見出し画像

金曜の夜の贅沢(三菱一号館美術館にて)

金曜日の夜、仕事を終えて、いつもと違う電車に乗り、私は東京駅へ向かう。

東京駅で降り、帰宅するために駅へ向かう人々と、逆方向へ私は歩いていく。

東京駅から歩いて5分ほど。赤いレンガ造りの建物が見えてくる。そう、三菱一号館美術館だ。

華金、なんて言葉があるけれど、私はどちらかと言えば、金曜日の夜は飲みにいくよりも、ゆっくり美術館で過ごす方が好きだった。大学4年生の頃、アートにハマり始めた私は、社会人になってからしばらくずっと、様々な美術館に通い詰めていた。

普段は早く閉まってしまう美術館も、金曜日の夜は遅くまで空いているところがいくつかあるのだ。土日より人も少なく、じっくりと絵を見ることができる。金曜日の夜という幸福感も相まって、何だかすごく幸せな気分になる。

なので、数年前までは金曜日は友人ではなく自分と、美術館に行くという約束をして、仕事に励んでいたことがよくあった。

コロナの影響で、様々な美術館が日時指定制になり、金曜日の夜にふらっと美術館に行く、なんてことが私の習慣からなくなって早数年。

今思い出すとあの時間はかけがえのない時間だったな、と思う。

私が三菱一号館美術館を初めて訪れたのは、2016年の「PARIS オートクチュールー世界に一つだけの服ー」だった。

それまで私は、絵の展示ばかりを見ていたので、一体どんな展示なんだろう?と思いながらも、会場では展示されている装飾品の美しさに圧倒されてしまった。オートクチュール、なんて言葉も初めて知った。

そして、服が芸術として展示されること、そのデザインや生地にとてつもない価値があることを学んだ。

三菱一号館美術館は、まず、その建物がすごく美しかった。ジョサイア・コンドルという建築家が設計した建物を復元したという赤煉瓦の建物は、足を踏み入れるとちょっと海外旅行に来たような気分になることができる。

この美術館がある周辺は、テラス席のあるカフェやレストランが並んでいて、金曜日の夜はことさらキラキラして見える。お天気の日はコーヒーを買って美術館前の広場でゆっくりと過ごす、なんていうのもの良いかもしれない。薔薇の季節は満開の美しい薔薇を眺めることができるので、お散歩コースにもおすすめ。

私は、特にこの美術館のガラス張りの3階の廊下から広場を見渡すのが好きだった。

ある時は、金曜の夜に、一人で。ある時は、友人と、休日の昼間に。広場でゆっくりと過ごす人、お店で友人たちと楽しく過ごす人、みなそれぞれ思い思いに過ごしている景色が見えて、とても幸せな気分になる。

何度も何度も、繰り返し見た景色だ。

それでも、何度見ても綺麗な景色だ、と思う。

こうして美術館の展示の途中で外の景色を眺めることができる造りって珍しいのでは、と思う。大抵の美術館は、館内のエスカレーターで登ったり、降りたりして終わることが多い。

そんな三菱一号館美術館とも来年からはしばらくお別れらしい。長期休館に入ってしまう前に行っておこうと東京駅まで足を伸ばした。

今回訪れた展示は、「フェリックス・ヴァロットンー黒と白」である。


あまり木版画に馴染みはなかったのだけれど、チラシに惹かれて足を運んでみた。

というか、私はそもそも版画の細かい種類などをよく理解していなかった。

版画は、現代で言うコピー技術のような印刷技術の始まりとされているらしい。まず、ヨーロッパで木版画が始まり、そして銅版画(エッチング)が生まれたそう。

フェリックス・ヴァロットンは、この中でも木版画で有名なのである。

初期の木版画は、線的な表現で家族や風景、山並みを表現していたが、次第に黒の割合が増え、表現が変化していく。

また、同時期から室内画を多く描くようになり、黒と白のみでの表現となる木版画は、密室特有の雰囲気を表現に活かされるようになっていくのである。

作品を見て驚いたのは、黒と白だけでここまで表現ができるのか、ということである。様々な色を使うよりも、むしろよりシンプルに表現ができているのかもしれない。


一番衝撃だったのは、《お金(アンティミテ Ⅴ)》という作品である。作品の大部分が黒く塗りつぶされており、男女の間に流れる謎めいた空気が表現されている。対象の人物も画面の左側のみに描かれており、とても斬新な配置である。

これらの作品が1800年代後半に作られているということが驚きである。すごくデザイン性が高いのだ。

また、ヴァロットンは、死の場面に関わる作品も多く残している。それらの作品は、対象のものをそのまま描くのではなく、観る者に場面の詳細を想像させるような描き方である。全て黒と白のみのトーンなので、何とも言えない不気味な雰囲気が上手く表現されている。

三菱一号館美術館は、世界有数のヴァロットン版画コレクションを誇っており、2014年にもヴァロットンの大規模回顧展を開催しているが、日本での知名度は当時とても低く、世界的に注目されるようになったのも最近のことなんだそう。

フェリックス・ヴァロットン展は2023年1月29日までの開催。新年の美術館はじめに是非。

※作品は全て撮影可能エリアにて著者が撮影












この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?