天文学的思考の向こう側



ゴムの木。すらりと伸びた枝先に葉の落ちた痕を見つける。そこだけ原色に染まった主張。アマゾンの森をそこに垣間見た。
祖母が殺風景だと言って連れてきた親子のようなゴムの木。生命はいつだってどこにでも息づいている。
黙って花冷えの指先で葉を撫でた。

洗濯物と一緒に置かれていた丸い釦。
その穴の先からある世界線に繋がっているような、無いような。
紡ぐのは私自身。洋服から離れて釦それ一つとしての芸術性。少し、ノスタルジックな色味。ジャムを煮詰めたような味。

地元のカフェ。店員さんのトレーナーにプリントされた首だけもげたテディベア。覆された"かわいい"の概念。雨の街の隅、啜るチョコラテ。

上手い文章というものは生活を絞って捻ったり捏ねくり回してそうして出来た余白から生まれるものだと思っていて、ただ徒然に書き連ねていけばリズムが体と心の奥底から撥ねていく、そうして連綿と続いていくのだと白糸を指先でもて遊びながら紙の上に発語していく。誰かが天井から垂らした光をリフレクションした糸。私はそれをやめない。私という存在を見出す為にやめない。句点「。」と読点「、」示し合わせて人生紡ぐ。
人生は徒然。いたずらに、儚いままに。おもむくままに感じるままに。だからこそ刹那。音速、光速。天文学的思考。
夢の中で邂逅する記憶。目が覚めたら現だった。明晰夢は夢のまた夢。こんばんはこんにちはおはようございます。
リズムの為に散文、思考は拡散、脳内放送局で衛星中継。その先望遠しようとしてつま先立ちで覗き込む。現在地は通過点。

本日は曇天、花冷え。卯月雨の日。チョコラテ日和。

2022/04/03

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