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【短編小説】金は天下の回りもの

はぁ、全く。最近全然良いことないなぁ。


この前も、ショッピングモール入る瞬間に、誰かがお金落としたから拾ってあげたのに、その人が先に入ったらまさかのご来店10000人目だったし。あれって本当に数えてんのか?

年越しの瞬間にジャンプしようと思ったら、その瞬間に電話来てジャンプするタイミング失ったし。

まぁ、それは良いとして。本当に最近調子が悪い。
なんというか、人生の低迷期な気がする。

……自販機。まぁ、こいつはいつも通りだな。俺も自販機になれたら良いのに。いつもと変わらない、自販機。

俺は今、散歩中。何か天からの巡り合わせがないか、とかロマンチック(?)に語ってはいるが、本当は、医者の先生から「運動しろ」と言われただけ。

でもまぁ、天の巡り合わせが無い、と思っている訳でも無い。そう言い聞かせながら、俺は目の前にある缶コーヒーのボタンへ、思いを馳せる。

(コーヒー……最近飲んでなかったなぁ。でもなぁ、散歩中は水とかの方が良いのかな……。でも、コーヒーも飲みたいなぁ。いや、ダメダメ。ここは一旦水で我慢しないと……。コーヒー……。)

コーヒーにした。

「えーっと、120円……っと。ん?」

俺は、思わず一瞬時が止まった。財布の中にあった金額は、110円。……10円足りない。

「はぁ、こういう時もついてないのか。全くもう、
空から10円玉降ってこないかなぁ。

チャリンッ

「いてっ!」

あり得ない願望を呟いた直後、空から何か降ってきた。
……10円玉だ。

え!?空から10円玉降ってきたんだけど!……
でもまぁ、俺が拾ったんだ。きっと神様も、俺に拾ってもらうことを望んでるんだろう。」

またそう自分に言い聞かせて、俺はコーヒーのボタンを押した。

「ふ〜、やっぱコーヒーが落ち着くなぁ。」

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翌日、自販機の在庫補充のため、業者が赴いた。

「さて、どれどれ……お、結構貯まってんじゃ〜ん。……あれ?この10円玉……!」

業者の目に偶然止まった10円玉、それは、男が拾った偶然の産物であった。

「……ギザ10じゃん。」

ギザ10……知らない人もいるだろうか。それは、1951年から1958年までの間で製造された、縁に多くの溝が施された、ちょぴっとレアな10円玉だ。

「まじかよ……欲しい。でもなぁ、盗みは……あ!俺の待ってるノーマル10円玉と交換すりやぁ、金銭的被害は無いよな……バレねーか!」

業者は、自分の財布から、普通の10円玉、ノマ10を取り出し、ギザ10と取り替えた。

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またまた翌日。ギザ10を手に入れた業者は、家族に散々自慢し、息子に「なにそれ、しょーもな。」と突っぱねられた後、古銭屋へ向かった。

「ほぉほぉほぉ、ギザ10ですか……。」

「ええ、自販機の中に。自分の10円と交換して。」

「はぁ。中々に黒よりのグレーラインですなぁ。
……状態から見て……あまり使われていませんね。
恐らく、自販機で使ったのも含め……5回使われたかどうか……。分かりました。私もこんな綺麗なギザ10は久しく見ておりません。それに、アンタと私は中々に長い付き合いだ。オマケに、ちょいと高値で買ってやる。」

「本当か!」

古銭屋の言葉に踊るような笑みを見せた男は、金を受け取って、軽快に小唄を口遊み、浮いたようにフワフワと帰って行った

「やれやれ、相手が金ともなると、人は簡単に子どもに戻るもんだい。どれ、ギザ10入れてた箱はどれだっけ。えーっと、これか?」

数ある小銭入れから、ギザ10専用の箱を、せっせと見つけ出す。最近目が衰えて来た古銭屋は、少し時間を用してしまっていた。

そのとき。

「あの〜、失礼。」

古銭屋を訪ねたのは、1人の髭男であった。その容姿は、お世辞にも裕福な家庭の出とは言えず、何処で売られているかも分からない帽子とジャケットを装っていた。

「はい。なんでしょう。」

「……ギザ10。ありますか。」

「おお!ギザ10か!ちょうど今買い取ったとこだ。
いや〜ナイスタイミングだね。ちょいとしまうのが面倒くさくなっていたんだよ。」

古銭屋は、髭男から金額を貰い受け、普通の小銭入れへと、ひょいっと投げ込んだ。

「にしても、今更ギザ10をお求めとは、珍しいね。一体何に使うんだい?」

落っことした小銭を拾いながら話しかける古銭屋だが、髭男の返事が返ってこない。

「ん?あれ、もう行ってしまったのか。」

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その頃、古銭屋は早々に店を飛び出し、宝くじ売り場へ直行した。

「ふぅ、ネットで見た、『ギザ10で擦れば当たる確率アップ!』のこの記事。よし……信じたぞ。」

髭男は、購入した2枚の宝くじを、力強く握りしめたギザ10で、擦り始めた……。

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数日後、髭男の家に、5億円が届いた。念願の夢が、
叶ったのである。

「やった、やったぁぁぁ!すごい、すごいぞぉ!」

大量の札束を前に、髭男、いや、凛とした顔立ちの男の口角は、上げざるを得なかった。

「どうする……この5億円。」

喜びも束の間、男は悩んだ。今まで、こんな大金を手にした事が無かったからだ。どのように使おうが自分の自由だが、使いようによっては、すぐに破産する。

不安に駆られた男は、すぐに頼りにしている宝くじに関連する記事を開いた。

するとそこには、

『宝くじは当たっても、コツコツ貯めるのが大切ですよ!』

と書かれていた。無理に使い過ぎず、投資などで慎重に金額を増やしていくのが、何よりも大切とのことだった。

「なるほど……もちろん今使わなければならない分もあるが、不要な物は貯めておくか。もちろん、お前も。」

男の右手には、運命を掴み取ったギザ10がある。
溝の部分に、スクラッチしたときの宝くじの屑がこびりついているが、これもまた、自分が夢を叶えた証になると、男は思っていた。

「しかし、どうする。この5億円は、このギザ10のお陰といっても過言では無い。神棚にでも置くか?…………いや、『金は天下の周りもの』と言うからな、いつか、何処かで使う時のために、今は小銭貯金の一部にするとしよう。」

ホームセンターへ向かった男は、可愛らしいブタの貯金箱を購入した。一つ1000円だったが、今となっては、そんなもの仔蟻のような小ささだ。

「そうだな、全てはこのギザ10から始まったんだ。この小銭貯金も、このギザ10から始めよう。」

縁起担ぎも込め、男は、ギザ10を、小さな穴に放り込もうとした。

「よし……ん?何か聞こえる……。お隣さんか?」

このアパートは、築数十年も経っているため、壁が薄いのだ。そのため、男のお隣さんの声が、度々聞こえて来る。男は、そっと壁に耳をあてる。

「いや……違うな。え……どっから?」

声のする方を辿ると、それは……。

「え……?貯金箱?」

つぶらなブタさんの瞳と、不思議そうに渋らせる男の瞳が合った。

「ま、まさかな。気のせいだ。きっと、外で子どもたちがはしゃいでいたんだろう。」

そう信じ、男は、今度こそギザ10を、貯金箱の小さな穴に放り込んだ。

「んー、やっぱりこっからな気がすんだよなぁ〜。
……ん?また聞こえた!」

男は、ブタの貯金箱の腹部を、そっと顔に近づける。確かに、声の主はこの中にいる。

聞こえてきた声は、若々しさを帯びた声色だった。飛んできた音は、微かに男の耳にはこう聞こえた。

「え!?空から10円玉降ってきたんだけど!」

それ以来しなくなった声の主が誰なのか、男は未だに、分からない。

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