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祝詞 -norito-

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永遠に解けない暗号を、祈りの言葉に代えて。 詩集のような短編集のような。 書き手の意図など置き去りにして、言葉の羅列から立ち上ってくるイメージや感覚、それらが自分の内側にある世界… もっと読む
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2017年1月の記事一覧

潜在的事故願望

潜在的事故願望

ここまで寒くなると
明け方、外へ飛び出すのも毎回決死の覚悟

だけど、ひとたび身を投げ出してしまえば
あとは前に進むしかない
その、
潔さを求められるところが好き

立ち止まった横断歩道
見上げれば
ひまわりの中心が
青、黄、赤と
同じ生を繰り返す

人生には信号機がないから
生まれてこのかた事故ばかり起こしてきた

思春期に厚く着込んだ慎重さも
そろそろ丈が合わなくなってきて
最近は、
遊ぶよう

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澱(おり)の中に眠る

澱(おり)の中に眠る

彼の部屋で手に取った六法全書の中
かつてのわたしたちの表現の一部が
言葉の檻に囚われていた

|罪|罪|罪|

寝返りひとつ打てぬ息苦しさ
文字たちのひしめきは
草いきれのように

その、ありとあらゆる罪を枕に眠る
今宵きみは、
澱の中に沈めたその身で
なにを夢見る

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複色

涙も声も
悲しみの総量に等しく
用意されているわけではない
ということを知った
輪郭を持たない夜

やさしさの奥にある悲しみに気づいて
聞きなれた褒め言葉なんかいらない

悲しみの奥にあるうつくしさに触れて
あなたが抽出して見せてほしい

うつくしさの奥にある残酷さを教えて
憧れ続けることにそろそろ疲れた

残酷さを隠すための笑顔だと見抜いて
いっそ意地悪く裁いてくれたなら

混ざ

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まどろみ遊戯

渓谷のすぐそばに建てられたコテージ
障子紙を透かした朝陽が
愛しい人の瞼(まぶた)をくすぐる

ひぐらしが鳴いているから、と
ふたたび夢ごもりしようとする彼を
目覚めの口づけで引きずりだして
鬼さんこちら、湯殿(ゆどの)へといざなう

「なぜ逃げるの?」
「あなたに捕らわれるために」

彼がつかんだ衣をするりと脱け出し煙に巻く
ほらほら、手の鳴る方へ

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不眠花

 夜、大泉緑地の花壇を眺めていると、カミツレの花が眠るように閉じていることに気がついた。

「見て、花が眠ってる」

 私はそう言ってベッドの中を覗き込んだ。

「えー、ほんとに?」

 彼は疑いながら、光の中に浮かぶ白い花の群れに目を凝らす。

「ほら、こっちは開いてるよ」

 彼の指さす先を視線でたどると、なるほど確かに白い花弁は大きく開いて、真ん中に黄色い雄しべのかたまりを見せていた。

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成分表示

「小学校の六年間で、
私が割った牛乳瓶の数は
いくつだと思う?」

お風呂上りにはこれでしょ、と
当然のように差し出された牛乳瓶を手に
私は唖然とするしかなかった。

拒絶は破壊の理由になりうるけれど、
そこに正当性は溶け込めない。
(フルーツ牛乳のように上手くは折り合えないもの)

ひとつ、ルールに従うこと
ひとつ、約束を守ること
ひとつ、嘘をつかないこと

必要不必要を検査する余裕はなくて、

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乙女の晩餐

 ポテトチップス(明治じゃがままコンソメ味、プリングルスのサワークリーム&オニオン、ナビスコチップスター期間限定のあれは何味だっけ、七味唐辛子か何かが入ってるやつ)

 チョコレート(はロッテ。ラミーとバッカスがお気に入り。仕事中にほろ酔いすることもしばしばでした。あと、箱入りのガーナエクセレントは断然ブラック派。それから、忘れちゃいけないチロルチョコは種類が多すぎるので一部だけ挙げるなら、塩バニ

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グラスの中の人魚

 太陽はふくらみ、世界は光に溺れていく。
 すべての時間は窒息死、融(と)けたガラスは青褪(あおざ)めて、その中でわたしは永遠に醒めない夢をみた。

 意識が知識に埋もれゆく中で、ふと形状がわからなくなった。(こけ)蘚の生えた指先で、そっと下半身にふれてみる。そこは変わらずカタイ鱗(うろこ)に覆われていたので、わたしはまあるい溜息を漏らした。

 ——人魚は鱗が命なのよ。

 むかし、深海に住む魔

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暑中お見舞い申し上げます

暑中お見舞い申し上げます

 庭に咲いた白百合の花を手折って、ミニワンピースに仕立ててみたの。披露がてら、ちょっとそこのポストまで出かけてきます。

「太腿、いかがですか?」

 道中、ブロック塀に寝そべって、しっぽで釣りをしている猫に問いかける。

 青葉の茂る桜の木に置き忘れられた、蝉の脱け殻はお守り代わり。
 大人になった瞬間から、砂時計の砂は零れはじめる。ひっくり返してくれる存在などここにはいない。
 神様は片道切符

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冷たい女

冷たい女

吞み込んだのは
賞味期限の切れた心臓。

私は腐敗をためらうあまり、
禁欲的な温度管理に依存した。

舌の根元にはスイッチが隠されていて、
そこを人差し指で押し込むと
するすると感情が抜けていく。

命の証明/体温と引きかえに
手に入れたのは、
方程式に当てはめた愛でした。

コーヒーカップを適切に満たして、
不機嫌な虚数解をなだめることで、
退廃と憂鬱は剥がれていく。

赤い唇が花開いたら、

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影攫(さら)い

影攫(さら)い

 陽の落ち始めた公園の砂場で、私はひとり砂山を作っていた。砂場の砂をすべて使って、今まで誰も作ったことがないくらい大きな山をこしらえようとしていたのだ。

「暗くなる前に帰っていらっしゃいね」

 足元に影が溜まり始めたころ、エプロン姿で見送ってくれた母の言葉を思い出した。けれど、山を大きくすることに夢中で、私はその場から動けなくなっていた。

 スコップですくった砂の集まりを、山の一番高いところ

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無音の旋律

 ひと文字、ひと文字、紡ぐようにキーボードを打ち込んでいると、ふとピアノを弾いているような感覚に陥ることがある。

 液晶化された原稿を埋めてゆく無音の旋律たち。

 わたしは息をひそめ、その透明な音色に耳を澄ませる。その音楽が、聴く者の心をどんなふうに響かせるのかを想像しながら。

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