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あの頃13

結局、「恐るべき子供たち」の読書会には参加しなかった。
読んだが、よくわからなかったからだ。ギリギリまで参加しようと思ったが、いけなかった。いきなり自分の読解力のなさを晒すのは、気が引けた。
一度、例会を欠席すると、次はなかなかいけないものである。3、4日行かなかったが、結局、大学で居場所もないので部室に顔を出した。とりあえず小説もできたんで、それも提出しなければならなかったし。

部室には結構人がいた。みんな提出された原稿を読んでいる。
ーーども、です。
なにか言われるかと思ったが、誰も何も言わなかった。
私は原稿を箱に入れた。
ーー書いたんだ。
4年のMOさんが、言ってくれる。
ーーはい。
と返事して、私も余ってる原稿を読み始めた。

5月になって、最初の合評会が開かれた。
新入生で原稿を出したのは、私とHだけだった。 E女史とWは出さなかった。二人は長編志向らしかった。 KOは出したのかもしれないが、記憶にない。先輩方も出した人は半分くらいだった。
合評は学年が下のものからやる。
まず、全員が感想をのべて、その後は、自由討論となる。最後に作者自評。

まずHの小説。

評は芳しくなかった。私も正直、推せない。人物が書割みたいで、生き物感がまるでない。それをわざとやってるならまだいいが、本人は無自覚なようだった。
どうやら口はたつが筆はたたないタイプらしい。いや、最初の一回で決めつけるのはまだ早計か。

次、私の番。

Dさんが口を開く。
ーーさっき言い忘れたから言っとく。合評会は学年関係ないから。駄目なら駄目で、学年上だからって忖度しないで。逆に、下級生だからって、温情はかけない。いいものはいい。悪いものは悪い。自分の感性を信じて正直に言おう。いい?

頷く新入生。

じゃ、俺から感想。まず最初からよく出せたと思うよ。初めて書いたんだって? 初めて書いて、とにかく終わりまで書けたのは評価できるよ。書ききって、見えてくるものもあるしね。

で、中味だけど、つまんないね。テレビで散々見せられたお話、また見せられたって感じ。パターンから抜け出さなきゃ。これテレビドラマの焼き直しにしか見えない。退屈。

全否定。全身で恥ずかしい。しかも逃げ場はない。言われるいちいちが、まぁ、そうかもな、そうだな、と思う。銃殺刑で蜂の巣にされる気分だった。
いや、まだ一人目だ。部長のハードルが高いのだ。

私の小説の概要。駅前に1人のホームレスがいる。彼と様々の人が触れ合い、それぞれが自分の歩んできた人生を吐露する、みたいな感じ。

次、Sさん。

一言でいうなら、マスターベーション。

いきなり。思わず女性の皆さんの顔を見る。だが、誰も反応しない。新入生のE女史までも、普通に聞いている。どして?

書いてて満足した? かくってマスじゃないよ。

どこまでも、下品。

たぶん書いてて、気持ちよかったと思うんだ。おまえ、ナルちゃんだな。思うんだけど、これ商品になんないよ。何様ですか。誰もお前に興味なんか持ってないって。勘違いしてる? お前は太宰治でも、遠藤周作でもないの。お前の価値観なんて、誰も興味ないんだって。そこがわかんなきゃ、幾ら書いても無駄かもね。イカしてよ。お前がイクんじゃなくてさ。

言われて、小説が下手で、そこは言われていいんだけど、なにか納得いかない気がした。Dさんの時と違って、なんか違和感があった。罵倒されることへの反発ではない。何か根本的に、Sさんとは小説に対する考え方の違いみたいなものを感じた。
それは何だろう。悔しいけれど、今は言葉にできない。

他の人からも色々言ってもらったが、まるで覚えてない。ただ、4年のMOさんが、

えー、そうかな。まぁ、パターンちゃパターンだけど、あたしはわりかし好きだよ、この小説。人間の思考なんて、所詮パターンから逃げられないと思わない? 逆にパターンから外れた人間が駅に集まってきたら、怖くない?

と言ってくれた。すると、すかさずSさんが、

俺はそっちの方が読みたいし、面白いと思う。

と言った。MOさんは、そっかあ、その方が面白いちゃあ面白いけどね。と矛を収める。

実を言うと、もっと応援して欲しかった。Sさんはそれで面白いかもしれんけど、それを面白がれる人間はいったい何人いる? Sさんの考え方こそマスターベーションだろ。

この場では言わなかったが、夏合宿で、この小さな齟齬感が、大惨事となることを、まだ誰も知らない。
勿論、私も、まるで知らない。

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