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出店とコロナ禍・前編 — エクステ開発 ③

2020年1月の2店舗同時出店を振り返って、Maruはこう話す。

「それまでは、ボリュームアップエクステの施術内容に対して、実際のサロンの仕様があべこべだった。エクステを施術するなら、サロンは個室にすべきだったんだよね。KiRiKoのお店を出してそこに気がついたのがきっかけで、
TUMUGUの出店コンセプトが形になったね」

エクステをメニューの中核として売り出していくのは、やはり難しいのかもしれない。

2017年から2019年まで面貸しの美容室でエクステ開発を進めてきた末に、Maruを含むTUMUGUチーム全員が、いちどはその結論に至っていた。

もともと「TUMUGUプロジェクト」は、ホームページやSNSなどオンラインでの情報発信を通じて、「ボリュームアップエクステのできる美容室」を広告・拡販していく、という戦略だった。

思いつく限りの手段やアイデアを尽くした。人工毛の品質もとことんまで追求し、「お客様のデイリーケアがとにかくラクチン」なエクステになった。施術のスピードもテクニックも、毎日トレーニングして磨き上げた。

そうした努力がなかなか実を結ばなかったのは、エクステ施術に求められていた個室施術による「プライベート感」が無かったからだった。

TUMUGUをWeb上で見つけ出したお客様は、少数ではあったが、現にMaruの面貸しサロンへ来店してくれていた。施術結果を見て、笑顔になってくれていた。喜んでくれていた。

求めているお客様は、きっと多くいる。間違いなく、ニーズがある。それなのに、なぜ。



実店舗であるTUMUGU田園調布・代官山を出店したことで、その疑問への答えが出た。

「目に見える実店舗があるということは、オンライン全盛の現代においてもなお、お客様に大きな信頼感を生むんだ」

並べて語るのはおこがましいが、楽天も創業時にはマユツバもの扱いを受けたというから驚く。

いまや国内の大人のほぼ全員が利用していると言っても差し支えないくらいの、日本最大のオンライン販売サービス。その楽天でさえ、インターネット黎明期には「実店舗が無いなんて成立するのか?」と怪しまれ、どこへ営業に行っても無下にされた、というエピソードがある。100軒、200軒と営業に回ってもまったく契約が取れず、散々な思いをしたそうだ。

そのくらい、実店舗が存在することには社会的信頼が伴うということ。

思い返せば、ボリュームアップエクステを求めてMaruの面貸しサロンへ来店されたお客様から、しばしばこんな言葉をもらっていた。

「TUMUGUって、結局なんなんですか?」
「お店の前でTUMUGUの店舗名を探しちゃったんだけど、店舗の名前は違うのね(面貸しサロンだったため)」
「けっこうガヤガヤしてるんですね」

人に言えない悩みについて、意を決して相談に来てくれたのに、当時のMaruのサロンには、オープンな空間にセット面が7つ並んでいた。

多くのお客様でにぎわっているのはイイが、悩みをじっくりと相談できるような空間ではなかったのだ。



個室の店内なら、お客様のそうした気持ちにちゃんと寄り添える。

「本当に求められていたのは、真正面から気持ちに向き合ってくれる美容師と、確かな技術、そしてそれに見合った、ホッと安心できる空間だったんだ」

長年に渡って目指してきた
「お客様に寄り添う美容」の意味が、出店を経てようやく腑に落ちた気がした、とMaruは言う。

そして、その確信があったからこそ、Maruは立て続けに自分の店舗である代官山店を出店することができたのだった。


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日本国内において初めてコロナウィルス感染者が確認されたのは、その2店舗出店のほぼ同時期、2020年1月半ばのことだった。

報道された当初は、私を含めTUMUGUメンバーはそこまで気に留めていなかったし、代官山店から坂を下ってすぐの恵比寿の街も、相変わらず昼夜を問わずにぎわっていた。

その時点では、おそらく世間一般のほとんどの人は、よもやそれが世界的パンデミックにまで発展するなんて、思ってもいなかったはずだ。



お店を持ったKiRiKoとMaruだったが、オンラインでの情報発信は続けねばならない、と認識していた。そのため、ボリュームアップエクステのYouTube動画を撮影したり、エクステを発信するブログ記事の執筆したりなど、やれること・やるべきことはひとつひとつ継続した。

一方で、田園調布・代官山地域のローカルな住民の皆さまへの出店周知を目指すうえで、やはりオンラインだけでなくオフラインも合わせて、両輪で広告を打っていく必要があった。

どうやってお店を認知してもらうか?その方法について頭をひねる日々が続いた。

大変ありがたいことに、Maruに関しては、表参道の面貸しサロンから代官山へ、多くのお客様がMaruを追って足を運んでくれた。「Maruがついに自分の個室サロンを出した」と言って、かえって喜んでくれるお客様も多かった。

しかし、一方のKiRiKoはというと、同じようにはいかなかった。

新店舗のある田園調布は、大田区の西端。以前まで勤めていた平和島は同じ大田区の東端だった。あまりにも距離が大きかったため、ほんのわずかな顧客様を除いて、多くのお客様はKiRiKoを追いかけてくることが叶わなかった。

土地勘のない田園調布で、お客様ゼロの状態からの、再スタート。突貫工事で出店したまでは良かったが、常に大きな不安がつきまとっていた。

KiRiKoには小さな子どもがいる。夫にも啖呵を切った。万が一にも失敗して、家族を困窮させるわけにはいかない。背水の陣だった。

「できることはすべてやる」意気込みで、出店直後からすぐに、自らの足を使って、周辺地域でのビラ配りをスタートした。



さいわいKiRiKoの田園調布店は、きわめて好条件の揃った物件だった。1階の路面店であることに加え、大通りに面しており、しかも目の前にはバス停がある。

周知のとおり、マーケティング的には、路面店というのはそれだけで非常に有利だと言われる。通りすがりにお店が目に入るし、場合によっては店内の雰囲気まで覗ける。飲食店などで考えても、路面店のほうが、何気なくお店に入りやすいのは確かだ。

他の例を挙げると、コンビニもほとんどが路面店。外壁や窓、店頭のノボリに、しっかりと宣伝文句を載せて、路面店であるメリットをフルに活かしている。

今や過剰と言えるくらい町中に多く乱立しているコンビニ群だが、そのコンビニの日本国内の店舗数は、合計5万軒以上にのぼる(2023年5月末現在の数字)。

ここで、日本国内の美容室の店舗数を調べてみると、なんと合計25万軒以上(2023年1月現在)。コンビニの軒数の5倍だ。

「いやいやいや、そんなに美容室ないでしょ」と疑ってしまった。なぜコンビニの5倍も店舗数があるはずの美容室より、コンビニのほうが目立つのか?

それは、美容室に空中階(2階から上のフロア)で営業しているお店が多く、シンプルに目に入りにくいため、と言われている。路面店というのは、そこにお店が存在するだけで、通行人の目に入る=広告になるというわけだ。

そうした理由で、MaruがKiRiKo出店の物件候補として考えていたのは、初めから路面店のみだった。



KiRiKoの路面店でも、まず手始めに、店頭ポスターでアピールを始めることにした。

「多くの美容室と同じようなことをやっては、新鮮味がない」ということで、店頭ポスターには、店内の写真やモデルさんの画像ではなく、KiRiKo自身の画像を撮ってもらって、それを大きめにドカンと載せることになった(記事冒頭の画像)。

店舗オーナー兼スタイリストの画像が、遠目からもはっきり目視できるサイズで店頭に貼ってあるという、なかなかに型破りな景色に仕上がっていた。

KiRiKo本人はうーんうーんと渋っていたが、最後には実現。

並行して作成したショップカード兼名刺も、配布を始めたビラも、同様のデザインになった。この奇抜さに、ほぼすべてをDIYで整えた
緑たっぷりのエクステリアも相まって、路面店のメリットを200%活かしきった、インパクト十分の店舗が完成していた。

KiRiKo本人は出店前後の時期をこんなふうに回想する。

「Maruのアドバイスを受けながらのスタートでしたが、外装・内装を自分で創れたことや、自分の意思で物事を前に進めていくことには、大きなワクワク感がありましたね。ただ、一時期はあまりにも忙しくて、コレは本当に死ぬかもと思いました」

多くの経験を通じて鍛えられた体力と胆力が、日々をシャカリキに切り抜けるKiRiKoを支えていた。



TUMUGUチームがその頃、かたくなに貫こうとしていたことがもう1つある。

実は、出店当初はホットペッパービューティ(HPB)をいっさい利用しなかった。無しでどこまでやれるか、いちど試してみようという指針になったのだ。

SNSが時代の中心となっていたなか、HPBに掛かる費用はしっかり節約し、その代わりにYouTubeやブログなど自前のメディアを活用して広告・宣伝を行なっていこうと考えていたからだ。

ちなみに2023年現在、HPBに関しては、めいっぱい・ゴリゴリに活用させていただいております。すいませんでした。

HPBをどう活用してきたかについては、HPBさんの
取材記事Webセミナーなどでもお伝えしていますが、追々ブログにも綴っていく予定です。


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そんな1月~2月を経て、3月。1日あたりの新規感染者数が30人を超え、じわじわと不気味に伸びていく数字が日々報道されるにつけ、用心深い人はすでに外出や飲み会を避けるようになっていた。

そのわずか1か月後の4月、1日の新規感染者数が前月の10倍の350人に達したとき、事態を重く見た日本政府から、ついに大きな決断が下される。

2020年4月7日、安倍首相より緊急事態宣言が発令。

マスクの買い占めが起き、繁華街から人々の姿が消えた。

とんでもない事態。こんな映画みたいなことが起こり得るのか。人ひとり路上に見当たらない銀座の中継映像がテレビに映る。どこか他の国のことのようで、ただただ信じられなかった。

話し合いの末、MaruはKiRiKoへ申し渡す。

「お店は、しばらく閉めよう」

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