文名
実話です。 結末はまだ決まっていません。現在生きながら作っている最中です。 【あらすじ】 オーストラリアに留学中の僕は新しいシェアハウス先が以前訪れた場所だと気づく。そして突然、身知れた友達との共同生活が始まる。
文名の連載シリーズ「夕方の店当番」をまとめています。 一つ数分で読めるのでぜひちょっとした時間に読んでください。
人はみんな自分の中にキャンバスを持っていると思う。生まれた時は真っ白で綺麗なキャンバス。そのうち、いろんな経験を経て、自由に彩られていく心のキャンバス。そして自分の色になる。そして僕のキャンバスはガラスでできている気がする。薄い画材ではなかなか色が入らない。弾いている。そんな気がする。もしくは白のキャンバスの上に包装が施されている。いややっぱりそれも違う。 キャンバスなんて心の中にはないのかもしれない。 そして経験とは油への絵の具。考えて塗れば綺麗になるし、テキトーに塗れ
オーストラリアに来て半年が経ちました。学校を卒業してからの毎日は特に新鮮なこともなく風のように過ぎ去っていきます。 焦らすものでもないので早速見ていきましょう。 10月は特に旅行をすることもなく黙々と働いていたような気がします。週の収入は$700くらいでした。 週4日勤務で3日休み。 適度に働いて休んでいた気がします。これこそ理想のワークライフバランスな気がしました。 しかし、休みの日に遊ぶ友人がいないというのも悩みでした。なのでむしろ仕事に行く方が楽しみだったの
来月で僕も二十歳になる。 成人式にはオーストラリアにいるので行けない。 去年になるまで、成人式は必ず行くものだと思っていたし、二十歳の誕生日を海外で過ごすなんて想像もしていなかった。強いて言えば、大成建設の「私は今シンガポールにいます」のcmに憧れたくらいだ。しかし現実は同窓会すら誘われない悲しい事実だけが残る。どちらにせよ僕は欠席だったから構わないのだが。 二十歳という節目に際して昔の記憶が蘇った。 小学四年生に時に書いた「二分の一成人式」での「20歳への自分へ」だ。
世の中の人間の殆どが脇役なのだ。当然僕もそちら側。オーストラリアに留学に来て僕はメルボルンマラソンに参加した。マラソンといっても僕がエントリーしたのはたった10kmのコースだ。 溢れるほどの人混み。オーストラリアこんなにたくさんの人がいたのだと痛感する。多民族国家ならではで、多種多様な人種の人を見ることができた。僕が感じたのは、みんな一緒なんだと言うこと。同じ人間で優劣なんてない。それはつまり、「黒人だから足が速い」 だとか「アジア人だから弱い」だとかがないと言うこと。走
「おばあちゃんからお小遣いもらってるからお礼言っときや」 母親からラインが来てた。 「どっちの?」って返事をしようかと思ったら手が止まった。 書こうと思ったけど書けそうにない。 命が永遠じゃないことに気づいたし、もう1人のおばあちゃんは僕の心の中に生き続けている。 今の出会いに有り難みを感じよう。
史上最も支出の多い月でした。 9月の上旬。日本からの来客がありました。円安の影響もあり、みんなまだ学生なので豪ドルを稼いでいる僕が基本支払いを担当しました。 そしてシドニー旅行。できるだけ節約はしましたが、それでもお金はかかりました。 そして、11月開催のメルボルンカップにも申し込みました。非常に楽しみです。 合計支出額は28万円ほど、圧倒的過去最高額です。 しかし幸運なことに、9月はそれ以上の収入を得ることができました。今まで僕は一つの職場だけで働いていました。
村上春樹氏のカンガルー日和を読んだ。23編の短編小説からなるとても読みやすい短編集。タイトルのあったカンガルーに興味を惹かれて読んでみたけど、実際はオーストラリアとは何も関係がなかったのが少し残念。元々は書店に並ばないような雑誌に掲載していた作品を収録したものらしいので村上春樹氏が好きなものを好きなように書いたような気がする。 村上春樹氏の作品は小説なのかエッセイなのかが分かりにくい。内容が明らかにファンタジー要素を含んでいれば自明だが、日常を描いたストーリーだと、どちら
聞きなれないアラーム音で目覚めた。 しかしそれはアラームなんかじゃなくて電話の着信音。受信元はバイトの同僚。そこで目が覚めた。 僕のシフトは10時からで、時計を見るとすでに10時17分。ここからバイト先まで電車で40分ほど。 「すぐいく!」 そう言い残してすぐに支度をした。ズボンを履き替えて、上着は寝巻きのままで行った。見た目が寝巻きっぽくないからだ。コンタクトレンズと村上春樹の本を持って家を飛び出た。 駅に着いたらまず、電子改札にタップした。次の列車は6分後。僕は今す
オーストラリアに来てちょうど半年が経った。当初思い描いた留学生活は遅れていないが、楽しい日々を送ってはいる。 最近ポストカードを買った。でもまだ何も書いていない。10月のうちに投函したい。今月誕生日の弟に送ろうかな。 今週の中旬にはメルボルンマラソンがある。僕は10kmの部門に参加する。楽しみだが、もっと練習しないといけない。マラソンが終わったら、新しい靴でも買おう。今の靴はもうすり減っていてボロボロだし。次は革靴が欲しいな。だからお金を貯めよう。 人間は同時に「恋愛
メルボルンの日本フェスティバルの無料中古本コーナーにポツンと置かれた本。 落合信彦という文字を見て、日本にいる父を思い出した。父は落合信彦の著作が好きで昔はよく読んだらしい。昔父が「多分まだ残ってるから持ってくるよ」と落合信彦の本を大量に持ってきてくれるはずだった。しかし、それはすでに廃棄なり売られたりしていて僕は落合信彦の本を読めなかった。唯一、Amazonで買った「モサド、その真実」だけが僕の落合信彦の記憶だ。 だから、ダンボールに入った落合信彦の本を僕は抱えて家に
ポストカードを買った。 雑貨屋さんの壁一面に張り巡らされたカラフルなカードたち。 大半が誕生日を祝うもだけど。 僕は何気ないことを書いて日本に送りたいと思った。 もう少しで誕生日の弟にはバースデーカードを。 出発前、空港で手紙をくれた友達にはお返しの手紙を。 アルバムをくれたサークルの子達に向けてサークル宛にも出してみようかな。 みんなのところに届くかもわからないけど。 SNSでは感じ取れない手間がまたいい予感。 海の向こうの友達に思いを馳せて さあ行って
7月に学校を卒業して、仕事だけの生活が始まります。僕の人生で学校に行かない期間というのは赤ちゃん以来です。8月にあった大きなイベントは引っ越しです。合計2回引っ越しました。そして、最初に住んでいた家から$250も安く、1ヶ月住むことができるようになりました。 $2900の収入を8月で得ることができたのですが、そのうちの$750は一番最初の家に引っ越したときにオーナーに支払ったボンド、日本でいう礼金が返ってきたことによる収入です。ですので、仕事で得た収入は$2100ほどで
広大なオーストラリア。その広大さ故に、主な交通手段は飛行機だろう。しかし、飛行機に乗るには高額な金額を費やす。そこで僕はいかにして安く、そして効率よく移動できるかを考えた。 行き先はシドニー。首都に間違えられがちな、オーストラリア最大の都市。僕の住むメルボルンからは約870kmほど離れていて、日本でいう大阪と東北を結ぶ距離だ。オペラハウスやハーバーブリッジなど、オーストラリアを代表する建物は大抵シドニーにある。 メルボルン-シドニーを飛行機で行くと片道1万円以上はするだ
笑うだけで 僕の口角 引き上げる その魔法は どこで習うの
昨年1年間、集団塾の講師として高校生を教えて一つ気づいたことがある。それは題名にある通り、人は簡単には行動しないということだ。 「来週までにこれをしといて」 みたいな感じで、宿題などのこちらの一方的な命令をしてこないのはわかる。しかし、案外強制力のあることにはみんな真面目に取り組んでくる。罰則さえつけれ場の話だが。 私が言いたいのは 「先生、英語ができるようには何をしたらいいのですか」とか 「おすすめの本を教えてください」 と言った自分から求めてきた問いに対する答えだ。
SNSが発達した昨今、新聞やテレビなどのメディアに触れる時間は昔よりも年々少なくなってきている。テレビを見るよりYouTubeを見た方が面白い。そらそうだ、YouTubeは見たい時に見たいものをみれるから。なんて便利な世の中なのだろうか。しかし、一見幸福に見える出来事にも欠点はある。それは「自分にとって都合のいい情報、求めている情報にしか目を向けなくなること」 YouTubeなどのSNSでは、自分の見たくない情報は避けることができる。それは自分の世界を狭めていると思う。予想