つまずきてんちょう

やっとのことで、生きてます。 一汁一菜、一日一メニューの小さな食堂の店長です。 好きな…

つまずきてんちょう

やっとのことで、生きてます。 一汁一菜、一日一メニューの小さな食堂の店長です。 好きな言葉は「たくみに平凡であること」。

最近の記事

天使たちと食堂外交

時刻はお昼の十二時すぎ。昼休みに入ったお客さんがいっせいに食堂にやってくる。 狭い店内は一気にごった返し、洗いもののお皿で溢れかえる。 「店長!お米も、お茶も、お茶碗もなくなったよ!」 スタッフは必死に接客をする。私はというと、完全にパニックに陥り、厨房の奥で空(くう)を見つめてフリーズしている。 そういうときに限って五名さまの入店。(店内は満席) 洗い物の山は、シンクからいまにも溢れ出しそうになっている。 (もう…ダメ!) 心の中で叫んだその時、レジの向こうか

    • いのちは関係の中に

      ついにこの日が来てしまった。 いつもなら学生たちで溢れ返る食堂前の通りには今朝、人けはない。 誰もいなくなった通りに立ちすくみ、天を見上げている店長のとなりで、ボランティアのコバヤシさんがつぶやく。 「あぁ~大学、春休みだね」 「なんだ~ハルマゲドンかと思ったよ~!」というのを飲み込んで、ホッとしたのもつかの間。その直後、新型コロナウイルスが世界的に感染拡大し、開店から三ヶ月後の二〇二〇年四月七日、日本では緊急事態宣言が発令された。大学は春休みに入ったままリモート授業

      • ミーナの晩餐会

        当店では日替わりの一汁一菜の他に、二品のお好きな小鉢を選ぶことができます。本日の小鉢はスコッチドエッグに野菜たっぷりラタトゥユ、海老フライにブドウと生ハムのカルパッチョ、さらに季節の果物をふんだんに使ったフルーツタルトって……、「一汁一菜はどこ行ったーー!」とツッコミを入れてくださった読者の皆さま、落ち着いてください。確かにうちは和食を基本とした一汁一菜、粗食テイストの店なのですが、今日は違うんです。今日は…「ミーナさんの日」なんです。ミーナさんといえば食堂関係者の間では有名

        • やさしさの引き出し

          「今日は、小鉢ひとつ追加したので650円です。おつりは350円です」。レジに立つお客さんの声がする。「あっ、自分でスタンプ押しますよ」。老眼のスタッフに代わって、お客さんがポイントカードに印を押す。"CLOSE"のままの看板に気がついて、「これじゃぁ、お客さん入って来ないんで」とひっくり返して〝OPEN〟にしてくれるのもお客さんである。 この食堂では、不思議な現象が起こる。お客さんが自分でお皿を下げてくれるよみようになり、スタッフの代わりにおつりを計算し、店内が込み合ってく

        天使たちと食堂外交

          閉店時間のお客さん

          食堂には、ときどき営業時間以外にもお客さんが来ることがある。 人通りの多い日中が苦手なUさんは、早朝に朝ごはんを食べに来る。 朝ごはんといっても、まだ食事の支度はできていないので、食べるのは昨日の残りの冷凍ごはんとキムチ納豆である。それでもUさんは「今日も愛情をありがとう!」と言って帰っていく。彼の後ろ姿を見送りながら「料理は一手間が愛情ってあれ、嘘だな…」と思いながらも、さわやかな「ありがとう」に心が軽くなる。 Sさんは閉店後の夕暮れの時間にふらりと食堂にやってくる。音も

          閉店時間のお客さん

          一汁一菜の風景

          小さい頃の 学校からの帰り道 ぐうぐう鳴るお腹を抱え アリの行列や野良猫のお尻、 真っ赤に染まった夕焼け空に なん度も気をとられながら やっとの思いで家に着いたっけ 家のドアを開けるなり 靴をほっぽり出したまま 「今日の夕ごはん何ですか」 と叫ぶ、赤ら顔ひとつ 何度その道を歩いたか 子供はあっという間に大人になって わけもわからず忙殺の日々 やれ進路だ、やれ就職だ、やれ請求書だ たえず時計と睨めっこしていて もう、うかうかと道草なんて食ってはいられない いつからだろう