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投降せよ、こちらにはジェラルド・バトラーがいる。『ハンターキラー 潜航せよ』

 まったく関係のない話で恐縮だが、極度の閉所恐怖症を患った友人がいる。彼女は狭い場所にいると心拍数が上がり、息が乱れ汗が吹き出してしまうらしく、幼少期からとても悩まされている。カプセルホテルの宿泊なんてもっての外、ネットカフェの個室ですら息が詰まるというし、カラオケの個室は大人になってようやく克服したという。

 そんな彼女と相性最悪なのが、潜水艦映画だ。水深深くを潜航する船はその実拠り所のない鉄の塊で、陽の光を浴びることさえままならない閉鎖空間は、乗組員の精神を疲労させていくだろう。一度開戦となれば、死と隣り合わせの緊迫感が常に続く。視界など無く、ソナーが伝える音はまるで撃沈へのカウントダウン。常人ですら耐えがたいこの状況、とてもじゃないがデートムービーに選ぶ気にはなれない。結果、一人で鑑賞した。

 しかし、鑑賞後の今にして思えば、本作の潜水艦は世界一安全なそれだったかもしれないし、案外楽しく会話のネタにしちゃったりして、その後の展開も良い方向に向かったかもしれない。理由は簡単、ジェラルド・バトラーがいるからだ。

ジョー・グラス艦長率いるアメリカ海軍の原子力潜水艦ハンターキラーに、ロシア近海で行方不明になった米国原潜の捜索命令が下る。やがてハンターキラーは、沈没したロシア海軍の原潜を発見し、生存していた艦長を捕虜として拘束する。時を同じくして、ロシアで極秘偵察任務に就いていた特殊部隊ネイビーシールズが、とある陰謀に辿り着く。米露の緊張感はやがて高まり第三次大戦の危機が迫る中、ハンターキラーは危険なミッションに挑む。

 ジェラルド・バトラーの説明に長々と書き連ねる必要はないだろう。ある時はスパルタの王レオニダスとして、またある時は凄腕のSPマイク・バニングとして、そして何をトチ狂ったのかただの気象学者を演じてみたりと、人がたくさん死ぬ現場に居合わせるか、人がたくさん死ぬ原因そのものを演じることに定評のある漢(おとこ)。出てくるだけで映画のIQがやや下がったりするが、主演作はどれもボンクラな俺たちの心を掴んで放さない、愛すべき俳優の一人である。

 本作でバトラーが演じるのは、原子力潜水艦ハンターキラーの艦長ジョー・グラス。海軍学校出身ではないという異例のキャリア、上官を殴ったという噂が立つほどのコワモテだが、潜水艦の全てを熟知した手練れである。何度も死地を潜り抜けた者が醸し出す貫録は、狭い艦内でもビンビンだ。

 潜水艦映画の舞台は専ら海底。暗く淀んだ、ジメジメしたイメージを抱きがちだが、反して本作のテンションは常に高く、意気揚々としている。冒頭から米・露の潜水艦が謎の攻撃を受けて撃沈し、調査のため米国はハンターキラーを派遣。その艦長として招聘されたグラスが威圧度高めの演説をかました後、海底へ一直線。すぐさまロシアの沈没船を発見し、ベテラン艦長をすぐさま捕虜へ。流れるような話運びで、飽きさせない。

 その頃、ロシア大統領奪還のために極秘任務に挑むネイビーシールズ隊員たちだったが、敵の奇襲を受け一人、また一人と散っていく。ジェラルド・バトラーが海底にいる今、陸の戦力は手薄だ。仲間の遺体を持ち帰ることもできず、それでも進むしかない隊員たちが目の当たりにしたのは、ロシアのクーデター発覚というしんどい案件。流石に我慢の限界が来たのか、決死の作戦に我武者羅に突っ込んでいく様子は、涙なしには観られない。

 そうした危機的状況の中、米国統合参謀本部議長ゲイリー・オールドマンはロシアと事を構える気マンマンで、周りの議員たちがどうどう宥める緊張状態に発展。事件は現場でも会議室でも起こっている。画面が同じ画にならないよう陸と艦内と議会室を交互に描くのは冴えているが、陸部門は総じてテンションが高いし、常に誰かがキレている。極限状態の人間模様は、それだけでスリリングだ。

 ただ一人冷静なのは、我らがジョー・グラス艦長。小さな音でも敵艦に拾われれば命取りになる海底において、今回のバトラーはキレることなく常に変化する状況を見定めている。言うまでもないが、本作においてもバトラーは最強。敵艦から発射された魚雷を誰よりも早く察知し適切に避け、間髪入れず反撃。音の反響を利用し攻撃を避けた敵に対し、即座に誤差を修正して二手目で撃破。基本的にはこの繰り返しで、グラス艦長の常人には理解できない直感と度胸のゴリ押しで、事は収まっていく。あまりの強さに「コイツだけ海底に目があるのでは!?」と何度も疑ったほどだ。

 常に最適な一手を選び抜き、撃てば必中のこの男。艦内の士気も高揚し、捕虜のロシア艦長も惚れ惚れ。艦内で育まれた米露の友情は、やがて国境を越えた共闘へとシフトし、二国の最大武力がクーデターを企む不埒な輩へ殴り込みだ。アツい友情にベタだが燃える台詞の妙が冴えわたり、そしてクライマックスは『バトルシップ』を彷彿とさせる最高の決戦シーンが待っている。まさかこんな燃える一作だったとは、思わぬ掘り出し物だった。元は第三次大戦を防ぐ極秘作戦だったのに、いつの間にか「これ戦争じゃね?」という事態に発展したりもするが、そんなこと知るか馬鹿。観客が望むものを最短距離で見せつけてくれる豪快さこそ、問答無用で擁護したくなってしまう。

 ちなみに、本国ではややしょっぱい成績に終わり、トマトも腐りかけの状態だが、それも込みで愛らしい作品である。あと、日本版のポスターの方がセンスがいい。

 

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