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アイスネルワイゼン三木三奈6

第6場面 小林との会話

このタイミングで小林から電話がくる。小林はよし子から苦情を言われて、何があったか電話して来たのだ。当然、琴音は話が違うと小林をなじる。小林は雇用主として、何があったか知っておきたいと言う。友達として引き受けたと思っていた琴音は、その言葉に激しく反応する。琴音は小林のことを"金の亡者"と言い、小林は琴音のことを"サイコパス"、"人間じゃない"、と言う。その証拠に高校時代の話を持ち出す。
 マックに琴音、小林、加藤の三人がいた。加藤は家が破産して大学に行けなくなった。弟だか妹だかも私立中学を辞めなくてはならない。そうガン泣きしてる時に、隣のテーブルの外国人のイケメンが手紙を回してくる。小林が加藤のためにビックマックを奢りで買って帰ると、泣き崩れている加藤をほったらかしにして、琴音はイケメンの席に行って楽しそうに英会話していた。そういうとこがサイコパスだと言う。琴音はそのことに上手く反論できない。
結局、琴音はPTSDということにして、小林がよし子に詫びを入れることになる。
 小林はよく言葉を知らずに、エスカレーションをエスカレーターと言ったりPTSDが出てくるまでPPAP(ピコ太郎、懐かしい!)といったりする。PTSDの定義もよくは知らない。PTSDは、過去の心的外傷がフラッシュバックして、日常生活に支障をきたす、というものだが、それを小林は側にいる旦那から教えてもらっている。ただよし子への無礼の言い訳として使いたいだけだ。
だが、ここでPTSDを持ち出してきたのには、作者の戦略がある。
高校時代のエピソードから、琴音は他人へのシンパシーを感じにくい性格であることがわかる。優の目のことに強いて触れないのも、それは思いやりから来るものではなく、そもそも他人に寄り添う感情が、琴音は少ないからなのではないか。これを称して小林は、サイコパスと言い、人間じゃないと言うのだ(後にそれは、"人間"ではなく"人間味"と訂正されるが)。嘘つきで感情がないという、小林の琴音評も、あながち間違ってはいない。
でも、だからといって、琴音は特殊な人間であるかと言えば、そうとも言い切れない。社会には確かに、自分以外のものへの関心が薄く、自分中心の人間はいる。ミーイズムではないが、そうした人間が、社会の中で増えているような気がする。そうした人間は、悪気はなくともその言動で人を傷つけることがある。なぜ相手のことを考えもしないで、そんなことを言ってしまうのか理解できないこともある。個人の価値観が尊重され続けている世の中で、そうした人は自分を振り返る機会がない。すぐには社会生活に影響はないだろう。そうした人間は、嫌なことがあっても、それは基本他人のせいなので、自分はこんなに努力しているのにと、反省はしない。しかし、短いスパンではやり過ごせても、長い時間の中で、やはりそうした人は追い詰められ、孤独になっていく。
PTSDではないが、琴音には何が強いストレスがあって、それがそうした傾向を助長しているように見える。普段なら聞き流して済むようなことに、今の琴音はいちいち反応してしまう。では、その強いストレスとは何か。それは明日会う予定のT市にいる彼氏なのではないか。

小林は、"金の亡者"であることを自覚している。琴音には自分がどんな人間なのかの自覚がない。電話の会話で、なんとなく小林の方が余裕を持ち、マウントをとっているようにみえるのは、それが原因だろう。琴音は無自覚のうちに、よくない方向へよくない方向へと進んでいる。

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