第1450回 今年もようやくゆっくり目を通すことができました

1、外野だからこそ気楽に楽しめる

令和6年1月13、14日の日程で行われた、大学入試共通テスト。

人生を賭けた若人たちにとっては大変なことですが、

とりあえず関わりのないおっさんにとては酒の肴にちょうどいいんです。

さて、今年もどんな問題が出たのかな?

共通試験の問題はこちらから見ることができます。

2、問題から読み解けるもの

第1問では鎌倉時代に作られた仁和寺と称名寺蔵の「日本図」とが資料として提示されます。

面積や形は大雑把で旧国名とそのつながりだけを示したような、いわゆる「行基図」というやつです。

そして雁道、羅刹国という架空の国が描かれていたり、なぜか龍のようなものに日本列島が囲まれているというところもツッコミポイントです。

行基図についての詳しい解説はこちらがいいかもしれません。

さて問題は古代の行政区分の話に。

史料として『常陸国風土記』から

茨城国造と那珂国造の支配する領域から一部を割いて行方郡が設置された、という記述が抜き出されています。

『風土記』とは奈良時代に各地の地誌をまとめた書物のことで、全文が残っているのは出雲国のみで、常陸国は一部が残っているわずかな国として知られています。

また『続日本紀』という平安時代初期に編纂された歴史書から

陸奥国岩城・標葉・行方・宇太・曰理と常陸国の菊多を合わせて石城国とする

という記述を抜き出しています。

出てくる地名が宮城・福島・茨城県に現在でも郡名などで残る地名が多く出てきています。

ちなみに二度登場する「行方」は非常に面白い地名で、おそらく移民政策で集団が移動するたびに同じ地名をつけたのか、さらに北にもう一度出てきます(登米郡行方郷)。

続いての問題は中世で、行基図に描かれた国々から連想する、東アジアでの出来事について。

①足利尊氏が天龍寺船を派遣したことと、

②元寇の前夜にあたる三別抄の乱、

③尚巴志による琉球の統一

をそれぞれ年代順に並べる、といったもの。

①が②よりも後、というのはイメージしやすいかと思いますが③が1429年で室町幕府は足利義教の頃、というのがちょっと難しいかもしれませんね。

日本の国内の政治的な流れと東アジアの情勢を連動させてイメージできるようになることは重要ですね。

次の設問は古代・中世の「境界」について。

薬子の変の際に重要な位置を占めた逢坂の関や

古代の蝦夷との境界であった白河の関について触れられています。

さらにそれが中世には外ヶ浜(津軽半島の東側)を日本の境界として意識するようになって、津軽安藤氏が昆布やアザラシの毛皮などの北方文物の交易に関わっていたことに展開しているのは注目です。

日本の境界、ヤマトを中の文化として北と南の文化を相対化して捉える歴史学的な認識はすでに定着していると思いましたが、やはり問題のテーマとしては抽出しやすいのかもしれませんね。

続いて近世分野は国絵図。

各地の村の生産高を把握していたことを特筆しています。

そして伊能忠敬の測量図の話題に。

この流れも目新しいものではない感じです。

スタンダードな形と言えるでしょうか。

むしろ続いての大問2は「陰陽道の歴史」をテーマにしたものですので、近年のトレンドを取り入れたものだと言えるでしょう。

昨年千葉県佐倉市にある国立歴史民俗博物館でも「陰陽師」をテーマにした展覧会をしていたのが記憶に新しいですね。

とはいえ実際の設問としては

「陰陽道」以前の日本列島の信仰のあり方を問うもので、引っ掛けに惑わされないで正しい記述を選ぶものが第1問。

第2問は安倍晴明も登場します。

第3問は怨霊信仰。

長屋王と菅原道真、早良親王というビックネームの事績を年代順に並べる、というもの。

名前を覚えていなくても時代的な流れをイメージできればなんとかなりそうな問題ですね。

そして陰陽寮の仕事に暦の作成、があったことから古代の人々が吉凶を重要視していたことについての設問が続きます。

そして大問3は中世の京都。

山田邦和氏の『京都都市史の研究』から作成、という京都の地図に戦国時代の酒屋の位置と税負担額の大きさを示したものが提示されています。

もしかすると黒い丸の場所の地中にはものすごい量の銭の入った容器が眠っているかもよ。

という記述には笑いましたが

史料だけではなくて、発掘調査の報告書や当時の様子を描いた絵画をみることも、中世の京都について詳しく知るための参考になりそうだね。

という部分には喝采を叫びたくなりますね。

問2の仏教の流れを問うものも

法成寺や法勝寺という固有名詞を把握していなくても

浄土信仰→法皇の権勢→禅宗の隆盛という流れがつかめれば正解できる問題も的を得たものですね。

次の撰銭令に関する設問でも幕府のものと大内氏が出したものを比べて資料を読み解く、という趣向は非常に興味深いものです。

永楽銭はどちらでも評価されているのに、洪武銭は大内氏の支配する山口では排除されている、という違いがあるのはなぜだろう、と純粋に読んでて考えさせられます。

問題作成者のセンスを感じます。

中世の経済の様子を模式図で表現しているのもいいですね。

最新の研究成果が反映されていることが伺えます。

大問4は「江戸時代の人々の結びつき」がテーマで

設問自体はとくに目新しさは感じませんが史料として『安政文雅人名録』が提示されているのですが、省略されているのが気になります。

原本の所蔵者から了承を得られなかったのでしょうか。

大問5は幕末明治期。

男女同権を求めて活動した岸田俊子の『自由燈』を史料として提示しています。

1884年の段階で「男女の知識の差は教育や人的交流の機会の差で生じたものだ」という趣旨の発言をしているのは興味深いですね。

大問6は「修学旅行の歴史」を調べるという趣旨。

その端緒が東京師範学校が千葉の銚子まで徒歩で「遠足」をしたことが挙げられているのが面白いですね。

1896年には長崎商業学校が上海に海外旅行をしているし

1906年には満州と朝鮮への修学旅行が増えている、ということ。

史料として長崎商業学校の修学旅行体験記が挙げられているのですが、これまた省略、で残念。

後段は1975年の「沖縄海洋博」がやや批判的に紹介されているのが

大阪万博にゆれる現代への風刺に思えるのはすこし穿ちすぎでしょうか。

3、感想戦こそ楽しいもの

少し長くなりましたが、試験問題をざっとみての所感を述べてみました。

記述の分量でもうお分かりかと思いますが、大問3の中世の部分が秀逸だと思いましたね。

誰が作ったかは明らかにされないものですが、やはり大問ごとに作成者の色がでちゃいますね。

見る人がみたらうすうすわかりそうです。

それはさておき、ある意味今年のトレンドが把握できる

共通試験問題を読むことはやはり面白いですね。

来年もまた取り組んでいきたいと思います。




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