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祝、還暦

今日、母が還暦を迎えた。

今から10年前、50歳の時には長い長い日記を書いた。
2012年、この年は僕たち家族にとってとても大きな一年になった。
年明けに親父が53歳で亡くなり、僕は店と自宅と持ち物を手放し旅に出て、母と弟は長く暮らした実家を離れ、三人がそれぞれ新しい人生を始めることになった。

そして母は、人生で初めて一人暮らしを始めた。

この10年間は一体どんな時間だったのだろう。
年齢を重ねる毎に、月日が経つスピードに変化を感じている。
僕が感じていた10年と、母が感じていた10年には、どういった違いがあるのだろうか。
見ていた景色や、誰かを思う気持ちは、どのような色合いだったのだろうか。

母は50代半ばくらいから、終活という言葉をよく口に出すようになった。
高校を卒業してすぐに僕を産み、20代後半で僕と弟を一人で育てる決断をし、50歳で一人暮らしを始めた。
新しく訪れた時間の流れの中、自らの人生を振り返り、そしてこれからの時間について思いを巡らせ、ゆっくりと何かを企てているのだろうか。
終活とは言うけれど、そこには決して悲観的な様子はなく、むしろ遠足の準備でもするかのような朗らかさがある。

僕が母から学んだことの一つは、底抜けの明るさだと思っている。
それは、笑顔という意味でもあるけれど、強さからくる明るさだと感じている。
肚が座っているからこその明るさ、とも言える。
あるいは人の痛みが分かるからこその明るさや優しさや、大丈夫だと思える心かもしれない。

しかし、僕はこの10年間のうちの半分くらい、笑顔や明るさとは無縁の日々を過ごした。
僕はとことん絶望していた。
心の底から笑えないということが、どれだけ辛いことかを経験した。

しかし、そんな時でも、母は笑顔で僕を迎えてくれた。
心では泣いていたのかもしれないけれど、その笑顔に何度も救われた。
涙を見せずに泣きながら、喉の奥を閉めて口角を上げてくれていた。

僕は今、10年前に立てた誓いや母から学んだことを、一体どれだけ実行出来ているのだろうか…。

母には三人の孫がいる。
三人とも女の子で、三人とも元気いっぱいだ。
新しい家族の誕生は、その周りにいる人たちの心も明るく照らす。
想像のつかない新しい幸せな経験をする時、心身には今まで経験したことのない軽さや優しさや温かさを感じることになる。

僕が母に望む唯一のことは、このまま母らしく生きていってほしいということ。
本当にただそれだけ。
ああしてほしいとか、それだけはやめてくれとかももはや無くなった。
仕事終わりに水のように飲むビールも、全くチェイサーを飲まないことも、10代から吸い続けている煙草も、大好きな小説やローリングストーンズやダイアーストレーツも、行きすぎなくらいの旅行も、もう何もかも大いに楽しんで欲しい。

節目となるこの新しい歳が、母にとって何章目に当たるのかは分からないけれど、いつまでも母らしく日々を過ごして欲しいと心から願っている。

これからも沢山の楽しいことが待っている。

誕生日おめでとう。

僕の大好きなお母さん。

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