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死んだ眼のジャッキーの哀愁に涙する『ザ・フォーリナー/復讐者』

ロンドンで中華料理店を経営するクワン・ノク・ミンは、北アイルランドの解放を求める急進派の爆破テロによって、愛娘の命を奪われてしまう。犯人への復讐を誓ったクワンは、実行犯の情報を求めて北アイルランド副首相であるリーアム・ヘネシーの元を訪ねるが、リーアムは事件への関与を否定し追い返されてしまう。それでも諦めきれないクワンは過激な行動に出始め、やがてアイルランド政府とテロ組織の三つ巴の争いが勃発する。

 御年65歳、稀代のアクションスターであるジャッキー・チェンが、そのチャーミングな笑顔を封印して臨む最新作。愛する娘を奪われ、復讐の鬼と化した主人公を、これまでのイメージを覆す名演で見事に演じきっている。

 「ジャッキー映画」というワードが一つのジャンルとして扱われるように、彼の活躍は大衆に親しまれ、愛されてきた。ジャッキーは優しくて人情味たっぷりのコミカルなキャラクターを演じ、身体を張った危険なアクションで観客を驚かせてきた。また、ファンサービスや映画に関わるスタッフ・キャストへの気配りも有名で、最近では環境問題へも並々ならぬ関心を注いでいる。ジャッキー本人が度を越した「いい人」であり、その人柄が滲み出た彼の演技に、多くのファンが魅了されてきた。

 しかし、本作で演じるクワンというキャラクターは、そうしたジャッキー像とは正反対の、暗く陰鬱な男。笑顔を見せるのは冒頭での娘とのたわいもない会話の1シーンだけで、娘の亡骸を悲痛な顔で抱きかかえ、主を失った娘の部屋で独り慟哭する。その衝撃は、これまでのジャッキー映画を知る者ほどよりショッキングだ。テロリズムが横行する悲惨な現実を前に、無敵のヒーローなど存在しないことを、本作は真正面から叩き付ける。

 涙も枯れ果てたであろうクワンはその後、愛する者を失った悲しみと怒りをその目に宿した復讐鬼として動き始める。元特殊部隊のスキルを活かし、犯人の名を知るであろう者たちを追い詰めていくクワン。本作のアクションはジャッキー十八番のカンフーではなく、元特殊部隊出身という設定を活かした、抑制の効いた実践的な格闘術。また、クワンにはテロの実行犯以外に対して殺意はないため、「殺さない程度」の危害を加えるべく罠を利用することも。己の身体一つで戦い抜くイメージが強かったためか、ジャッキー・アクション史の中でもかなりフレッシュだ。何より、標的をジワジワ追い詰めるための工作に没頭する姿が、クワンの底知れない闇を感じさせる。

 そんなクワンに追い詰められていくリーアム・ヘネシーを演じるのは、ピアース・ブロスナン。彼の目線を通すことで、どんな追手も振り切ってこちらに付きまとうクワンが、より恐ろしい存在に感じられてくる。また、目的のためなら(死傷者は出していないものの)トイレを爆破するなどの恫喝行為に及ぶクワンは、リーアムの立場で振り返ればテロリストと大差ないわけであって、暴力が暴力を呼び起こす現実の有様さえも浮かび上がらせる。元007の影もなく、政治と女性問題と謎の追跡者に追い回される様子を、ジャッキーに負けず劣らずの渋い演技で魅せるピアースも見どころだ。

 エンドロールにはジャッキー本人が歌唱する主題歌も流れるのだが、そこに至ってもまだシリアスで悲痛な後味は消えることはない。円熟期に達し、それでも新たな表現を求めて止まない映画人ジャッキー・チェンの姿に、名優としての格を改めて感じる一作。

 

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