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長旅の疲れ、ミラノ

イタリア初日の夜。
とてつもなく懐かしくて、歯痒くて、愛おしい記憶が蘇る。

ミラノ到着日。旅の初日。
着席しながらうつらうつら仮眠は取ったものの、19時間のフライト、一回の乗り換えを乗り越えて辿り着いたイタリア。肉体的に疲れていないはずがない。ましてや昔とは違う、もう30代も半ばを迎えるおじさんだ。すぐ肩は凝るし、頭痛も頻発するし、階段も5段上れば筋肉が辟易し始める。十分な睡眠は健康の要だ。身体の疲れは、ただでさえネガティブな思考と精神を加速度的にそちらへ向かわせる。
本当に多いから気をつけて、と誰もが口を揃えるイタリアのスリ事情。常に、何をするにも常に警戒心を解いてはならない。周りに人がいなくても、自転車で一瞬のうちに持っていかれるかもしれない。電車などでは扉が閉まる瞬間に公然と盗まれるからドア付近に立ってはならないといわれる。盗まれる方が悪いのだ。
電車ひとつ乗るにも募る不安。乗り方を間違えると高額な罰金があるらしい。
排気ガスの臭い。中央駅から最初に歩く大通りは交通量がとても多くて、想像を超えて空気が汚い。アプリによれば東京よりもはるかに空気の質が悪いらしい。確かに空気が明らかに白く淀んでみえる。
宿の固いベッド、臭う荷物入れ、イマイチ効かない空調。
時勢の円安もあって何をするにもお金のかかる旅そのもの。


そんなに嫌なことばかりならば、来なければよかったのか。
せっかくたくさんのお金をかけたのに、お店も長期間休んだのに、こんなことを思ってしまう自分は間違っているのか。

昔から変わらない、ネガティブなところへの着眼点と深掘りが天下一品なのだ。似たようなことを、大学生の時にも思っていた。
お金をかけて、時間をかけて、しんどい思いをして、一体こんなところまで来て何をしているんだ。何かを得ているのか。何かを得なければならないんじゃないか。
懐かしい。本当に懐かしい。
しかしもう知っている。それでいい。何をどう思っても、思うことに蓋をしたらもっとしんどい。それは間違いない。

それにそれだけじゃない。
心動く瞬間もたくさんある。
映画のようなミラノ駅の壮大さ。異世界、異国の興奮。街に鳴り響く教会の鐘の音。
きっとこの旅が終わる頃には、あるいは旅から帰って何ヶ月後、何年後には、「あの頃行って良かった」と思っているという自信はある。大学生の頃の旅が今となっては何にも代え難い思い出に変わっているように。
楽しもうとかも思わない。勝手に楽しくなったりしんどくなったりする。
とにかく思うままに、なるべく流さないで書き残しておきたい。

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