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人魚歳時記 霜月 前半(11月1日~15日)

1日
稲刈りが終わった田んぼの、コンバインのわだちに、昨日の雨が溜まっている。どろどろの泥水の中に、今日の青空が映っている。

2日
犬の散歩。向こうから来た初対面のお爺さんがやけにニコニコして、「アイちゃん、アイちゃーん」と私の愛犬を呼ぶ。アイなんて名ではない愛犬は変な顔して老人を凝視。お爺さんは私に「可愛いね。高いんでしょ、十万円?」と訊いてくるので、「拾った犬なんです」と嘘ついた。

3日
蛙が鳴きだすほど暑い。夕方、台所でキャベツを刻んいると、ここにはない紫蘇と生姜が鼻の奥で香り、あぁ、これから夏が来て薬味を用意したり、そうめんや冷や麦を茹でる日が多くなるなと錯覚して、すぐに、冗談じゃないよ、もう暑いのごめんだよと我に返った。

4日
秋の陽を浴びる里山の、陰影の濃い山肌の美しさに、たまらずアクセル踏み込んで、スピードを上げちゃった。

5日
前の家のお爺さんが、半野良の猫にご飯をやるようになった。半野良は、七年前に近くの田んぼで拾った(保護した)私の愛猫と妙に似ている。姉妹だろうか? 「妹ちゃん」と、その猫を心の中で呼んでいる。秋になり我が家の猫二匹の食欲も旺盛で、ご飯をねだってばかりいる。


眠子ちゃん。ねこちゃん。妹ちゃん。いろいろで呼ぶよ。

6日
洗ったり、干したり、切ったり、茹でたり、出したり、掃いたり、畳んだり、と、生きるのに毎日こんなに沢山のことをしないといけないのかとため息つくのは自律神経の乱れだから、ツムラの漢方NO24「加味逍遙散」を白湯で飲む。季節の変わり目。妙に温かい秋。

7日
外耳炎の再診。動物病院の待合室。栗の渋皮煮のような鼻の「迷い犬」と黒い長毛の「迷い猫」の捜索チラシが壁に。夏からずっとある。「人懐っこい性格」と、どちらにも記されている。なら今頃は誰かに可愛がられているのか。これから冬が来るから、屋根の下にいて欲しいね。

8日
手押しポンプは錆びつき、水も汲めない古井戸。家屋の壁は、いたるところ漆喰が剥がれ落ち、組んだ竹の骨組みがあらわだ。庭には柿の木一本。食べる人もいないのに、そういうところに限って、どこよりも艶々とした実がたわわだ。


田舎は空が広し。

9日
羽虫が左目に飛び込んできたから、反射的に瞼を閉じる。朝のゴミ捨て。パンパンに膨らんだ四五リットルのゴミ袋を自転車のハンドルの間に乗せて走っているので止まれない。老人が挨拶してきたから、私は笑顔を作ると「おはようございます」とウインクつきの挨拶を返した。

10日
庭に来る大きな茶虎の雄猫が、水に飛び込む水泳選手みたいに両手を前で揃えて茂みから飛びだすと、そこで何かをやって、ぷぃっと急に走り去る。鳥かな? 洗濯物を干し終えて行ってみると、モグラが転がっている。ぜんぜん動かないので、スコップを取り出し、地中に戻した。

11日
庇の下で大きな蜘蛛が自分の糸にぶら下がったまま死んでいた。巣を張る途中で死でいた。

夕飯後、談笑していると、外で何かの音がする。ハクビシンかなと気になって、いつになく身軽に外に出てみると、暗闇の中で落ち葉が風にあおられカサカサした音をたてていた。


蜘蛛は綺麗ねと思う。

12日
町の文化祭に作品を出すと写真愛好会員の年寄りが言うので、買い物帰りに町の箱物ホールに寄る。民謡やステージの方から音楽が賑やかだ。これからフラダンスを披露するというお婆さんが、びっくりする化粧と服装でいそいそしている。民謡歌ったり、演奏したり書道や絵画も飾られている。皆さん元気だ。

13日
愛犬に鹿肉を与える。安価と安心を求めて検索して見つけた北海道の猟師のHp。電話で注文する方式。かけてみたら話が弾んで長電話。届いた肉は見事だった。名寄。知らない町。市のHpにライブカメラがあるので見た。ここで生きていた鹿を愛犬は食しているのかと思う。数年前のこと。

#2
名寄の猟師さんは今は鹿肉の通販をやめてしまった。先日youTubeで羆駆除の動画をあげていらっしゃるのを発見。三毛別羆事件など、羆のことを電話で話したのを思い出す。今はエゾシカの猟期。名寄市のライブカメラは今でも時々見る。今日見たら、町は雪に包まれていた。

14日
もつれた毛糸をほどくようにしてダンギクとメド―セージとガウラを剪定する。やらなくちゃとソワソワしてたが、十五分ほどで終わった。防草シートの上でくねるミミズを土の上に移動させた。田舎に住んで蛙、ヤモリ、芋虫が触れるようになったが、ミミズは今朝が初めて。

15日
草ものびなくなった庭にタヌキが来る。兄弟らしい。二匹で来ては、睡蓮とメダカを入れたトロ船の水をチロチロと飲む。メダカは食べない。そこはすっかりタヌキの水飲み場になった。一匹は私を見ると飛び上がって逃げるが、もう一匹は、飼い猫みたいに近づいてくる。


絵を描く人が、細い枝の先端がせつないと言った。私はこの空があるから樹も美しかなと思う。

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