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アイスネルワイゼン三木三奈8

第8場面 優の家(クリスマスプレゼント)

優の夫がクリスマスプレゼントを置きに、息子の部屋へ行く間、二人の会話は続く。
優は、
パソコン教室に通ってること。
社会と関わりを持ちたいと思ってること。
サンタさんを信じられなくなった日のこと
などを話す。
琴音は、「そうなんだ」と相変わらず、さして関心のなさげな相槌をうつ。
親が枕元にクリスマスプレゼントを置くのを見てサンタを信じなくなった、と優は言う。まさに今、夫はクリスマスプレゼントを置きに席を外している。
プレゼントの他に、靴下にお菓子を詰めるのが優の家の恒例で、琴音もそれを手伝う。靴下の中には願いごとを書いた紙切れが入っていた。目の悪い優には、それが読めない。琴音は優から紙を渡されて内容を読んでしまう。
 息子はスイッチが欲しいと言っていた。なのに、手紙には、 

ママのみれる目ください。スイチは、がまんします。

と書いてある。
琴音は、スイッチが欲しいって書いてある、と嘘を言う。夫も読んだので、その手前もあるのだろうが、優を悲しませないように、"思いやりある嘘"を言う。琴音が、他人を慮って、その気持ちに寄り添ったのは、この小説が始まってから、およそ初めてのことである。
息子の切なる願い。
それを知れば、息子の優しさに優は泣くかも知れない。そして息子に心配をかけている自分を責めるかも知れない。
夫はそれを踏まえて、紙には「スイッチが欲しい」と書いてある、と言ったのだろう。琴音もその気持ちをなぞり、優がこれ以上、自分を責めることがないよう、「スイッチが欲しい」と書いてある、と嘘を言った。
夫が靴下を持っていく間、優はまた話し始める。
二人とも目の見えない夫婦が印鑑を落として朝まで探した話。
それを聞くと自分はまだ恵まれていると思うという話。
琴音の顔色は青くなる。仲のいい夫婦の話を聞くうち青くなる。

夫が帰ってきて、優はコーヒーを飲むか、と琴音に訊く。重ねて、カフェイン入りかノンカフェインか訊く。なぜそんなことを訊くのかと言う琴音に、優は、

「妊娠中はカフェインって、ダメじゃん」

と答える。琴音は否定するが、この後、トイレに行って吐くシーンもあるので、妊娠はほぼ確実である。そうであるなら相手はT市の彼氏以外考えられない。
なぜ優がそれに気づいたかはわからない。体の感覚を一部失った人は、それを補うべく、他の感覚が鋭くなるというが、それかも知れない。
優は"思いやりのある本当"のことを言う。
ただ、なぜ琴音は妊娠を否定するのだろう。昔のように、結婚前に子供ができることを恥じることはない。今ならそれは別に普通のことだ、と優も言う。全くそのとおりだ。
琴音は、優は二人目を考えているのか、と話を逸らす。
優は自分の遺伝性の病気のことを考えると難しい。息子も将来目が見えなくなる。今日、ママは目が見えたら、うれしいかと息子に訊かれた、などと話す。
ここで琴音は吐き気に襲われ、部屋を出て洗面所に向かう。その途中で、階段を降りて、こちらを伺っていた息子の影を見る。
息子が下の部屋の様子を伺う理由はひとつしかない。自分が仕込んだ紙切れに、親たちがどんな反応をするのか知りたかったのだ。

ママのみれる目ください。スイチは、がまんします。

表では「スイッチが欲しい」と言っておいて、紙には「がまんします」と書く。代わりにママの目を見えるようにして欲しい、と。こっちが本当の願いである、と。
人は時に叶わぬ願いを神仏に祈る。奇跡を思う。それは、ひたすらに尊い、美しい行いだ。
だが、息子は、そうした自分の行いに、親がどんな反応をするのかを見に忍んでくる。

息子は、素直だ。子供らしい無邪気さもある。サンタのことを信じて夢見ている。母に雪を見せようととする優しさも持ち合わせている。そう見えていたが、実は、サンタが父親だととっくに知っている。だから、サンタに願いをかけても、叶いはしないと知っている。なのに、いるはずのないサンタに、ママの目を治して欲しいと書き、その代わりスイッチはいらないと書き、そう願う自分のことを親はどう見るのか、その反応を確かめたい、と思っている。
 別に子供が無邪気であれと言っているのではない。ただ天使のように見えた息子が天使でなかっただけだ。

ここに、息子を天使と信じている夫婦がいる。自分を天使と思わせようとする息子がいる。幸せな家族がいる。琴音は、我慢できずに、トイレで嘔吐する。


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