心配を、恐る恐る打ち明けた。社長は濃厚接触の件ではなく、「実はそのオジサマもお代わりに行っていて、自分の席で食べていた伊藤さんを見て、怖くなって部屋に戻ったのかもねー」と言っていたという。愉快な会社なのである。

(追記2)
以前私が、都内での2日間の企業研修の講師を担当した時の事。「研修会場の近くに、早朝から喜多方ラーメンとマグロの漬け丼のセットをやっている店を発見した」と、伊藤さんから報告があった。研修の前に、一緒に美味しく頂いたのはよい思い出である。今後も一緒に仕事をするのが楽しみだ。

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2023年10月17日執筆、2023年10月27日投稿


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