2019年 F1 イギリスGP

伝統の一戦。シルバーストのGPはそんな言葉がよく似合う。
グランプリ発祥の地、シルバーストン。もともとは第二次世界大戦中、ドイツの爆撃機を迎撃するための戦闘機用の飛行場。
時が流れそこは平和の象徴としてのモータースポーツの舞台となった。
とは言ってもモータースポーツとナショナリズムは切っても切り離せない関係性だ。
ナチスの爆撃機はもう来ないが、ドイツ製の銀の矢がシルバーストンを襲う。
ただそのパイロットがイギリス人というのが平和の象徴とも言えるのだが。

前戦のオーストリアで潮目が変わったかと思われたグランプリのパワーバランスだったが、予選がはじまれば結局メルセデスがフロントロー独占。
オーストリアではお昼寝をしていただけということが明白となった。
タイトルを考えるとここらで勝利をあげておきたいボッタスが逃げるが、地元で気合の入っているハミルトンも簡単に逃げを許さない。
この序盤におけるフォーミュラメルセデスクラスのバトルは大層見ごたえがあった。
いつもはどうしても及び腰になるボッタスの走りもハミルトンに見劣りしない。正々堂々の一騎打ちである。
また一方でフォーミュラワンクラスも前戦の因縁があるフェラーリとレッドブルがやりあう。
高速サーキットでワイドな特性をもつシルバーストンの特徴を生かして、サーキットのあちらこちらでバトルが展開された。

この極上とも言えるハミルトンとボッタスのバトルは意外な幕切れを迎える。
既に一度タイアを交換してボッタスに対して、ハミルトンがそろそろピットに入ろうかというタイミングでセーフティカーが入る。
ピットロス一回分をまんまと浮かせたハミルトンがあっさりと主導権を握り、このゲームは終わってしまった。

ここでセーフティカー導入時のピットレーンの動かし方についてのルールをあれやこれや言うつもりは無い。
どんなルールも完璧ではないし、そもそもピットに入りタイアを交換する義務があるというルールそのものの話になってしまうからである。
ここで書いておくべきことは、ランキング首位を走るハミルトンがセーフティカー導入のタイミングまでをコントロールしているかのような、ひきの強さである。
セーフティカー導入タイミングなんてものは、ブリアトーレとネルソンピケジュニアでもない限り己の意志でコントロールできるものでは無い。
だがハミルトンの泰然たる様子を見ていると、彼はセーフティカーすら自身の意図するタイミングで出せる、そんな雰囲気を感じる。
今シーズンのハミルトンはパーフェクトな船出をきったわけではない。
テストでは愛機は致命的に遅く、開幕戦はボッタスにとられた。インタビューもどこか弱気だった。
それでもハミルトンは自身の才能と運を心底信じ切ってきるのだろう。それはもう信心といっても良いかもしれない。
自分は勝てる。そのための準備も道具も才能もある。そしてハードワークを続けていれば勝ちは目の前に転がってくる。
彼のドライビング、彼のメディア対応、彼のチームにおけるワーク、そういった姿勢をその視点で見て見ると不思議に腑に落ちる感がある。
アイルトンセナのように神さまを見て走っているわけでは無い。
ミハエルシューマッハのように物事を解析可能なレベルに落とし込んでワークをしているわけでもない。
彼は自分自身に絶対的な自信をもって、たとえマシンやタイアや環境が自分の味方とならないときでも、自分の才能と経験への信頼は絶やすことがないのだろう。
だからイギリスのサーキットと観客は彼に祝福を与えるたのだと思う。
正直いってハミルトンは個人的にお気に入りのドライバーというわけでは無い。(私のアイドルはジェンソンバトンだ。)
ミハエル信者でもあるので最多勝更新についてはヤキモキしている。
そんな自分だが、このハミルトンという尊大でそれでいて神経質で、鬼神の如き強さをもつドライバーの活躍を現在進行形で見ていられるのはひょっとするともの凄い僥倖なのではという気がしている。

良い道具を使っているからというエクスキューズは勿論ある。
現在のグランプリは良い道具が勝負のファクターとなりすぎている感も確かにあるし、それはグランプリの課題だ。
ハミルトン以前に「王朝」を築いたヴェッテルは現在フェラーリにてお世辞にも褒められない戦いぶりを見せている。
良い道具をハミルトンが失った場合、どんなふうになるのか。
2009年、前年チャンピオンを獲得したハミルトンは走らないマシンに対して、グランプリを席捲するブロウンGPに対して不満をあらわにしていた。
それはとても子供っぽく、チャンピオンの価値を下げる所作であった。
今のハミルトンならどうだろうか。案外、悠然と構えて己のやるべきことをやって、神経質そうにインタビューにこたえて、全開でマシンを飛ばしていそうだ。
或いはあっさりとF1に見切りをつけて、振り返らないかもしれない。
好む好まらずに関わらず、ハミルトンの人間力の進化というものは耳目に値するものかもしれない。
そんな領域まできているドライバーになりつつある。
それがシルバーストン、女王陛下のサーキットをメイドインジャーマーニーの銀の矢が席捲したグランプリを見ての感想である。

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