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ミーナの晩餐会

当店では日替わりの一汁一菜の他に、二品のお好きな小鉢を選ぶことができます。本日の小鉢はスコッチドエッグに野菜たっぷりラタトゥユ、海老フライにブドウと生ハムのカルパッチョ、さらに季節の果物をふんだんに使ったフルーツタルトって……、「一汁一菜はどこ行ったーー!」とツッコミを入れてくださった読者の皆さま、落ち着いてください。確かにうちは和食を基本とした一汁一菜、粗食テイストの店なのですが、今日は違うんです。今日は…「ミーナさんの日」なんです。ミーナさんといえば食堂関係者の間では有名人なのですが、知らない方のために説明を…。ミーナさんは店長の叔母にあたる人物で、普段は工場で働いているのですが、休みの日には食堂に来て小鉢やデザートを作ってくれています。彼女はこの小鉢を作るために働いているといっても過言ではなく、文字通り採算度外視の命懸けです。何週間も前から献立を考え、食材を厳選し、この日のために全集中します。もちろん食堂のコンセプトも予算も何度も伝えていますが、天からのお告げのまま生きているミーナさんには何を言っても無駄…いえいえ、治外法権なのです。最初はあまりにも斬新なメニューに冷や汗ものだったものの、意外とお客さんのウケは良く、「何コレ、初めて食べた~!」と喜ばれています。やがてミーナさんが食堂に入る日は、周囲から「ミーナの晩餐会」と呼ばれるようになりました。ランチなのになぜ晩餐会なのかというと、それは「バベットの晩餐会」という映画に由来しています。古い映画ですが、未だに多くの人に親しまれている映画です。 

 フランス革命の時代、ある田舎のクリスチャンの村にバベットという女性が革命の動乱を逃れてきます。彼女は自身の身を匿ってもらう代わりに、召使いとして牧師一家に仕えるのですが、ある日宝くじに当たり大金を手にします。これで故郷フランスで一からやり直せるはずのバベットは、その大金のすべてを村人を招く晩餐会の費用として使ってしまいます。封建的な村の人々は最初はバベットの振舞う見たこともないフランス料理を怪しみますが、段々とその食事によって人々の顔はほころび、いがみ合っていた隣人同士は和解し、人々の間に不思議な平和が生まれます。作中のバベットは外国人なこともあり、多くを語りません。その背後に悲しい過去があることをわずかに匂わせるだけです。ミーナさんも然り、多くを語らず黙々と持っているものを全て注ぎ出すかのように料理を作ります。人々はそこにどんな思いが込められているかを知ることはできません。しかし私には、その小さな小鉢の一つ一つから、恵みの隠し味が人々の間に流れているように思えてならないのです。

 

「実に、神の国はあなたがたの間にあるのだ。」(ルカによる福音書17章21節)

 

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