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小説精読 少年の日の思い出9

さて、母親の登場です。

不思議なことに、このお話、父親が出てきません。大人の男性は、冒頭のハイソ二人組だけです。この二人が、このお話の父親像なのか、まぁ、よくわかりませんけど、物語の時間軸の中には、ぼくの母親しかいない。

母は、ぼくの話をすっかり聞いて、毅然と言いますね。エーミールのところへ謝りに行け、と。今日中でなければならない、と。自分の息子が間違いをしでかした。12歳であっても、自分のケツは自分でふかせる教育ですな。すばらしい。12才つうと、日本で言えば、小学校6年でしょうか。日本なら、子供を連れて親が謝りに行くパターンですな。さすがドイツ。個人主義が徹底しております。

で、言いたいのは、母の存在がここで初めて意識されたということです。ぼくが社会性にめざめ、自分の行いが、社会のルールを激しく逸脱している。そう気づいたとき、ぼくは初めて母を意識できるのですな。自閉していたぼくには、母は見えなかった。

で、母はぼくに社会のルールを教える。バックレちゃだめだ。自分のしでかしたことは、自分の責任において決着させろ、と。ぼくを対峙させるのですな。エーミールに? いゃ、それだけじゃない。社会という壁そのものに。社会は世間と言い換えてもいいですな。世間とはあなたのことでしょう、と太宰治は言った。らしい。だから、世間とはエーミールのことなのです。


エーミールは不思議な少年です。前にも書きましたが、欲望というものがない。勉強もできそうだけど、テストでいい点とっても喜ばないでしょうな。子供らしさがない。というか、人間らしさがない。何が楽しくて生きているのか、わからない。モンスターですな。モンスターは人の心がわからない。ぼくがどんな気持ちで告白したのか、わからない。母にはわかる。で、母は言いましたな。エーミールに、自分がやったと言うこと。謝罪すること。自分のコレクションのどれでも代わりにしてもらうよう申し出ること。

ぼくは自分がやったと言いましたな。自分の収集を全てあげると言いましたな。でも、謝罪の言葉は言えなかった。言う前に、エーミールが冷徹にぼくを侮辱したから。少年の日の思い出を語るとき、必ず出てくる名文句がここでエーミールの口から語られる。

「そうかそうか、つまり君はそんなやつなんだな」

怒って言っちゃダメですな。なるべく冷静に。できれば薄笑いを浮かべながら。では、皆さん、ご一緒に言ってみましょう。サンハイ!


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