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常時接続社会

攻殻機動隊という作品をご存じでしょうか。近未来、人間の脳にマイクロマシンを導入し(作中ではこれを電脳化と呼んでいます)、脳から直接コンピュータネットワークに接続することが可能になった世界を舞台としたサイバーパンクです。この中に『個別の11人』(Individual Eleven)というエピソードがあります。
 
個人的に『個別の11人』は印象的なストーリーの一つで気に入っているのですが、今回の内容とは直接関係ないので詳細は割愛しましょう。ストーリーの中核をなすのは「英雄」を演じることを自らに課した「クゼ」という男。クゼも電脳化しており、不特定多数による自身の電脳への常時接続を許可しています。つまり自らの思考を数百万人という人々に常に公開し続けているわけです。
 
この設定を自分の体感として想像しただけで、私は底知れぬ恐怖を抑えきれませんでした。人間、常に理路整然と思考・行動できるわけではないことに、どなたも異論はないでしょう。抑えきれない激情にかられることもあれば、世の中を呪わずにいられない日もあります。(そのような大きな感情でなくとも、私も講義中に鼻糞が気になってしょうがなくなることもあります。)
 
そのような大小さまざまな下らない思考の断片を抑え、常に英雄の思考であり続け、あまつさえそれを不特定多数に全公開することを想像してみましょう。常にリプライを返しているかは作中では描かれていませんが、少なくとも数百万人が常に関心をもって自分の思考を観察しています。そのプレッシャーは私には想像を絶します。考えるまでもなく、私ならば一瞬で押しつぶされてしまうでしょう。クゼはそれをやってのけ、英雄を演じ続ける超人として描かれます。
 
導入が長くなりましたが、現実世界に戻りましょう。今やSNSは社会の日常の一部となって久しいです。多かれ少なかれ、多くの人が自分の思考をリアルタイムで発信し、見知らぬ人がそれに反応する世界です。LINEなどはその最たるもので、返信せねばならないという強迫観念に駆られている青少年も多いと聞きます。
 
恐ろしいほどの情報量が一瞬一瞬を濁流のように通り過ぎてゆき、思考を整理する間もなく、発信への圧力がかかり続けます。お互いがお互いの思考の断片までを監視し続ける現代社会は『個別の11人』の世界と似ていないでしょうか。そして、普通の人々は英雄でも超人でもありません。監視し、され続けることのプレッシャーに耐えられるように、人間精神はできていません。
 
常に監視の圧力にさらされた精神はたやすく蝕まれ、中毒症状を起こします。青少年の未成熟な精神にそのような力がかかり続ければ、健全な成長など望むべくもありません。かくして、委縮し怯え続ける若者が作られてゆくことになります。若者の消極性を嘆く暇があるのなら、彼ら彼女らを取り巻く環境がいかなるものか、真剣に考え直すべき時でしょう。常時接続社会をどう捉え、どう向き合ってゆくか、それを考えることは大人の使命です。

(2024年3月21日 初稿)
 
 
 
 
 
 

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