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「大嫌い」は使わない【音声と文章】

山田ゆり
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「ねぇ、これ、聴いてみて!とってもいい曲ばかりだから。」

京子はそう言ってケースに入ったカセットテープをのり子に渡した。

ケースの台紙には京子の字でビッシリ埋まっていた。

のり子は思いっきり口角を上げて嬉しそうにしてそれを受け取って学生鞄に入れた。



進学校に入って、なかなか友達ができなかったのり子に、同じ部活の京子が話しかけてきたのが発端だった。
のり子は身長150㎝ギリギリ。京子は175㎝で体格もいい。
そんな凸凹コンビが駅に向かう帰宅途中、一緒になった。

そして、好きなアーティストの話になった。
のり子はその頃、流行りの曲を聴く趣味はなかった。

休日にはマリア・カラスの「ある晴れた日に」や「清らかな女神よ」を聴くくらいで、あとは童謡を口ずさむくらいだった。



京子が「私、今、ビートルズにはまっているの。のり子さんもきっと気に入ると思うよ。」
と言ってきた。


のり子は適当に相槌を打っていたら、今度そのテープを持って来てくれるということになったのだ。

困ったことになったとのり子は感じた。
のり子は外国語の曲が嫌いだった。

マリア・カラスも外国人ではあるが、意味が分からなくても美しい歌声は何度聴いてもうっとりする。


オペラに比べて流行りの曲は歌詞が早い。なんて言っているのか全く分からない。だからのり子は外国の流行りの曲は大嫌いだった。
だから、京子のいうビートルズは一応聴いてみようという軽い気持ちだった。




京子から受け取ったカセットテープを帰宅してからカセットデッキに入れて聴いてみた。


テンポが速くて何を言っているのか分からない。

これまでのり子が好んで聴いていた童謡やオペラとは全く違う世界。


その頃ののり子は閉鎖的な考えだったから、その黒船のような曲に拒否反応を起こした。

だから、最初のあたりを聞き流してあとは早送りしてそして巻き戻しておいて聞かなかった。


そのテープを返す時に何て言おうかのり子は迷った。

「ありがとう。良かったよ。」
それだけ言った。

すると京子は目を見開いて
「そうでしょ!やっぱりビートルズはいいよね!」と喜んでいた。


ガッツポーズを取りながら答える京子の姿を見て、のり子は胸の奥がチクリとした。




時は流れ、のり子は好きな人ができた。
そしてその人が運転する車の中で、彼の好きな曲がずっと流れていた。


ビートルズやABBAなど、外国の人の曲が多かった。


あの頃、拒否反応を起こしたビートルズの曲が、今では彼と重なり、何度も何度も聴くようになった。


助手席に座り目を閉じると
「やっぱり、ビートルズはいいよね。」と
目をキラキラさせて話していた京子の姿が目に浮かんだ。


どんなきっかけでそれを好きになるかは分からない。
今は好きではないけれどその内、大好きになるかもしれない。

だから、「大嫌い」はあまり使わないようにしよう。「なんか好きになれない」はその内「思っていたよりもいいかもしれない」に変わる時があるかもしれない。

それはモノでも人でも草花や動物でも。

だから「大嫌い」は使わないようにする。





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「大嫌い」は使わない

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