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祝詞 -norito-

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永遠に解けない暗号を、祈りの言葉に代えて。 詩集のような短編集のような。 書き手の意図など置き去りにして、言葉の羅列から立ち上ってくるイメージや感覚、それらが自分の内側にある世界… もっと読む
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記事一覧

Day2:自分の中にある何かが「違和感を覚えている」と、ぼくをこんなふうにさせて、嫌だ、そう言って彼は思い出したくなった

〈はじめに〉
これはバーチャル自治体・令和市の新しい試みである『クソ野郎ちゃんプロジェクト』における自動創作の実験として書かれた作品です。人間が考えた最初の一行をクソ野郎ちゃんに打ち込み、自動的に吐き出された文章を、なるべく原型を壊さないように、改行や微妙な編集を加えた上で掲載しています。
→これまでにクソ野郎ちゃんが書いた作品

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ぼくはいま、違和感を覚えている。
自分の中て

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空

 冷蔵庫の中が空っぽになったので、観念して旅に出ることにした。しかしわたしは旅行バッグを持っていない。仕方なく、目についた弁当箱の中に生活用品を詰め込めるだけ詰め込むことにした。

 着替え用の下着と洗顔料、化粧水、歯ブラシセット、日焼け止め……ブラジャーを入れただけでパンパンになっていたのに、膣もびっくりの伸縮性を兼ね備えているらしく、いくらでも入ってしまう。
 あれもこれもと詰め込むうちに、家

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あたしの猫

あたしの猫が死んじゃった
姿も声も知らないけど
今朝、なんかそんな気がしたの

あたしの猫が死んじゃった
もしかしたらまだ
生まれてもいなかったかもしれないの

あたしの猫が死んじゃった
あたしの猫が死んじゃった

あしたもまた
死ぬかもしれないけど

私の町にだけ存在するヤドリ木について

私の町にだけ存在するヤドリ木について

 私の家の近所にヤドリ木の並木道がある。世間一般に知られている宿り木ではない。それは私の町にだけ存在する、いっぷう変わった植物だ。

 足元の道——訳あって舗装されていない——には、すでに赤い羽毛の絨毯が敷かれていた。スニーカーの底で踏みつけると、新雪のようにやわらかく沈み込む。あまりに心地よいので、つい持ち帰って布団や枕を作りたくなるが、残念ながらそれは国から禁止されている。

 ヤドリ木には葉

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あの糸

あの糸

 瞼をひらくと、天から一本の糸が垂れ下がっているのが見えた。
 積極的にここから抜け出したいというわけではなかったが、ここであきらめたら先には間違いなく地獄が待っている。
 すがる思いで糸に向かって手を伸ばした。
 先端に結ばれた玉を握り締め、腕に力を込める。そう遠くない場所で、カチリ、と金属がこすれ合う音がした。
 その時、青白い光がこの目を貫いた。
 部屋が明るくなった。

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淫靡なクロエ

淫靡なクロエ

幾度も味わった
いつかの夢を引っぱり出してはまた
目の前の海に溺れる
朝も夜もおかまいなしに

水をひとさじ口に含むごとに
肺の中で睡蓮の蕾がひらいていく
この身体で
何度も何度も水を飲み続けることの意味を
あなたは知らない

花が咲いてしまう前にと
全身に巡る弦を張りつめて
淫靡な調律を続ける
ノイズを除去した
原音を響かせたい一心で

いつか あなたから注ぎ込まれるそれを
一滴残らず飲み干して

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贈り物

流れ弾を受けた覚えはないけれど
むしろ、弾丸を撃ち抜いたのは
この私なのだけれど
なぜか私の身体には
無数の弾痕が眠っていて
目覚める日を
今か今かと待ちわびている

ひとつ、再開の目処は立ち
ふたつ、繰り返し日々の再利用
みっつ、取り返しのつかない未来との和解

これらすべてを孕んだ夢を
枕元に置いて立ち去る者よ

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とけたわたしの模様

最後の一滴まで
搾り尽くすように飛び回った夜

布団の上で仰向けになり
目の端に蛍光灯のまばゆさを感じながら
薄闇ただよう天井をみつめる

わたしは翅のとけた揚羽蝶
蜜さえ吸えば
また、ふわふるふわりと飛べるのに
手足は境目を失い
夢の世界へと流れ出す

(電気を消さなくては)

その一瞬の覚醒を飲み込むのは
『ドタン場でキャンセル』

コンクリートに溶けた蝶は
どんなふうに滲んでいったのだろう?

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月になった恋人

 近くの公園に半分を鉄板に覆われた球状の電灯がある。それは見る角度によって月のように満ち欠けする。
 それと同じように、人間の頭も髪型によっては月に見えなくもないはずだ。 

 だからーー

 と、あくまでも彼は「自分は月なんだ」と言い張った。天井から吊るした透明のモビール糸に、頭部だけをぶら下げた状態で。

 三日前に彼が突然、この姿を取るようになってから、私は泣いたり怒ったり諭そうとしたり、

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空中金魚

空中金魚

 わたしの弟は部屋で金魚を放し飼いにしている。 
 水もないのにその子たちは実に気持ちよさそうに泳いで見せる。鳥のように羽ばたくでもなく、ホコリのようにただようでもなく、ぽっかりと空気中に浮かび、長い尾ひれを女の髪のようになびかせながら、優雅に移動をくりかえす。

「エサはどうやってやるの」

 と、わたしは畳の上にあぐらをかいて弟に質問した。部屋にはほとんど金魚以外にはなにもなくて、それは弟の部

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編み姫

編み姫

 今、来春の羽化に向けてせっせと羽を編んでいる。 
 陽当たりの良い窓もロッキングチェアもないけれど、すっぽり頭まで包んでくれる寝袋の中に、買い込んだ毛糸と一緒に籠るのも、案外悪くないものだ。
 それにしても、羽を一枚編むのに毛糸玉が八玉も要ることにはおどろいた。四枚でしめて三十二玉、色は烏の羽根から紡いだ黒と、りんどうの花びらを練り込んだ青、他に装飾用の翡翠とルビーも。それだけ買うと私の財布は空

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告白

告白

 折り目ただしくおとずれる生理にあこがれて、ほぼ休みなく失い続けた三月分の血液を、埋め合わせる術など私は持っていないのです。
 貧血には鉄分の補給ということで、ベランダの欄干や公園の鉄棒にこっそり舌を這わせてはみたものの(ドアノブ少女になるほどの勇気はなくて)、視界を蝕む影の気配は消えない。

 ところでこの場合、毎度きちんと排卵が行われているのでしょうか。もしや、寝かしつけるべき卵子も見あたらな

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巨影

巨影

 息苦しいのは単純に考えて酸素不足のせいで、さらにその原因を辿っていけば、空気を通さない密室に閉じこもっているからだということになります。
 だから、私の四方八方を囲っている、これ、この壁やら天井やらの正体を突き止めなくてはなりません。こいつを形作っている、私の意識の構成を見極めなければなりません。
 壁は非物質的で普段は無色透明だけど、じっと目を凝らせば、しゃぼん玉のようにとある光景を映したり表

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へその緒電話

トイレの水だまりの中から
クラリネットの音色が響いてくる
それがどんな震えを描くのかも
よくわからないまま
概念としての音色を聴き続けている

隣の部屋の床に置かれた
固定電話の線は
わたしのへその緒と繋がっていて
受話器を上げれば
いつでも腹の声が聞ける

そうしてあらゆる音が
たぶんわたし以外の誰も
観測することのできない音が
この脳に電気信号として
自己主張を繰り返していた

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