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実はずっと前から始まっていたのかもしれない、旅のこと(DIC川村記念美術館にて)

「行きたいなぁ、でも遠いしなぁ」
「行きたいなぁ、でも仕事があるから」

人は、つい行動しない言い訳を作ってしまう。そして、今日も昨日と変わらぬ1日を過ごしてしまう。もし、あのとき、あの日、行動していたら。そんな瞬間は誰にでもあるものなのかもしれない。

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繁忙期真っ只中の前職での昼休み、サンドイッチを片手にスマホでとある美術館のHPを眺めていた。

「明日、有給を取れば行ける、、、。でも無理か」と諦めた。そこはずっと行きたいなぁと思っていた美術館だ。何だかふと、行きたくなった。広い芝生、青空、アート、湖。毎日夜中までパソコンとにらめっこしている私が今一番求めているものだ。全て放り投げて芝生に寝転がりたい。

行きたいなぁという気持ちをずっと抱え続けていた先は、千葉県佐倉市のDIC川村記念美術館。

遠いといっても、東京駅から高速バスが出ているので、東京駅からは1時間ほどあれば着く。でも、その頃の私には、「明日有給を取ってDIC川村記念美術館に行く」ということは、海外旅行に出かけるくらい心のハードルが高かった。そんなことよりも、締切が迫っている仕事、他部署とのスケジューリング、終わらないメール対応、、、、仕事のことばかりが頭をよぎる。行っておけば良かった、と思う。周りの目なんて気にせずに有給を取れば良かった。

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そんな気持ちを抱えたまま、数年が過ぎた。時間ができたら行こう、と思っていたのだけれどコロナ禍で何だかんだと行くことのできない日々が続いていた。それまでわりとフットワークが軽く、一人旅を定期的に楽しんだり、友人や夫と旅行によく行っていた私だけれど、何となく行動範囲も狭くなって、心のどこかでは開放感を求めていた。旅がしたかった。

30歳を迎える今年、特に特別な買い物はしないけれど、「行きたいなぁ」と思ったまま行けていないところに行こう、と心に決めた。

そうして、今年の2月に銀座の百貨店で友達とお茶をしながら、「暖かくなったらここに行こう!」と誘ったのがこの旅の始まり。

と書いていて思ったけれど、もうずっと前から始まっていたのかもしれない。あの、会社を休んで高速バスに乗ることを諦めた日から、本当の旅は始まっていたのかもしれない。

2月に約束をしてから、ずっと春が来ることが楽しみで、ワクワクしていた。「楽しみは自分で作るもの」といつも自分に言い聞かせているのだけれど、それができる心の余裕も必要なんだよなぁ、なんて思ったりもする。

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コロナ禍と同時に私の身辺は騒がしくなった。仕事のこと、生活のこと、家族のこと。それまで上手くバランスが取れていたもの、取っていたものが段々と崩れていき、取り戻すのに必死だった。同時に、今までどれだけ自分が自分に無理させていたかを知り、少しずつだけど、色んな助けを借りながら、バランスを取り戻していった。

そうして、4月の終わりに私は友人と東京駅で待ち合わせをした。高速バスに乗るなんて、何年ぶりだろうか。お菓子を食べておしゃべりをしながら、小学生や中学生のときを思い出すね、なんて笑った。だんだんと景色が変わっていき、祖母の家の近くのような景色になっていく。

東京駅から1時間ほどかけて辿り着いた場所は、緑豊かな庭園に囲まれた美術館だった。

まずは腹ごしらえをしようと、レストラン ベルヴェデーレに向かう。バス停からゆっくりとレストランまで歩いていく道は広く、周囲は緑に囲まれていて、鳥のさえずりが聞こえる。ああ、ようやく来ることができたね、と心の中でそっと微笑んだ。

レストランに着くと、一番奥のガラス張りの席に案内された。イタリア語で「美しい眺め」という店名のとおり、その窓からは美しい眺めが広がっていてぼーっと眺めてしまう。ちょうど新緑の季節で、まるで海外に旅をしにきたような気分を味わいながら、美味しい料理に舌鼓を打った。美しい景色と美味しい料理、友人、そんな大切なものに囲まれている時間は人生の幸せだと思う、本当に。

前菜、どれも美しくて素敵
器もカトラリーもとても好み
企画展とのコラボレーションのスイーツ

DIC川村記念美術館は、遠くから見るとまるで古いお城のような2つの塔が特徴的な建物だ。DIC株式会社が関連企業とともに収集してきた作品を公開しており、建物のデザインは戦後モダニズム建築の代表的建築家・海老原一郎。湖では白鳥が優雅にゆっくりと泳いでいる。

ワクワクする外観

建物内に入ると、その広さに驚いた。展示室がなんど11室もあり、それぞれ大きさや意匠が異なっている。ヨーロッパ近代絵画の部屋、広つば帽を被った男の部屋、マーク・ロスコの部屋などなど、部屋ごとにそれぞれの作品に合った空間づくりをしている。

美術館の中からも外の風景を味わうことのできる箇所があるのも珍しいポイント。心ゆくまでゆっくりとシャガール、セザンヌ、マティス、ピカソなどの絵の世界に浸っていった。

そして、絵の世界に浸ったあとは、ゆっくりと庭園をお散歩。DIC川村記念美術館は、北総台地と呼ばれる緑豊かな環境にあり、敷地はなんと約3万坪ほど。

新緑が綺麗だった

テラスでのんびりと景色を眺め、深く深呼吸をする。

しばらくテラスでゆっくりと過ごし、気が付くと帰りのバスの時間が近づいてきていた。夢のような時間はもうすぐ終わりだ。東京へ、帰ろう。

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ようやく、あの旅を終えることができた、とほっとする。

何だかずっと心残りだった。あのとき、本当は心の思うままに旅をしたかった。
でもきっと、今だからこそ見ることのできる景色もあったのだろう。今の私だからこそ、友人と穏やかな気持ちで楽しむことができた。もし、あのとき一人で来ていたら、多分また違う気持ちを抱いていただろう。

この旅を終えて、またひとつ歳を重ねて、また新たな景色を見ていきたい、と思う初夏の始まり。




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