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お誘いの温度

「よかったら来てね」と言われた場所にはたいてい行くのに、「絶対に来ないとダメよ!」と圧強めに言われた場所にはよほど行く気だった場所でないかぎり「別に嫌ってわけじゃないんだけど……なんかめんどくさいな」と感じてしまうのはなぜなのだろう。
ちなみに「恥ずかしいから来ないで」と言われた場所には、絶対に行く。天邪鬼なのだろうか。

私がウキウキと「ゆくミッチーくるミッチー」(12月31日に行われる、及川光博 年忘れスペシャルライヴ)に誰を誘おうか考えていたときのこと。
「え?あなたも俺の実家に来るんだよ。俺の実家は正月に全員集まるのが習わしなんだから」と当然のように夫が言った。

あなたの家に習わしがあるのは別にいいんだけど、それ私に関係ある???
ていうか去年私がめちゃ頑張って「私のお正月」を取り戻そうとしてたの、思いっきり隣で見てたよね?

去年私は義実家に三泊四日もお邪魔して、贅沢にも「もてなされ疲れ」をこじらせて、これまでの人生で最大級の風邪を引いて寝込むという正月を過ごした。

「だから来年からは隔年訪問にするか、お邪魔するとしても一泊二日くらいにしたいんですけど、いかがでしょう?」と提案し、義実家からOKをいただいたはずだった。
それがなぜ。

「俺は正直一人で帰っても二人で帰ってもどっちでもええわ。ただ父さんは絶対にあなたがこれから毎年俺とともに帰るものと信じ込んでいるから、そんな話をしたら破天荒な嫁扱いされるかもしれないけど」

上記「そして、みんなで丸くなる」より

去年彼はそう言っていた。
だから私は義父をラスボスと定め、「お義父さんにさえお許しいただければ、私は来年から今まで通りの気楽なお正月が取り戻せるのね」と思っていた。
ラスボスあんただったんかい!

思わぬところから「お前には俺の家のしきたりに従う義務がある」と圧をかけられて、私の心のなかのエレン・イエーガーは自由を求めて調査兵団に入りそうに、否、もはや地ならし寸前である。

私にも実家が存在することをご存じか?
私には私の29年分の「お正月の過ごし方スタイル」というものがあってだね、それを捻じ曲げてでも「俺んちに従ってほしい」というのなら、もうちょっと頼み方ってもんがあるんじゃないかね。
何さも当然のように「あなたも俺の実家に来るんだよ」とか決定事項としてほざいていらっしゃるの?

あまりにも納得がいかなくて、ここ最近遊んだ友だち、連絡を取り合った友だち、仕事仲間等々相当な人数に灼熱の愚痴をこぼしまくってしまった。
あのとき愚痴を聞いてくれたみなさま、本当にありがとう。

「私の実家の地域もそういう空気があるから雰囲気はめっちゃ想像つくんだけど……令和の時代に入ってまで夫の実家を立てなきゃいけないってマジ謎(笑)」
「それはもう、納得のいくまで喧嘩していいんじゃない?」
「義実家でプレゼンするつるさんが目に浮かぶわ♪」
「もてなす側はもてなす側で大変だから、隔年にしたいって言われたら私はむしろ嬉しいかも」
「なんなら私たちの家で遊んでから義実家に行くのもありじゃない?」
「本当は結婚した段階で義実家との付き合いどうする?って話し合いがあってもよかったよね。一方的に決めるのは違うよ」

等々、友だちの義実家の話やアドバイスは多種多様で、「義実家」と一口に言っても、世代だったり地域だったり子どもの有無だったり本家か分家かだったり、家自体が持つ雰囲気だったりによって付き合い方や気構えもだいぶ違うよなぁということを考えさせられた。
友だちに聞いた彼女たち自身、あるいはその周囲の人たちの年末年始の過ごし方をざっくりとまとめると、こんな感じだ。

・「俺の家のしきたりに従え」からの大バトル勃発。喧嘩別れのような形でそれぞれがそれぞれの実家に帰るようになった。
・夫、妻がそれぞれの実家に帰る(円満)。
・元旦に合わせて夫の実家に行き(「帰る」じゃないんだよ!と吠えていた)、その後妻の実家に行く。
・妻(友だち)が自分の実家をそれほど好きではないため、毎年夫の実家に滞在している。
・滞在日数を夫側、妻側できっちり均等に分けている。
・「今年は夫の実家で元旦、来年は妻の実家で元旦」と年ごとに変えて不平等がないように。
・どちらも県内なので、元旦に両家に日帰り。
・正月に両家&夫婦の新居からzoomでご挨拶。だってお互いの実家が遠いんだもの。一気に済ませた方が楽だし。
・義実家に泊まるのは互いに気を使って消耗するのでホテル泊。
・完全フリーダム。どちらかが帰ったり、一緒に帰ったり、二人とも帰らなかったり年によって違う。

そんな家ごとの過ごし方を聞いていたら、なぜ私が夫に対してこれほど反発しているのかがだんだんとわかってきた。

私の実家は、母方の祖父母も父方の祖母も、お盆も正月も「来ても来なくてもいいけど、来てくれたら私は嬉しいわ」というスタンスだった。
そして私の両親も私たちに「親族が集まるときには全員集合がしきたりだ!」と求めてこないのはもちろん、何かを強制してきたこと自体めったになかった。

母方の祖父母の家は、家から電車で二時間半ほどの埼玉県にある。
母親の実家は、私の母も含めてみんな趣味に忙しい人たちだった。
祖母は舞踊と宝石鑑賞(ウィンドウショッピング)、祖父は将棋や読書に野球観戦、母はピアノと執筆、叔父はアメリカ在住でお盆も元旦も不在、叔母は銭湯や街歩きと、各々が趣味を持ち、それに邁進していた。

そんな大人たちに育てられた我々子どもたちは基本的に野に解き放たれており、お正月は子どもだけでゲームセンターに行ったり雪合戦をしたり、祖母たちの「明日誰か一緒にデパート行かない?サーティワンをおごったげるよ!」という誘いに意気揚々と乗っかったりと、毎日の過ごし方を自分たちの意思で選んでいた。

「もうしばらく遊びたいな」と思った年は母親たちだけ先に帰ってもらって自分たちは数日滞在を延ばして子どもたちだけで電車に乗って家に帰ったり、高校生になりバイト三昧な日々を送るようになった従姉が大晦日の夜遅くにパッと現れて元旦のうちに帰り、「一週間後にまた東京で会おうね!」なんてこともあった。

他方、父方の祖母の家は私たちの家から車で10分ほどの距離にあった。
毎年1月2日に親族が集まって寿司やおせちを食べる流れはあったものの、そこに流れる空気はあくまで「来れたらおいでよ」というぬるま湯のようなお誘いだった。
開催時刻も終了時刻も不明、入退場自由、気遣い無用。

お酒を飲んで釣りの楽しさを語りまくる伯父さんとニコニコそれに相槌を打つ祖母、誰かのお土産のお菓子をつまみながら今年読んだ本を紹介し合う伯母さんと母親と私、合気道の技をかけあう伯父さんと弟、祖母のベッドで眠る年上の弟、そして少し離れた場所で一人駅伝を眺める父。

従兄弟たちは夫婦で来る年もあれば、従兄弟だけ来る年、二人とも来ない年とまちまちだったから、私自身「義実家との付き合いってそのくらいの距離感なのかな」と思っていたふしがある。
私は私で、友だちと初詣に行く約束が入ったときや、大学生になって新年早々巫女のバイトやちんどんの予定が入るようになってからは、参加できない年や夕方に顔だけ出す年もあったし、祖母が自分の意思で老人ホームに入ってからは毎年2日に参加できる親族でzoomをするようになった。
これも一応開始時間は決まっているものの、途中入出・退出可のごくゆるい集まりだ。

そんなわけで私は、自分の都合や気持ちを最優先して、好きな過ごし方を選びとるお正月にずっと慣れ親しんできた。
これといった習わしやしきたりがないのが、私の実家のしきたりだったともいえる。
その結果、物心ついたときから「お正月コーディネーター」だった私は、夫の要求に面食らって「は?自分で過ごし方を選べないお正月なんて、お正月じゃなくない?」と戸惑い、「囚われた屈辱は反撃の嚆矢だ」(紅蓮の弓矢)と高々と弓矢を掲げた状態で今に至る。
「よかったら来てね」と言われていたらこんなに悩む話ではなかっただろうなと思うと、頼み方の大切さを痛切に感じる。

これまであまり自覚していなかったけれど、それぞれが育ってきた、過ごしてきた各家の雰囲気というのはその人の価値判断にかなり大きく関わっているらしい。
私は自分のことをそれほどこだわりの強い人間だとは思っていなかったけれど、「自由が奪われようとしている!」と感じた瞬間に「ちょ、待てよ!」と腰を浮かしてしまうのは、ひょっとしたら両親の実家や両親自身の影響が強いのかもしれないと今回初めて気がついた。

それはもちろん、夫にもいえることである。彼は彼で、私の唐突なエレン化に困惑している。
とはいえ「わたしゃ自由がほしいんだ!」と私が泣こうが叫ぼうが、彼にとって「俺の実家は正月に全員集まるのが習わし」は揺るがない。
どうしてそう思うのか、それは結婚した妻側にも適用されるべき習わしなのか、その習わしを改めて考えるつもりはあるか。
そういう対話を根気強く繰り返しながらお互いが納得のできる落としどころを見つけるというのが、今年の宿題になりそうだ。

私たちは夫婦というユニット名を与えられただけの、もともとまったく異なる文化、環境、人間関係のなかで暮らしてきた他人なんだもの。
それを肝に銘じて、互いに極力無理のない、持続可能なルールを作っていきたい。切に。


***
【2023年12月10日追記】
上記の記事を「#2023年のいっぽん」とさせていただきます。
「#◯◯年のいっぽん」は、おむすびに並々ならぬ愛情を注いでいるハスつかさんの恒例企画。

1年間、みなさんが創作してきた記事や作品の中でベストだと思うものを自薦してもらい、それを集めたマガジンを作ろうという企画!

https://note.com/tukamatter/n/na7e1244c5240

マガジンを読みつつ年越しを迎えるのがとっても楽しみです。


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