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捜査員青柳美香の黒歴史10

「助手ってなんですか。僕を監視しようっていうんですか」
「まあ、平たく言えば、そうですが」
「断る。冗談じゃない」
 と怒ってみせるが、相手には全く通じない。
「でも、あなたは監視対象なんですよ」
「わかった。君がするんだな」
「ご名答です」
「じゃ、勝手にすればいいじゃないか」
「そうなんですけど」とうつむき加減で、肩までの伸びた髪をくるくるする。「あたし、尾行とか、そんなうまくないんですよね」
「僕を尾行するのか」
「はい。仕事ですから。でも、あたし、上手じゃないんです。すぐ分かっちゃうんです。下手なんです」
「それは、そっちの問題でしょ」
「でねでね、考えたんです」と目を輝かせて言う。「尾行するから駄目なんだって。それなら堂々と、その、なんですか助手として、くっついてればいいって。ね。名案でしょ」
「そんなこと、僕には関係ない。尾行したかったら、尾行すればいい。勝手にしろ」
「それがですね、簡単に見失っちゃうんですよね。こないだもちょっとトイレいった隙に逃げられちゃって」
「トイレなんか行くからだろ」
「だって、トイレは生理現象じゃないですか。仕方ないじゃないですか。部長だって、そりゃ仕方ないって言ってくれましたよ」
「そんなの知らない。だってほら尾行とか、そういうの二人一組でやるんじゃないの。なんかで聞いたぞ」
「まあ、警視庁とか人が余ってるとこならねえ。所轄じゃ、ちょっとそこまで人員割けませんしねえ。それにまだ犯罪行為じゃありませんし」
「犯罪じゃないんなら、尾行なんかしなきゃいいだろ」
「だ、か、ら、まだって言ってるんじゃないですか」
 むう、と少し考えた。どのみちくっついてくる気だ。ほっとけば、いいようなものだが、いや、まてよと考え直した。
「条件がある」
「わあ、了解してくれるんですね」
 両手を胸の所に組んで、ぴょんぴょん跳ねる。こいつホントに警察官か。
「だから、条件がある」
「なんですか」と小首を傾げる。
「君の持っている情報がほしい」
 いやいやいやと片手を振られた。
「そんな、捜査上の秘密はお教えできません。あたしの首がとびます」
「だから、捜査上のことはいい。一般的なことでいい」
「一般的なことなら自分で調べりゃいいじゃないですか」
 いちいちカチンとくる。
「自分で調べてもいいが、時間がかかるだろう。僕は一刻も早く奥泉に行きたいんだよ」
 ああ、ああなるほどという顔をする。「なーるほど」と口にまで出す。「そうですねえ、そうだなあ、どうしようっかなあ」
 無視してドアノブに手をかけると、慌ててその手を押さえて「はいはい、わかりましたよ」とキレ気味に言われた。なんでキレられなきゃならんのだ。
「で、何が聞きたいんです」
 泥でも付いたように手をはたく。いちいちカチンとする奴だ。
「そうだな、まずは憑神教について」
「ほほう、いきなり核心を突いてきますな」
「いいから、話せ」
「どのくらい知ってるんですか」
「なんで」
「だって、わたしウッカリさんだから、言わなくていいことまで言っちゃいそうで、まあ、あなたの間違った知識を正すぐらいなら、ご協力いたしてもよろしいかと。あらあらかしこ」
 物言いが、いちいちイライラさせる。でも、これは使わない手はないだろう。
「じゃ、言うから、間違ってたら訂正してくれ」
「はいはーい」
「憑神教。宗教法人としての認可は昭和四十五年。すでに教祖は死去。今は二代目の山田昇が宗派を継いでいる」
「正解」
「踊る宗教として有名」
「今は踊ってないですけどね」
「じゃ、何してんだ」
「黙秘します」
 睨みつけるも、涼しい顔だ。
「踊るって、みんな踊ってたのか」
「黙秘します」
「わかった。失格だ。もう用はない」
 ドアに近寄る。
「わーわーわー。分かりましたよ。じゃ、ちょこっとだけですよ」と渋々続ける。「踊るのは教祖さまだけだったようです。踊って、なんていうんですか、その、わけわかんなくなってーー」
「トランス状態」
「そう、そのトランス、トランスになって、神様のお告げを言ってたみたいですね」
「占いか」
「まあ、そんなもんです。それが当たるって評判になって」
「じゃ、代替わりしたら駄目じゃないか。その山田昇もお告げ言うのか」
「山田昇はしないみたいですよ」
「じゃ、何目当てでみんな集まってくるんだ」
「さあ」
 目を細めて睨んでやる。
「そんな疑り深い目で見ないでください。まあ、行きゃあわかるでしょ」
「まあ、それもそうだな。続けるぞ」
「はい、どうぞ」
「信者一千人。でも、これは水増しされた数字だと睨んでる」
「ぶー」
「なんだよ。信者数なんてたいがい水増しだろ」
「ねえねえ、警察で防犯カメラの映像見たんでしょ」
「あっ」
「あんな電車に人数乗ってたんだから、千人ってことはないでしょう」
「まあ、そうだな」
 こんな小娘にやりこめられて、なんだか悔しい。
「まあ、二、三万人くらいいるんじゃないでしょうかねえ」と鼻をヒクヒクさせる。「で?続けてください」
「……」
「あれ、もうないんですか」
「ちょっと待て、手紙持ってくる」
 動こうとすると、その前に通せんぼうされた。
「ここまでです。どうですか助手の件?」
「どうせついてくるんだろ」
「はいー!」
「じゃ、助手にしてやるよ」
「ありあたんしたーあ」
 と大声をあげた。

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