F1 2023 バーレーンGP観戦記 「レーシングドライバーは証明する」

その評価の高さはここ20年、グランプリ界でトップクラス。
多くの記者やファンは無責任にこう口にする。『チャンピオンと同じクルマに乗せてみたい。』
彼がレッドブルやメルセデスに乗るようにことになっていれば、この10年間のF1の風景は違ったものになっていただろう。
それくらい彼のポテンシャルには誰もが期待をしている。
それはもう信仰みたいなものだ。
僕らは、いつか訪れるメシアを待っているのだ。

フェルナンド・アロンソ。
その評判と比べてタイトルの数は2回。それももう何年前になるだろか。
ただそのタイトルは当時絶対王政をひいていたフェラーリと真正面からぶつかって勝ち取ったものだ。
チャンピオンの玉璽をというものがあるならば、彼にはその所有権を主張する権利がある。
皇位継承に正しいも正しくないが、そこにはどうしたって格というものが存在する。絶対的な王朝を倒しての皇位継承はやはり普通の戴冠とは違う。

ただそれ以降の彼は有り余る才能の活かし方の迷子となってしまったように思える。
いろいろなチームを出たり入ったり。その中ではチャンピオンにギリギリのところまでいったシーズンもあったが、その天下獲りの失敗も含めて彼のF1人生に纏わりつく一種の残念な感じはファンでなくともヤキモキさせるものがあった。

アロンソは何を証明したがっているのか。
そして僕らはアロンソに何を期待しているのか。

正直に言って、今のF1において本気でタイトルをとるならばレッドブルかメルセデスかフェラーリに在籍していないと難しい。
だがその席はすでに未来まで埋まっている。
現在のエースドライバーとアロンソの椅子を交換させることは勿論のこと、セカンドドライバーのシートだって、メーカーの力と金が支配するドライバー人事で数年先までいっぱいだ。
アロンソの実力云々のお話ではない。
これは企業の論理の問題であり、絶対に逆行できない年齢の問題でもある。
そんな状況でF1にしがみつくとなると、必然的に彼の居場所は限られたものとなってくる。
それはとどのつまり一戦級の戦闘力とは無縁の世界で戦うということ他ならない。
選択肢が限られてくる中でアルピーヌは悪い選択では無かった。
戦闘力は先の3チームから比べれば落ちるものの、ワークスだ。そして彼の魔法を魅せるに最も適切な舞台である。
仮にそこでの魔法が不発に終わっても、彼がタイトルをとったチームでキャリアの終わりを迎えるという美しい物語は全員が納得したはずだ。
当のアロンソ本人以外は。

アロンソがアストンマーチンに加入するという報に接して、まだ彼の中にこのフォーミュラワンという舞台で何かを表現する気があるのかと、その点に不思議な感覚を覚えた。
潔くアルピーヌでキャリアを終えないで、そのチームの成り立ちゆえ色々と不合理な思いもするであろうアストンマーチンで彼が何をしたいのか。
アストンマーチンにはどんな財宝が隠されているのだろう。

2023年の開幕戦。バーレーン。
アストンマーチンは確かに宝物のようなクルマをグリッドに並べた。
メルセデスのパワートレインをレッドブルの空力コンセプトでパッケージさせたAMR23なるコードを与えられたマシンは、驚くべきことにパワートレインの供給元であるメルセデスよりも、そしてアロンソが長年在籍していたフェラーリよりも速かった。
ターン9を中心に逆算されたアロンソのドライビングにAMR23は存分に答えてくれるクルマだった。
レッドブルから来たダン・ファロウズが中心となって開発したこのクルマは、アロンソが証明したいことに対して驚くべき許容度で答えるクルマだったといえる。
スタートこそあわや同士討ちの危険こそあったものの、メルセデスの後ろでプレッシャーを与え続け、ラッセルを攻略。
タイア交換後は今後はハミルトンを攻め立てる。

2007年に同じクルマ、すなわちマクラーレンMP4-22を操ってギリギリの、人間性剥き出しの争いを演じたハミルトンとアロンソ。
二人のジョイントはこの年限りで終わってしまい、その後のハミルトンがこの世界の皇帝となりF1を統治する立場になっていくが、アロンソがハミルトンと戦える道具を持っていれば・・という思いはファンがずっと心に抱き続けていたものだ。

39周目、ついにその時は訪れる。
ターン9をワイドに使い、1ミリの隙もないオーバーテイクを見せてハミルトンを撃墜。
少なくとも2023年シーズンのこの瞬間において、レッドブルへの挑戦権第一位はアストンマーチンにあることを宣言した瞬間と言えるだろう。
この覇気にあてれたのか、直後に3位走行中のフェラーリのルクレールがエンジントラブルでリタイアしバーチャルセーフティカーが入る。こうなるとアロンソのポディウム獲りが俄然現実味を帯びてくる。
まるで最初からシナリオが描かれていたかのような展開。
アロンソが燃えないはずがなく、サインツにも襲いかかり46周目にこれを撃破して表彰台の一角を自分の領土にすることに成功したのであった。

AMR23とアロンソ。
フェラーリが自滅に近い失速だったとはいえ、この組み合わせがストップ・ヴェースタッペンの再右翼であることは認めざるを得ない事実であろう。
勿論シーズンが進めばワークスの開発スピードはアストンのそれを上回ることは明白、どこまで踏ん張れるかはわからない。
だが、それがどうした。

アロンソが陽がとっぷりくれたバーレーンの漆黒の闇の中でグリーンのマシンで証明してみせた、単純な事実。
誰が一番強いドライバーであるか。
そうアロンソは強いドライバーだ。
単純な速さや、テクニカルフィードバック能力や、圧倒的な体力や、複雑な政治力や、物語を背負うことなど、ドライバーに求められることは数多くある。
だが総合的に強さというファジーで計測が難しい力を、グランプリを見守る我々に無条件で納得させてしまうアロンソという存在。
その存在感がまだまだあるぞということをアロンソはバーレーンで証明した。

そうなると残り19人のドライバーは己の存在意義をかけて、その証明が間違っていることを証明しなくてはならない。
グランプリは常にその反証の繰り返しがなくてはつまらない。

アロンソは己の強さと同時に、F1の面白さをも証明してくれたのだ。
2023年の開幕戦はそういうレースだったのだと思う。

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