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甘ない、しょっぱいチョコレートや(前編)

ほんのちょっと、ほんのちょっとだけ喜んで欲しかっただけなんよ。
なのに、こんな長く、拗ねることないやん。

【本日のお客様 志村美恵子様 50歳 パート】

うちには思春期真っ只中の一人息子、おしゃべり堅志郎がいる。
これがな、中学生になった途端、なんや髪の毛にワックスを塗る様になってな、頭がテカテカしてんねん。あんたそれ、時間たった海苔弁当の海苔みたいやって言うたら「これが流行ってんのや」って。ほんまかいな。皆頭のり弁当なん?
さらにな、堅志郎、バスケ苦手やって言ってたのにバスケ部入ってん。
理由はモテるからって、もうしょーもない、まあしょーがない。誰でもモテたいお年頃。

そんな堅志郎、毎年バレンタインになると
いつも朝早く起きて、シャツのボタン胸まで開けて、鏡の前でポーズとりながらぶつぶつ言ってんねん。
堅志郎「腹へったー。…違うか。糖分欲しいなー…これは露骨やな」
なんの儀式なんあれ。毎年怖いわ。
でもな、その日帰ってくると、いっつも体が小さくなって萎れててな。蛍の光みたいに儚く笑うんや。
やっぱ男の子はチョコレートが欲しいねんな。バレンタインは女の子からもらいたいねんな。
あんまりにも落ち込むもんやから、近所のスーパー行ってチョコレート買ってプレゼントしたんよ。そしたら
堅志郎「おかんから貰っても嬉しくない…」
って。蛍の光が小さくなって消えてったわ。

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んで。今年も来てしまったこの季節。
堅志郎はやっぱり朝はやく起きてて、頭がいつもの2倍増しの海苔弁になっとった。すんとして、朝ごはんを食べながらテレビを見てるけど、頭の中は「今年こそは貰えるやろかあ」でいっぱいなんやろなあ。あまりチョコの話題に触れないでいると、突然堅志郎が口を開いてな。
堅志郎「既存のチョコを、なんでわざわざ溶かして、劣化版を作り直すんや」
自分から切り込んできたわ。しかも貰えへんくて卑屈になってきた。
恵美子「しょうがないやろ。チョコレート1から作るにはカカオ豆から取りに行かな」
堅志郎「…」
堅志郎は無言のまま席を立つと「行ってきます」も言わんでそのまま出て行ったわ。
…そんなに手作りチョコが欲しいんかなあ。
自分の子供がこんなに可哀想思うのは初めてかもしれない。

その日の夜、玄関からゆっくりと足音がしたと思うと、堅志郎は背を丸めてキッチンへ入ってきた。
落ち込んでいるかと思いきや、なんや穏やかーな面持ちをしている。しかも手にはビニール袋を持ってるやないか。これはこれは、もしかして…?
恵美子「なんやそれ」
堅志郎「ああ、チョコや」
ほんまかい!ついに貰えたんかい!
私が誰から?って聞こうとしたら
堅志郎「自分で買ったんや。コンビニで」
恵美子「…」
堅志郎はチョコを取り出すと
「やっぱ手を加えへん方が俺は美味いと思うねん」
とか
「バスケ部のな、俊吾ってやつがチョコ貰ったんやて。でもな、かじったら中に爪入っててん。女の子はな、爪入れると両思いになるって思って入れたらしいわ。嫌がらせに近いわ。てゆうか怖いわ。そんなんなら貰わへん方がええわ」
など葡萄が取れなくて鳴く狐のごとく、フガフガと自己肯定し続けるので、聞いてて胸が痛くて痛くて。

可哀想やなあ。ちょっとでも元気出して欲しいなあ。
そう思って、私はつい、嘘を言ってしまった。
恵美子「そういえば、さっき家のポストに入っとったで、これ」
私は昼に作った手作りチョコを可愛くラッピングして冷蔵庫にしまっていた。
「お母ちゃんから」と言って渡す予定だったんやけど、なんや気づいたら口が勝手に動いてた。
堅志郎は、口を開け、冷えたチョコレートのように固まってしまった。するとみるみるうちに目の中が輝き出した。まるで打ち上げ花火が咲き乱れているよう。
堅志郎「だ、誰からや」
恵美子「さあ?」
堅志郎はラッピングを受け取ると、幸せそうな顔をして見惚れていた。
やばい、実は母ちゃんからやねん、なんて言い出せない空気や。

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その後、堅志郎は5つ入ってたチョコレートを一週間かけてちびちびと大事に食べた。
私が100円ショップで買ったラッピングを丁寧に折り畳むと、自分の部屋の机にしまって、何度も取り出しては「誰やろなあ」と焦がれていた。

まあええか。
サンタさん役だって私、親がやったんやから。これもたいして変わらへん。変わらへんよ…。
そう思うようにしたんやけど、ついに、というかまあすぐにバレてしまう時が来た。

堅志郎「俺な、お礼のチョコレートを作りたいねんて。作り方教えて」
そう言われたのは3月13日。
ホワイトデーで返すつもりや。ああ、忘れとったわそういう日があるの。
恵美子「で、でも誰かわからへんのやろ?」
堅志郎「いや、大体目星はついてる」
恵美子「え…誰や」
堅志郎「1組の乃木さんや。まあ、俺のこと好きなん気付いててん」
乃木さん、ごめん。なんや息子が誤解してるわ。
恵美子「違ったらどうすんねん」
堅志郎「99パーセント乃木さんや。よく目が合うんや。それに近所に住んでてここに俺が住んでることも知ってる」
これ以上嘘を言い続けてたらあかんなあコレ。もう正直に言うしかないかなあ…。
私はしばらく唸った後、ゆっくり呼吸をしてから言い放った。
恵美子「あんなあ、あのチョコレートな、私作ってん」
堅志郎はキョトンとした後、海苔頭をぽりぽりとかいて私に尋ねた。
堅志郎「…乃木さんと一緒に?」
恵美子「想像力が飛躍してるわ。乃木さん誰か知らへんて私」
堅志郎「え…つまり、チョコレートは、母ちゃん…え?」
恵美子「ごめんなあ、嘘つくつもりなかってん…でも」
堅志郎は、突然大きな声を出してなあ。
堅志郎「嘘やー!母ちゃんなはずあらへん!」
恵美子「現実、私なんよ」
堅志郎「嘘やー!嘘や嘘やー!」
堅志郎は取り乱した。
想像以上に取り乱した。
海苔頭をぐしゃぐしゃにかいて、なんや昆布みたいに足元ゆらゆらさせてそのまま部屋へこもってしまった。


それからや。
おしゃべり堅志郎は、私と口をきかんくなった。
可哀想だと思って嘘をついてしまったが、余計傷つけてしまったみたい。
3日経てば、機嫌が直ると思ってたんやけどなあ。一週間、1ヶ月、そして3ヶ月経ってしまった。
何度も謝ってるんやけど、心に負った傷は結構深いみたいでなあ。


玄関の建て付けの悪い扉が軋む音がして、少し早歩きの足音がこちらへ近づいてきて、リビングに行かずにカバンを持ったままキッチンへ入ってきて
「今日な、ほんま腹立つことあってん」「今日な、抜き打ちテストがあってん」「今日な、やばいおっちゃんに絡まれてん」
そうやって1日の話をしてくれる堅志郎は、あの日から突然どこかへ行ってしまった…。


ああ、もう、なんやねん。ここまで拗ねなくてもええやんか。
ちょっと嘘ついただけやんか。なんやねん。なんやねん…。


……寂しい。
どうしたら機嫌なおしてくれる?
みんなは「反抗期が来たんよ」って言うけど、そんなものやろか。
寂しい、寂しい。

いつも入ってくるはずのキッチンに、今日も堅志郎は入ってこない。
夕食を机に並べて、私は机に伏せてうとうとしていた。
そういえば、元旦那もなんも言わずにある日突然姿を消したっけ。
堅志郎も、いつかあいつと同じように消えてしまうのやろか。
そう思うと、なんや急に怖くなってきて、悲しくなってきて、酒を取り出して気分を誤魔化すが、体がガツンと重くなって、余計に気分が悪くなった。
自分の腕に顔を埋めて「バレンタインデーなんてなけりゃよかったわ」と呟いた。

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しばらくして顔を上げてな、
気分直ったでもう一杯飲もうかな、と思って席をたつと、見慣れない景色が目の前に広がっててん。
なんやここ、バーか?あれ、私頭おかしくなった?
高級そうな小洒落たバーや。こんなとこ誰かとも来たことあらへんし来る機会もない。

気づくと女優さんみたいなお姉ちゃんが目の前でお酒を作ってて。
鯉夏「バレンタインデーが好きになるお酒を用意していたよ」
って言って、ふんわりと笑った。

(次回は来週更新です!月曜夜は飲みましょう!🍷

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