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就職内定までのいきさつ【音声と文章】

山田ゆり
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高校3年生ののり子は就職試験を受けるために寝台列車に乗り、上野に向かった。

当時、新幹線はまだなかったから大都会の東京に行くには寝台列車が主流だった。


のり子の学校からは3人がその会社の就職試験を受けることになり一緒に東京へ試験を受けに行った。

のり子達が寝台列車に乗り込もうとしたら遠くに学生服姿の集団が目に入った。地元でスポーツ校として有名な学校の生徒達だった。

5~6人の彼女たちはジャージーではなく制服を着ていたから、時期的に考えてきっとのり子達と同じように就職試験を受けに行くのだろうなぁと感じた。

何とは無しに目を向け、顔をこちらに戻そうとした瞬間に見覚えのある人が見えた。

幼なじみのアツコだった。



彼女はソフトボール部で大活躍中であることは風の噂で聞いていた。キャッチャーをしているアツコは思ったことをはっきり言う、のり子とは性格が正反対の人だった。

アツコの家はのり子の家から徒歩5分以内だったが、保育園を卒業してからはずっとクラスが違っていたから、話すこともなかった。


「アツコ、どこに行くのかなぁ」

幼なじみなはずなのに、のり子はアツコに声を掛けられなかった。

小5までの彼女だったら「あ、元気?どこにいくの?」と気軽に自分から話しかける性格だったが、小6の一年間いじめを受けてから、内にこもる性格にのり子は変わってしまったからだ。

彼女はこちらに気が付いていない。
のり子はアツコから逃げるように寝台列車に乗り込んだ。





「はじめ!」


試験管の合図と共に生徒たちは問題用紙を裏返した。

就職試験は筆記試験と面接があった。
のり子達は筆記試験のためにこれまで必死に常識問題を勉強してきた。
どんな難しい問題が出るか分からない。

しかし、その緊張とは裏腹に、試験問題を見たらあまりにも簡単で拍子抜けしてしまった。



その会社が小売業だからか、試験問題は僅かな常識問題の他はお釣りの計算問題だった。


○○円の商品に対してお客様が〇〇円を払ったらお釣りはいくらになるか

その問題が紙一面に書かれていたのだ。


のり子は高校でそろばんを習っていたから脳内でたちまちそろばんがパチパチと動き出し、答えがすぐに出てきた。

そしてあっという間に終わってしまった。
時間はまだ半分以上残っていた。


周りを耳で探ってみると、カリカリと鉛筆の音がする。まだ問題と格闘している人たちがたくさんいた。



「ここで油断してはいけない。」
のり子は簡単すぎる問題をもう一度見直すことにした。
見直しをしたら一か所、ミスを発見した。

そうなのである。
のり子はうっかりミスをする傾向があるのだ。



中学の時に大好きな数学はいつも90点台で、最高で学年で2位をとった。1位を狙っていたがどうしても2位で終わっていた。
つまり、満点を取ることができなかったのだ。それは、問題が解けなかったのではなく、のり子はいつもどこかでうっかりミスをしていた。

自分はそういう性格だと分かっていた。だから何度も見直すようにしているのだ。


その後も時間がくるまで、問題は勿論、名前を書いたかとか、字が汚くはないかとか何度も見直しをした。




面接の時は、のり子の部活動のことを主に聞かれた。

履歴書の部活動の中には合唱団のこれまでの輝かしい経歴をたくさん書いていたからだ。
地域大会、県大会、地方大会は金賞、そして2年生の時には東京の普門館で行われた全国大会では銀賞をいただいたのである。

他に秋には定期公演を行い、また地域の芸術祭に参加し、年末にはミサ曲を歌う。


「とても素晴らしい部活動をされていますね。今年は金賞をとれそうですか?」そのようなことを面接官に聞かれ「はい!金賞をいただけるように頑張ります!」とお答えした。


自分は大したことをしていないのに、自分が所属している部活動のお陰でのり子はある意味有利に立っていると実感した。

虎の威を借る狐である。

ズルいと思われるかもしれないが、合唱団に入部した時はこんなに凄い部活だとはしらなかったのだ。


何かを続けていればいいこともあるものだなとのり子は思う。


そして、面接の終わりころに
「事務職を希望されていますが、事務職は1名しか採用枠はありません。その場合、販売職になりますが、それでいいですか?」と聞かれた。


世間を何も知らない女子高生たちは、就職は「事務職」を希望する人がほとんどだ。「人さまに物を売る」という行為に馴染みがなく勇気が要ることだからだ。


のり子は「事務職」をしたいと思っていた。
だから、「事務職」の採用枠がないから「販売職」でもいいですかと聞かれて、のり子はこう答えた。


「事務職の枠が無い場合は、御社には就職をいたしません。」




帰りの寝台列車の中で一緒に試験を受けたのり子たちは、面接でどういう事を聞かれたかを話し合った。

すると全員、事務職の枠が無い場合、販売職になってもいいかと聞かれたことを話した。

他の人たちは、とにかく早く内定を取りたいという一心で、「もしも事務職の枠が無い場合は販売職になってもいいです」とお答えしたということだった。


それを聞いてのり子は自分に絶望した。
あぁ、私ひとり、落ちるんだ。


明るく話をしている皆さんの話を聞きながら、のり子は暗い気持ちで帰宅した。




翌日からのり子は次の就職先を探し始めた。
進路指導室に行き、求人票を調べていた。

すると、進路指導の先生が入室してきて
「おや?君は〇〇会社の試験を受けた〇〇さんだね。どうしてここにいるんだね?」
と言われた。

「はい、事務職の枠が無い場合、販売職になると言われ、事務職でなければ入社しません、とお答えしてしまいました。だから、落選のお知らせが来る前に次の就職先を探しています。」

のり子は進路指導の先生に面接の時のことをお話した。

先生はのり子の話を一通り聞いて、ニヤリとしてその部屋を出ていかれた。


あ~ぁ、正直すぎる私。
のり子は分厚い求人票をめくり始めた。




その後、その会社から就職内定の通知が届いた。
受験した全員が内定通知をいただいた。事務職の枠が無いのに内定したのだ。
ということは、のり子は販売職になるということだと思った。


人に物を売るって自分にはできるのだろうか。押し売りは嫌いだし、第一、人と会話するのが苦手な私にできるだろうか。


就職内定をお断りすることはできないことはないらしいが、しかし、一度そういう事実を作ってしまうと、次年度以降の生徒の就職活動に影響があるから内定取り消しはタブーだということをのり子は知った。


だから、本当は事務職に就きたかったが、販売職になったらそれはそれで頑張るしかない、とのり子は腹をくくった。





相変わらずクラスでは独りぼっちだったが、部活動は楽しく、そしてとりあえず就職先も決まり、のり子は明るい気持ちで卒業式を迎えた。



その卒業式の中で、のり子は自分の名前を突然呼ばれ驚いた。





長くなりましたので、続きは次回にいたします。




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~就職内定までのいきさつ~
未来を知るためにネガティブな過去を洗い出す 



※今回は、こちらのnoteの続きです。

https://note.com/tukuda/n/n089e9cc361d9?from=notice

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