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短歌人掲載作品

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「短歌人」に掲載された津和歌子の作品です。
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記事一覧

「短歌人」2018年4月号掲載作品

居住者様

京都府から葉書来ており漢字ばかり十八個並び息つぎできず

宛名には我の名は無く生きてきてはじめて「居住者様」と呼ばるる

「労働力調査のお願い」調査せねば分からぬほどの労働力か

同棲は「配偶者あり」になるのかととりとめもなく迷いつづける

ボールペンも万年筆も許されぬ紙には何も書きたくはなし

折り曲げてはならぬ用紙を折り曲げて我はいかなる罰を受くるや

ありのままが記入されたる労働

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「短歌人」2018年3月号掲載作品

夢占い

突然に視界から消えそののちに叩きつけられる音聞こえくる

すべり台をすべるがごとくすんなりと空に踏み出てそれからのこと

咳きこんで目覚めてしまう名も知らぬひとの背中にもう出会えない

「夢占い 自殺」で検索してみれば吉夢などと書かれておりぬ

助けられなかったなどと繰り返し癒されぬまま夜が明けてゆく

今年の初夢。彼が誰なのかはもうわからないし、おそらく会うこともない。

「短歌人」2018年2月号掲載作品

訓練

「注意してください」というメール来て赤と黄色の文字の羅列や

言うことを何度も聞いてくれる子はかわいいねほらダブルクリック

何かよく分からぬものに画面上で踊り出されてケーブルを抜く

受信しただけのわたしと一線を超えた彼女の溝埋めがたく

時間差で警告メールを受信してこの訓練にも少し飽きたり

ウィルスも避けて通ると陰口を叩かれており妄想にあらず

職場での抜き打ちのセキュリティ訓練。小

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ひらがな

ひらがなの字面見ており隠したきことはひとつやふたつにあらず

「ひらがながやわらかいならハングルはどうか」カタカナ忘れ去られし

AAAをアルファベットを使わずに書けという指示まだ出ておらず

レモンより柚子を搾りて日本人にほんじんまだ砂糖が足らず

「簡体字は漢字に入るんですか?」などと遠足のように手を上げており

やわらかきものであるなら折りまげてねじまげてそれで良しと言わるる

ほらごらんこ

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桜見上げる

82円切手5枚と替えられて年賀ハガキは役目を終えぬ

ショートメールを5回に分けて送りおり終わらない手紙をきみに書きたし

ほんとうはよく知らぬひと十一桁の数字かすかに我らをつなぐ

マッチ棒のように痩せたと聞きいしが頼もしきまま近づいてくる

モダン焼に火が通りゆくそのあいだ前と変わらぬ腕を見ている

白い髪もいつしか黒く戻りおり今しばらくはそのままであれ

すでに我を必要とせぬ青年でありしと思

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いつも雪降る

改札機に拒まれており重量のオーバーあるいはチョコレート所持

PITAPA定期券が反応しなくなるこんな世の中だからどうした

「キャパシティ」なるカタカナ語にて何か主張したくなる朝この混み具合

そんなことで良いのか総括せよという意味のこと今日もどこかで聞きし

一時間で十数名が亡くなりしドキュメンタリー番組消せず

桜田門外の変、二・二六事件、山岳ベース事件、いつも雪降る

「短歌人」2017年

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忘れもの

WBC欠場というニュースなどあまた流れし訃報ではあらず

新幹線こだま号ゆえ小田原を定刻どおり通過はしない

たわむれに大統領令発令し西からの雨雲留めおきたし

別邸より漁港に至る川べりの淡々として日常のごとし

熱海、静岡、浜松、順にくちずさみ忘れものなどございませんか

「短歌人」4月号掲載作品。

きらきらの彩都

モノレールは四両編成わたしたちはみんなばらばら縛られぬゆめ

行先の「大阪空港」その横の飛行機マーク変わらずにおり

観覧車は不滅のかたちとかつて言いしひとの名前を思い出せない

「右によれ」「左によれ」と書かれたる道を上から見て通り過ぐ

「171号線」にイナイチとカナを振るべきかしばし迷いき

きらきらの彩都は枕詞にはあらざれどこの陽の照り返し

町の名を「あさぎ」「やまぶき」くちずさみその後

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雨に打たれて

失跡にはあらねど彼は横たわり横たわりしまま動かぬと聞く

すでに我はかかわりのなき者ゆえに彼は去りしとひとづてに聞く

平安の世なら祈祷をしたであろう念仏も夜ごと唱えたであろう

藤浪が壊れる前にそしてきみが壊れる前に雨を降らさむ

雨が降れば終わるものだと思いしがただ惰性的に雨降りつづく

百六十一球投げし藤浪と二十四時まで帰れぬきみと

相変わらず菩薩のようにほほえみしきみかと思う雨に打たれて

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地理が分からないから

大阪の地理の分からぬひとと居て環状線は回らぬと知れ

きみがもし東福門院和子なら家康秀忠動きしものを

こんなことになってもずっとこのままでみんな冷たいんだな――そうよ

トレーナーが半袖シャツになる前に腕を知る前に離れてゆかむ

藤原定家かきみは気づかないふりして仕事ばかりしており

思想犯に厚い書物を届けたるおんなか我の前世思いぬ

きみは地理が分からないからどこへでも行ける財布も鍵も持たずに

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ノイズ

そのうちに花でも供えられるのか着任二日後に辞めし者あり

いっそのこと壊れたらいい壊れたら壊れる前にはたぶん戻さぬ

きみの耳を指でふさぎぬ求めらるるままにふさいで風に吹かれて

前任者に寄りかかってはならぬとの掟がありや背を見ておりぬ

「このままどこかに消えてゆけたらいいのにな」部下に言いおり我には言わず

ノイズとは騒音の意にあらざればきみに心地良きこともあるらむ

窓をあけてごらんすっかり

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看取り

この部下ももうすぐ居なくなるのかと思いぬ今は隣におりぬ

もうこれでかまわないからおかえりと言うことも部下の看取りのひとつ

「退職のご挨拶」送信終えし部下と二十三時のタクシーに乗る

またどこかでめぐりあうかもしれないねそのときはきみの部下かもしれず

アカウント削除申請 部下たちの最終出勤日の翌日に

「短歌人」2016年6月号より

カロリーメイト

リストラにはあらねどやがて八名が去りゆくというフロアにおりぬ

八名のうちのひとりは四十代後半独身女性の我で

人材は育つものゆえ全員が辞めても支障なしと言わるる

更新の面談の席 担当者の遅刻の理由は勘違いとぞ

「CSR行動規範」本社より郵送で届けられても空し

後任は正社員ゆえ手当あり数名分の仕事を為すや

買い置きのカロリーメイトは期限切れ開封したり腐ってはおらず

「短歌人」2016年5

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レクイエム

レクイエム

浜側に向かって歩く靴音も少し湿り気帯びて来たりし

迷いようもない気がしつつゆっくりと国道2号線を横切る

子どもらがボールを蹴りぬいにしえの御曹司らの生まれ変わりか

かつて山羊が飼われし庭に犬二匹目的もなく走り回りぬ

須磨海浜公園かつて洋館がありし温室も花園もありし

焼夷弾の炎のなかでうつくしく崩れてゆきしもののかずかず

レクイエムのようなさざなみいつの日か海を越えると言いし日もあり

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