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ウズベキスタンで用を足す:タシュケント各地で出会ったトイレとその使い方

Assalomu alaykum!(アッサローム・アライクム!/ウズベク語で「こんにちは」)

普段はタタール語やタタール世界の話を綴るわたくし、テュルク友の会副代表のタタ村です。
今回は、2013年から2014年にかけて留学していたウズベキスタンのことについて少し書こうと思います。

タシュケントの中心の中心、アミール・ティムール広場でこの国の行く末を見守るアミール・ティムール像。2019年3月。

2013年といえばもう9年も前のこと。もう現地の状況は大きく変わっていることでしょう。現に、2019年の春にタシュケントを訪れたときも、至るところに大小様々な変化を見つけて驚いたものです。この記事中の記述は、現在のことではないことにご留意ください。



1. 人類だれもが用を足す:ウズベキスタンの便所(2013〜2014)

暮らす土地の環境や文化によって生活スタイルに多少のは違いはあれど、人類に共通することといえば、たとえば排泄行為があります。たいていの場合、トイレで用を足すわけで、その普遍性から私は旅先でトイレを見るのが好きです。

この記事では、私自身がウズベキスタン滞在中に出会ったいくつかのトイレと、関連する情報をお届けします。なるべくトイレの外観に留めますが、記事中には食前〜食後の読者の皆さまにはおすすめできない写真も一部含まれますので、苦手な方はご注意ください。

こうして地下世界に誘われてしまいそうなXOJATXONA(トイレ)もある…

さて、トイレの環境は場所によっても大きく異なります。また、好まれる便器の形状も文化圏によって異なるように感じます。
ウズベキスタンはさまざまな分野での発展が著しく、都市部では日本と同じような洋式の便器も増えてきました。都市部の新しい建物のトイレは、今ではだいたいどこも洋式でしょう。(以下トイレの便器の写真があります、注意)


しかし、和式に似た便器を見かけることもあるでしょう。こちらのトイレは2013〜2014年当時、コンサートホールやレストランなど、屋内施設で一般的にみられた便器でした。ペルシア式トイレ、トルコ式トイレとも呼ばれるらしく、当時は屋内施設の便器といえば洋式とペルシア式で五分五分程度だったのではと思います。

この形状の便器は日本や中国といったアジアの国々はもちろんのこと、ムスリムが多い地域でもよく見かける。注目すべきは壺!


ここで注目すべきは壺!
壺の中には水が入っていて、汚れた箇所や、手を洗うのに使われます。当然ながら、デリケートな部位を洗うにもこの水を使うわけですが、右手で壺を持ち、左手で洗うのがポイントです。ムスリムが多い地域では共通認識ですが、不浄なものは左手で!が原則です。

人によって手順は異なるでしょうが、まず紙であらかたの汚れを拭き、水で洗い、紙で濡れを拭う、というのが一連の流れのように思います。これに慣れると実に快適です。
なお、使用済みの紙は流すのではなく、便器の傍らに備え付けてあるくずかごに捨てることに注意しましょう。
少なくとも、当時はウズベキスタンのトイレの水圧は弱々しく、ついでに紙も水溶性ではなかったので、流すとすぐに詰まってしまうのです。

ト、トイレットペーパー・・?(これでゴシゴシ拭くのは痛いので、数秒押し付けて吸わせるとか、優しく拭うのがポイント)


施設等のトイレには入口に受付スタッフがいて、500〜1000スム程度(当時のレートで30〜60円程度)を支払うとザラザラとした紙を一片くれます。これが、新聞紙だったり、信じられないほど硬くザラザラとした紙(小中学校のプリントでお馴染みの「わら半紙」をさらに固めたような硬さ)だったりしたので、当時は必ずトイレットペーパーを持ち歩いていました。

2019年3月の時点でも、公衆トイレは変わらず1000スムが相場のようだった。現在のレートだと10円。(2017年に通貨の公定レートが9割切り下げられ、書類上のスムの価値は大きく変わった)


なお、当時のウズベキスタンはトイレットペーパーのほかに、札束が1〜2束常にカバンのなかに入っているのも日常でした。ハイパーインフレです。
現在は大きな額の紙幣も流通しており、札束を持ち歩く人もほとんどいないことでしょう。当時は1000スム札が最高紙幣で、たとえばスーパーで一度買い物すると3万〜5万スム程度かかる、つまり、一度の買い物で30枚から50枚程度の紙幣を使ったのでした。

100ドルを両替。当時はだいたい1〜2束は常にカバンの中に入っていた。一番上に重ねてある赤い紙幣が500スム札。

紙幣1枚あたりの価値は低くなることから、当時流通していた小額紙幣(たとえば200スム札:現在は廃止)は、トイレでの最終手段となることも珍しくありませんでした。よく、トイレのくずかごの中に「使用済み」の200スム札や500スム札を見かけたものでした・・


2. 「トイレはどこですか」をまず覚えておこう

どの言語であっても、「トイレはどこですか」というフレーズは覚えておいて困ることはありません。トイレの部分をほかの名詞に入れ替えれば、どこに何があるのか訊ねることもできるでしょう。

ウズベク語のHOJATXONAとロシア語のТУАЛЕТが並ぶトイレ入口

ウズベク語ではHojatxona qayerda?(ホジャットホナ・カイェールダ)といいます。

Hojatxona qayerda?(クリックするとForvoで発音が聞けます)
  トイレ  どこ 

hojatxona(ホジャットホナ)がトイレで、qayerda?(カイェールダ)がどこ?です。たとえばhojatxonaの部分を入れ替えて、Bozor qayerda?(ボゾル・カイェルダ:市場はどこですか)というように応用ができるので便利ですね。

近年のウズベキスタンでは、若い世代は民族を問わずウズベク語で教育を受ける人が増えてきていますが、中年以上の人にはロシア語モノリンガルも少なくありません。万が一ウズベク語が伝わらなかったときには、ロシア語で訊ねるとよいでしょう。(なお、若い世代のなかにはロシア語をほとんど知らない人も増えています)

ロシア語ではГде туалет?(グヂェ・トゥアリェット)といいます。

Где туалет?(クリックするとForvoで発音が聞けます)
どこ トイレ

ウズベク語とロシア語のどちらかで訊ねることができれば、きっともう心配はいりません。サマルカンドやブハラに行ったらタジク語のほうが反応がいいとか、カラカルパクスタンに行ったらカラカルパク語のほうが反応がいい、ということはあるかもしれませんが、これらの地域でも、まずウズベク語やロシア語が通じないということはないはずです。(ちなみにカラカルパク語ではҲәжетхана қайжерде?、タジク語ではҲоҷатхона дар куҷост?)


3. 「男性」か「女性」か

無事にトイレに辿り着けたはいいものの、ピクトグラムなどで分かりやすい標識がない限りは、やはり文字を読んで男性向けのトイレか、女性向けのトイレかを判断するほかありません。

キリル文字ウズベク語略字と、ロシア語と、ラテン文字ウズベク語がごちゃまぜになるカオス具合は、まさに現在のウズベキスタンの言語状況を反映しているよう。しかもロシア語は形容詞の数が……


キリル文字で書かれる場合、上の写真のように「АЭ」、あるいは下の写真のように「ЖМ」の1文字だけ書かれることがあります。これはいずれも、ウズベク語のАёл:女性/Эркак:男性、ロシア語のЖенский:女性の/Мужской:男性の、といった単語の頭文字をとったものです。
つまり、А・Жは女性Э・Мは男性、ということで、今後ウズベキスタンに行かれる予定のある方はどこかにメモしておくとよいでしょう。

こちらは珍しくロシア語のТУАЛЕТがそのままラテン文字でTUALETと表記されたトイレ。


ウズベク語の場合、近年ではラテン文字で表記された公衆トイレも増えてきた印象があります。この場合、Ayol:女性/Erkak:男性、となるので、頭文字だけで表記された場合はAが女性Eが男性となります。

なお、日本にもあるような多目的トイレや誰でもトイレのような、車椅子ユーザーやストーマユーザー向けのトイレ、性別にとらわれないトイレは街中には皆無に等しく、今後の発展が待たれます。(2019年の時点で、車椅子ユーザー向けのやや広めのトイレを空港に1つ見つけたきりでした)


4. ウズベク語の表記揺れをトイレに見る

さて、ここまでの写真などを見て、ウズベク語の表記について何か気づいた方がいらっしゃるかもしれません。そう、トイレを意味する「Hojatxona」の綴りです。ここまでにご紹介した写真のトイレには、正書法にしたがった「HOJATXONA」と綴られたものと、そうではない「XOJATXONA」と綴られたものの2つがありました。
気づかなかった方は、記事冒頭から写真をひと通り見比べてみてください。

キリル文字のХОЖАТХОНА(XOJATXONA)、でも辞書的な正しい綴りはҲОЖАТХОНА(HOJATXONA)。

ウズベク語の硬いハー(ラテン文字のX、キリル文字のХ)と、軟らかいハー(ラテン文字のH、キリル文字のҲ)は、母語話者ほど表記揺れを起こしがちな2文字で、教科書通りに学んだ学習者のほうが正しく綴ることができる、とウズベク語の先生方がよくおっしゃるほど。

これまでに少しでもウズベク語に触れたことがある方は、ウズベク語母語話者からのメッセージなどでRahmatとRaxmat(ありがとう)の2通りの綴りを見かけたことがあるでしょう。教科書的には前者が正しく、後者は母語話者がよく書きがちな綴りです。
実際的にはどちらもよく使われているので、言語社会学を専門とする私自身は、もはやどちらが正しい/正しくないというのは実にナンセンスで、それが反映された言語景観を集めたいと思いながら街を歩き回っています。

これもXOJATXONA(タシュケント)

ウズベク語には、話される地域によって発音の傾向や、ちょっとした語尾の差異があり、これはよく方言による違いとも言われます。なかには硬いハー(X)と軟らかいハー(H)の弁別がほぼなく、どちらも硬いハー(X)で発音される地域もあります。首都タシュケントではこの特徴が顕著で、たしかに、タシュケント出身の人々は実際の発音に即してRaxmatと書く人が多いように感じられます。

こうした特徴は「トイレ」の綴りにも反映されています。とりわけタシュケントではXとHを弁別しないからこそ、Hojatxona/ҲожатхонаとXojatxona/Хожатхонаの2通りの綴りが混在しがち、というわけです。(発音に即してXojatxonaのほうが多いとすら感じる)

これもХОЖАТХОНА(タシュケント)


・・とトイレにまつわるあれこれを勢いのままに書き連ねてしまったわけですが、これはきっと郷愁とも呼ぶべき、懐かしさと恋しさともどかしさが表出したひとつの結果なのでしょう。
終わりの見えないパンデミックで、私はウズベキスタン調査(ある種の里帰りともいう)の計画すらも立てられずにいます。現地の友人や料理だけでなく、こうした些細な日常の景色もやたらと恋しくなる今日この頃です。


(文:タタ村 a.k.a. サクラマミズキ:「テュルク友の会」副代表)


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