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最近の気持ちとマカロニえんぴつ


はっとりくんがJAPAN ONLINE FES.2020のLIVEMCで、コロナ禍で感じたことについて話をしていた。

今まで曲が書けなかったり、声が出なかったりして、それで苦しかったことはあったけど、必要とされていないんじゃないか、と初めて思った。今までに経験したことのない苦しさだった。(彼の言葉そのままではなくて、私の覚えているニュアンス)


そっか、そうだよね。

できない、はつらい。
期待に応えなきゃ、もつらい。

でも1番つらいのは、いらない、だよね。と思った。

誰かに必要とされることは、がんばる道標のようなものだから。
誰にも必要とされなくなってしまったら、がんばる意味がなくなってしまう。


時代の進歩とともに、多くの情報に触れることができるようになった。
ワンクリックであらゆるものが簡単に手に入り、でも、だからこそ、すぐに代替品が出てきて、次へ次へと進んでいく。

1枚のアルバムを何度も何度も聴いていた頃の感覚は過ぎ去って、ストリーミング再生をしながら次へ次へと早送りボタンをクリックする。

たくさんの音楽に出会えるようになった一方で、それぞれのアーティストや曲への思い入れは薄くなってしまったように感じる。

あなたにしかできない、あなたにしか救えない、そんな音楽はもう無いのかもしれない。

LIVEができなくても、それでも変わらず日々は進んでいく。
そんな状況の中で、はっとりくんも冒頭の気持ちを持ったんじゃないか、と想像する。


わたしが最近こわいこと。
予想だにしなかった大きな力によって世界の状況が変わったにも関わらず、それでも意外と普通に生活できていること。

そんな自分を見ていて、いつか、『しょうがない』『何でもいい』『そんなもんさ』にまけて、『どうしても』が消えてしまう気がすること。


はっとりくんは、
「もう大丈夫。こわかったけど、もうそんなことは思ってないです。」と言っていた。これからも、音楽を届け、LIVEをしていくんだ、と。


かっこいいなあ、と思った。
こわくても、よわくても、それでも伝えたいことがあって、やりとげたいことがあって、だから続けていく。
その中で見えてきた光を、推進力にしていく。

夜を埋めるための唄が死なないように
欠伸ひとつで悲しみが流せるように
夢の話をしよう 飽きるまで呑もう
僕らは美しい
明日もヒトでいれるために愛を探す


私もかっこよくなりたい。
誰かが必要としてくれても、くれなかったとしても、『どうしても』という熱量と愛情をもっていたい。

そう思った夜だった。






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