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五箇荘(滋賀県)

「何にもないでしょ、この辺り」
案内を頼んだHさんは少し気だるそうに話した。

「いや、そんな事ないですよ。建物素敵だし」
「大きい駅もないしね、周りは山だし、琵琶湖は山の向こうだしさ。しかし何で、こんなとこよ?」
「昔見た好きな映画の舞台だったんですよ此処。」

滋賀県の東にある五個荘はHさんの地元という話を聞いたので案内を頼んだ。五個荘は北側に開けた平地で、その真ん中あたりに金堂町がある。琵琶湖との間には山が連なり、山を超えた西側には安土城跡がある。

待ち合わせたのは近江鉄道東近江線五箇荘駅だったが、ここは長閑な無人駅であった。ローカル鉄道よりもすぐ上の高架をはしる新幹線の方が本数が多く、シュンシュンという如何にも早そうな音を立てて京都とその反対の方向に向かっていく。

金堂町は近江商人の縁の地だそうだ。そもそも近江商人とは近代日本経済の基礎を築いた商人たちで、その本宅が多く残る地域との事。現在では明治大正期の広大な敷地を板塀で囲んだ邸宅と蔵が連なる町並みが見られる。

「商人が出た理由?平和で何も変化が無かったからじゃない?」
と彼女は言う。
「今は車があれば自由だけど、子供の頃はこの景色だけだったしね。」

京都に向かう中山道から北西に目抜き通りがあり、途中には鎮守の神社がある。その先に目貫と交差するように道がいくつかあり、その道の家の壁沿いには何処かから流れてくる水路が流れ、鯉なども泳いでいる。もっとも多くの住宅は近代的な建物となっており、レトロな木造建築とは半々くらいの割合だ。それでも古い板塀には朱塗りの跡が残り、蔵の壁は白いままである。道路はアスファルトではなく、細かい砂利を敷き詰めたような道。伝統的建造物群保存地区のためだろうか。

「実はさあ、やっぱり地元にはあまり良い思い出無いんだわ。父は早くに死んじゃったし顔も覚えてないしね。母はきれいだったけど、ずっと地元から出なかった人だし。叔父も変わり者だったしなあ。」
「変わり者?」
「仏師だったんだよね。でもなんでだがお墓のある寺からは出入り禁止。時々ゾッとするような表情をする人だったな。」

「まあでもこうやって帰ってくると、つまらぬことも思い出すねえ」
「つまらぬ事とは?」
「そりゃ他人には言えないことですよ」
彼女は明るく笑う。

(撮影 2023/4)
(この作品はフィクションです)

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