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人魚歳時記 文月前半(7月1日~15日)

1日
四つ葉の間からポンポン飛び出すシロツメグサ。その隙間に夕化粧の可憐なピンク。田んぼ脇は賑やかです。

2日
夏至の翌日のこと。仔猫をたくさん見る。早朝に燐家との間の塀の上で。朝の犬の散歩で。十四年前に愛猫ハナが私の元に来たのも夏至の夕暮れだった。

ホタルブクロが咲いている。蛍もホタルブクロも本物を見たのは、この土地に来てからだ。弱弱しいのに鮮烈な光線を闇に描きながらゆっくり飛んでいく蛍を見て、これを故人の霊魂に見立てるのは、至極当然だと感じた。


3日
今日は半袖よりも袖が短い服なので、蚊取り線香を持って洗濯物を干しに行く。

宵に庭でポチ子と月を見ていたら、蝙蝠がひらひら飛んできた。満月(もしくはその前後)なので、よく見える。

4日
雨が降った翌日。高架下のトンネルの中、隅っこに何か――新聞紙に丁寧に包まれている何かが落ちていた。


5日
大きな犬が歩いていた。床屋の肥った娘さんが植木に水をくれていた。苗が緑のグラデーションを描く田圃の脇で農家のおじさんが除草剤をまいていた。皆、乳白色の湿った空気の中で、半分寝ているように、音もなく自分たちのことをしていた。空は薄葱色。朝の風景。

今日も暑かった。早朝から陽光の圧がすごかった。ゆうべの雷雨であちこちに水たまりができていて、愛犬はその雨水を使って、乾いた道に足裏スタンプを押しながら歩いていた。

梅雨の夕暮れ。庭に出ると、蛙の声、近所の子供が吹くハモニカ、どこかの台所の包丁の音なんかが聞こえて来た。


6日
梅雨の中休み。真夏日、庭仕事。薔薇の手入れ。ポチ子も一緒に出てきたが、日陰でぐっすり。白黒のネコが庭の隅を横切っていく。ネコはなぜかとても急いで、早足だ。


草むら猫

7日
お爺さん一人が住む木造平屋前の小さな庭に、洗濯物が干してある。横を通ると、ムワリと甘い柔軟剤の匂いが、そこら中に膨れるように漂っていた。

庭のビオトープに蛙が棲みつきだした。ホテイ草につかまり、頭を水から出して、神妙な顔で虚空を見つめている。声をかけたら返事をしそうに見える。


8日
梅雨のもやもや白い朝。田んぼ近くの古い大きな家の庭で、初老の男性がランニングシャツ姿で、火を焚いていた。不要な物を燃やしているらしく、庭木の間から勢いよい炎が見えた。


9日
朝、田んぼでアオサギの夫婦が食事中。

ニホントカゲの子供を見つける。尾がない。自切の直後か動きがにぶい。掌に乗せてしばらく見つめる。工芸品のような美しさだ。


10日
栗の木の下に立った。今の時期は、イガが鮮やかな緑色で、触れても柔らかく、ぜんぜん痛くない。ラテックスのようクニクニしていた。
青栗。青い栗。


11日
一周忌法要の朝、睡蓮鉢からメダカが消えていた。まさか故人が持って行ったかと、とっさに馬鹿なことを思ったが、結局ハクビシンの仕業と解る。夕方、喪服を脱いで片付け始めようとすると、水草についていた卵が孵り、みなしご針子がわんさか泳ぎだしていた。

昼寝をしたら、首元だけぐるりと丸く汗をかいた。蝉、鳴きやまぬ。

温帯睡蓮コロラド

12日
連日の暑さに加えて寝不足もあり、ひどく疲れたので夕食もそこそこに早く寝た。目が開くと、窓から網戸ごしに下弦の月が見える。青い月。周囲に煙のような雲が動いている。動くと爪先に何かがあたる。月と同じ形で白猫が寝ていた。


13日
食べられた親メダカ、およそ四~五十匹。親がいなくなってどんどん孵化するみなしご子メダカ、およそその何倍だろうか? 怖いので数えていない。新しくタライか何かを買わないといけない。

ポチ子と夜の散歩。外灯の下のノウゼンカツラが、光線の加減で、まるで造花のようだった。

14日
早朝、庭のメダカが再びハクビシンに襲われていた。曇って肌寒い朝。雲雀が盛んに鳴いている。窓を開けると、どこらから昨夜のシチューを温め直す匂いがする急に降ってきた。今は梅雨。私は猫のトイレを掃除し始めた。?

犬の散歩に出るなり落ちてきたが、ポツポツなので、かまわず歩き続けていると、向こうから歩いてくるおばあさんが、「やって来ましたね」と、空を指さした。「降ってきた」より良い言い方だなとしみじみ思った。 
梅雨まだ明けず。


15日
ポチ子と夜の散歩。空には弓張月。どこへ行っても、どこを歩いても、橙色した弓張月がついてくる。

夏の夜

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